2010年2月号
連載4  - ベンチャー企業の資金調達 入門講座
第5回 株式公開と投資の出口
リスクマネーの性質を理解し、最適手段で選択
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向山 尚志 Profile
(むこうやま・たかし)

山口大学大学院 技術経営研究科
教授


ベンチャー企業への投資の回収手段は「出口」と呼ばれる。IPO(新規株式公開)が代表だが、ほかの企業への売却(M&A)もある。わが国でもM&Aの積極的な活用を考えるべきだろう。

ベンチャー企業の株式公開市場

前回述べたようにわが国のベンチャーキャピタル(VC)は最近まで本格的なベンチャー企業への投資が少なかったが、その理由の1 つとして株式公開が簡単ではなかったことが挙げられる。ベンチャー企業にとっての公開手段は1990 年代まで「店頭登録」(現在のJASDAQ)に限られ、公開のハードルは高かった。状況が大きく変化したのは1999 年11 月の東京証券取引所の新市場マザーズ、ついで2000 年6 月の大阪証券取引所のナスダック・ジャパン(現在のヘラクレス)の開設で、これらの市場が競って新興企業の株式公開を働き掛けた。その結果、2000 年から2007 年にかけては毎年100 社を超える新規株式公開(IPO)が実現し、2000 年以降の新規上場企業数は1,000 社を大きく超えている。

数多くの苦難に直面しながらベンチャー企業を経営する創業者にとって、IPO は大きな目標とされる。株式公開すれば上場企業として広く世の中に知られ企業の信用力が飛躍的に高まり、資金面でも市場での株式や社債の発行により調達手段と金額の自由度が広がる。さらに持株が大幅に高く評価されて個人の資産も膨らみ、一夜にして大富豪ということもある。これこそベンチャー創業の苦労を賄って余りあるものと言えよう。

もちろんメリットばかりではない。上場企業となれば社会的責任は格段に重くなり、四半期ごとの決算と監査、法令に基づく情報の開示や内部統制などが厳格に求められて費用と労力がかかる。また外部の株主の意向を尊重する必要があり、株価についても常に気を配って低すぎても高すぎても安心できない。さらに気付かないうちに望まない株主に買い占めされて経営を脅かされる可能性もある。これらを比較衡量の上で株式公開の是非を判断することが重要である。ただしIPOの目的は、あくまでも企業が成長するための資金調達手段の強化・多様化にあるべきで、手段と目的が逆転することはあってはならない。

投資の出口を巡る問題

IPO 市場は近年まで順調だったが、上記3 市場の公開社数は2008 年には41 社に激減、さらに2009 年には20 社にも達しない状況となった。これは、ライブドア事件をはじめとした新興上場企業を巡る不祥事や上場以降の業績不振などから、取引所が上場審査を厳しくしたこと、さらに世界的な不況で株価が低迷し上場のメリットが小さくなったことが原因として挙げられる。近年これらの市場では上場時の株価がピークとなり、その後は大幅に値下がりするケースが少なからず発生している。加えて市場全体の低迷によりVC が期待していた利益が確保できず、企業側も上場時の公募増資による調達金額が予想をはるかに下回る事態となる。これでは上場のメリットよりもコストの方が大きくなり、予定していた新規上場を取りやめる企業も多数出てきてしまう。それがさらにVC の投資を消極化させるという悪循環に陥っているのである。

ベンチャー企業への投資の回収手段は「出口」(exit)と呼ばれIPO がその代表であるが、それ以外にもほかの企業への売却(M&A)という手段もある。特に米国では近年VC による投資先企業の他企業への売却は件数・金額ともにIPO を上回っており、他企業への売却が望ましい出口の1 つとされている。これに対しわが国ではほかの企業に買収されることにネガティブなイメージが強く、出口をIPO に過度に依存してきたことも今日の問題の原因として指摘されている。

特に成果が出るまでに長い時間と多額の研究開発投資を必要とするバイオ・創薬ベンチャーの場合、かつては成果が出る前にIPO してその時の公募増資で多額の資金を調達し研究開発費に充てるパターンが多かった。ところが2005 年ごろを境に証券取引所が投資家保護の観点からIPO 前に相当程度の資金の確保と複数の新薬候補を持つことなどを条件とするガイドラインを定めたことから、その後はバイオ・創薬ベンチャーのIPO が極めて難しくなっている。こうした事態はベンチャー企業、投資家、株式市場のいずれにとっても望ましくない状況なので、技術の見極めに専門的な判断を要するこれらの分野においては、出口としてIPO モデルだけでなくM&A の積極的な活用を考えるべきであろう。

投資のリスク・リターンと資本コスト

VC など投資家の立場から見ると、成功するかどうかわからないベンチャー企業への投資では、うまくいった場合には高い利回りの報酬を期待する。逆に元本の安全性が極めて高い銀行預金のような場合にはそれに対する要求利回りは低い。つまり、リスクの高い投資には高いリターンが要求され、リスクの低い投資に対するリターンは低くなる、「ハイリスク・ハイリターン、ローリスク・ローリターン」が経済の大原則である。この点から、以前にも触れたように資金調達に当たって負債と自己資本でそれぞれの「資本コスト」を考える必要がある。資本コストとは「資金提供者の要求利回り=企業の資金調達コスト」であり、当然、自己資本の資本コストの方が高い。そして、負債と自己資本の両者の加重平均で計算されるトータルの資本コストを低く抑えることが求められる。

新興企業のための主要な株式公開市場

新興企業のための主要な株式公開市場

ベンチャー企業の経営者はこのようなリスクマネーの性質をよく理解した上で、自社にとって最適と思われる資金調達手段を選択することが重要である。もちろん経営者の役割は資金調達だけでなく経営全般にわたるので、それぞれの知識を持った専門人材による社内の適切な体制作りがベンチャーの成功のために欠かせない課題と言えよう。

(本連載は今回で終わります)