2010年5月号
インタビュー
イノベーション 3つの死角
顔写真

丸島 儀一 Profile
(まるしま・ぎいち)

金沢工業大学大学院 知的創造システム専攻 教授
社団法人 日本国際知的財産保護協会 副会長

聞き手:登坂 和洋 Profile

本誌編集長

キヤノン株式会社で役員、社内弁理士として知的財産、製品法務、研究開発、新規事業、国際標準等を担当した企業の知財戦略、知財経営の実践経験者、丸島儀一金沢工業大学大学院教授は、国際的な産学官連携プロジェクトを進めるための法的環境について3つの課題を指摘する。職務発明、ライセンシー(実施権者)の立場、技術流出だ。こうしたソフト面の対策を強化し、環境を整備することが日本の産業の競争力を強くする。

—オープンイノベーションが叫ばれています。大企業でも中央研究所の時代の終焉(しゅうえん)が指摘されて久しいですね。オープンイノベーションといっても、具体的な企業活動もさまざまですが、きょうは、産業界が抱える課題を知的財産をテーマに整理していただきたいと思います。

丸島  日本に適したオープンイノベーションは何かとよく言われます。欧米では目的が達成できれば、かなりドライなビジネスをします。その点、日本ではお互いの信頼というものを前提に考えるのではないか、そこが根本的な違いではないかと私は思います。開発効率を高めるためにも「出口を見据えた」オープンイノベーションが必要だと言われています。基本的な考えは協調領域の成果を促進し、その成果を競争領域で活用して国際競争力を高めることにあるようです。この場合重要なのは、協調領域のイノベーションに参画した協調領域を主事業とする企業も、競争領域の企業と同様に事業競争力が得られる仕組みづくりです。もし競争領域の事業のために協調領域のイノベーションを進めることになるのであれば、協調領域のイノベーションに参画する企業にとっては魅力がなくイノベーション自身も活性化しないと思います。

競争力が成り立つ仕組みが必要

—そうでないとすると、プロジェクトには一応お付き合いはするが、事業の核心にかかわる開発は結局、自前でやるということになりませんか。

丸島   「嫌だったら入らなければいいじゃないか」という考えもあるのですが、気になるのは標準化の問題です。中国がWTO(世界貿易機関)に加入したことによって、国際標準が非常に大事になってきました。中国は国家戦略で国際標準化に動いているわけですね。欧米とともに中国やインドは大きなマーケットです。協調領域の成果を国際標準にしますということになると参加せざるを得なくなる。特にWTO/TBT協定(国際標準優先の考え)を考えると国際競争力を得るためには戦略的な標準化活動が必要になるからです。

—そうすると、そういうプロジェクトには入っておいた方がいい、いや、かかわらざるを得ない。

丸島  そういうことです。でも、標準化を考えるとき、日本は事業戦略的視点と仲間づくりを上手にしたいですね。

外国の特許承継の問題も

—外からは見えにくいのですが、いろいろ課題があるわけですね。

丸島  オープンイノベーションの1 つと言っていいと思いますが、国際的な産学官連携プロジェクトを進めるための法的環境に、私は大きく3 つの課題があると思います。1 つは職務発明です。職務発明は対価に関していろいろ訴訟が起きていますが、これとは別にも、外国の特許の承継の問題があります。日立製作所のケースは最高裁の判決が出て、日立さんのアメリカの特許は同社の承継ということになりました。記憶ですとその理由は日立さんが日本の企業だということ、日本人の従業員が日本で発明したこと、契約が存在したことで日本法が適用され日立さんの承継が認められた。日本で発明した特許は職務発明で、特許法35 条に該当する。アメリカに出願したアメリカの特許は、日本のその35 条では対応できないというのです。でも、対価は、職務発明に準じて払えというのが最高裁の判決の概要です。

これは地方裁判所の判決に似ています。高等裁判所の判決は、いや35 条に該当する職務発明だと言ってくれたのです。私は、その方が権利の承継が安定すると思ったのです。ところが、最高裁でまたひっくり返った。35 条には職務発明以外は予約承継したら無効とも書いてあるのです。職務発明でないとすると予約承継ができない、つまり発明が生まれてから承継の契約をしなければならないということです。

ある前提で、日本で生まれた職務発明についての米国特許の承継と対価の問題が最高裁で判断されたわけですが、同じ前提で、外国で発明した場合、前提が異なる場合等についての発明の承継と対価はどう解釈したらよいか明らかではありません。

国際的なプロジェクトでは、日本企業の研究開発者が参加国のどこの国で発明したとしても参加会社間であらかじめ開発成果(発明とその対応特許を含む)の取り扱い方法や帰属を決めておくはずです。しかし「事前の取り決めはできません。発明が生まれて承継してから契約してください」と言わなければならないとしたら、相手企業はどうしますか。

特許庁長官の諮問委員会が報告書

—欧米では契約できるわけですね。日本では後で、自分が承継できないとなったら、予想外の対価を請求されたら大変なことですね。

丸島  そうです。それが第1 点です。2 つ目の問題点はライセンシー(実施権者)の立場が弱いこと。その保護が課題です。これは私が2000 年ごろから主張してきた問題です。今度、特許庁長官の諮問委員会が報告書を出して、やっとライセンシーの当然保護の方向性が出ました。日本では民法の物件が債権に勝る、その一言でライセンサー(特許権者)が強くてライセンシーの立場が非常に弱いのです。

私は1970 年代後半から80 年代に、アメリカのベンチャー企業との契約は非常に問題があるとして、米国弁護士から実施したら実施料を支払うというような「未履行契約は絶対やめろ」とサゼスチョンを受けました。アメリカのベンチャー企業が破たんしたりすると、その管財人がライセンス契約をキャンセルすると言うのです。そうしたら、アメリカは、早速法律を変えて、ベンチャー企業などが倒産しても、契約で約束した範囲内において相手(ライセンシー)の権利をちゃんと保護してくれるようになったのです。実にスピーディーでした。前のままでは、契約をキャンセルされるというリスクがあったので、大企業は怖くてベンチャー企業の特許を活用できません。契約するにしても払い切り契約で安い金額しか出せないことになります。これは双方にとって大きな損失です。ドイツもライセンシーの権利が守られています。

日本は、ライセンサーが破産したり、契約に反して権利をほかに売ってしまっても、登録していないと第三者対抗要件がないとして誠実に契約を履行しているライセンシーの権利が守れないのです。かつて破産法では、登録しても第三者対抗要件がなかったのですね。数年前に破産法が改正されて、登録すれば第三者対抗要件があるとなったのですが…。

—ライセンス、通常実施権の登録ですか。

丸島  そうです。ところが、特許番号がないと登録できない仕組みです。それで私が困ったのは、われわれの業界の主要な契約は、包括の契約であることです。1 つの契約で何件特許が包含されるか、むしろ分からないぐらいです。

例えば「カメラ」というように、許諾する製品は特定しますけれども、「カメラに使える特許はライセンスします」といった調子で書いてあるのです。カメラに使える特許は何件あるか分からないから、列挙できません。数が多いのと、使える、使えないを判断する手間が大変なためです。肝心なことは特許を特定する必要性がないからです。そういうこともあって、契約書の中に特許番号を書いていないのです。右代表で1 件ぐらい書いてあるのはありますけれども。

このような包括契約は欧米では当たり前の契約です。これがドイツもアメリカも当然保護されています。登録しなくてもですよ。フランスやイギリスも、ライセンシーがいると分かれば、その権利は保護される。日本では違反して売られた後、新しく権利を買った人から権利行使される。この制度が日本には堂々と残っているわけです。

—欧米の場合には、特許番号がなくても、契約していることが分かれば、 ほかに対抗できるわけですね。日本ではできないのですか。

丸島  できません。日本の場合は、対抗要件をつけるためには、登録と開示が必要です。しかし、開示されると企業の戦略が分かってしまいます。だから、登録したがらない。

—ライセンシーの権利が守られていないことが、日本の産業の競争力にどう影響しますか。

丸島  「知的財産を活用しなさい」と盛んに言っていますね。活用の取り決めはライセンス契約ですよ。その契約が保護されないと言ったら不安で、ライセンスは受けられないじゃないですか。

私の経験を話しましょう。日本の企業とクロスライセンスをしました。クロスですからライセンサーでもあり、ライセンシーでもあるわけですね。相手のどの特許を使っているという意識は持っていないのですね、使えるものだったら全部使った方が効率がいいですから。その状態で相手の会社が破産してしまったのです。私は「契約をキャンセルされたらどうしよう。新しい権利者から攻撃を受けたら困るな」と思っていました。

—そうなったのですか。

丸島  いや、結果的には大丈夫だったのです。契約提携先の倒産後、弁護士に相談したら、「今の破産法だったらどうにもならないから、管財人と交渉したって駄目だ」と言われました。たまたま、その会社を引き継ぐ企業が現れ、そこと交渉して「前の契約どおりのライセンス契約を継続しましょう」と言っていただいたので、何も起きないで済みました。

—倒産でない場合でも、産業界では、例えば大きな企業の1事業部門を他社に譲渡したりします。そうすると、関連特許も譲渡先に移る。同じようなことが起こり得ますね。

丸島  そういうことです。昔は、そういうことはあまりなかったけれども、今は事業再編、M&A を積極的に進めています。

—そこのところの対策というか、法的な対応を急いでやらないと。

丸島  はい。それで長い間委員会で検討した結果、2007 年、経済産業省に番号が入っていない契約の登録制度を産業活力再生特別措置法の一部を改正してつくっていただきました。ところが、これがライセンサーの同意がないと登録できないのです。ライセンシー保護のための制度ですから、ライセンサーのメリットは何もないのです。むしろ情報がある程度出てしまうでしょう。そうすると、戦略性が分かるので、ライセンサーは同意したくない。実際に利用率は低いですね。1 歩前進しましたが欧米並みの当然保護に向けさらなる改革を期待したいところです。

—一応、委員会の方では、そういう方向では出ているのですね。

丸島  はい。去年の5 月ごろ、やっと出ましたね。でも、まだ委員会報告ですよ。

十分でない機密を守る仕組み

—3 つ目は技術流出です。アライアンスを組むと、お互いに技術情報等の営業秘密を交換します。交換された営業秘密は機密を守ることが重要です。しかし日本の場合は、守れる仕組みが十分でないと私は思っています。これが国際連携の問題だと思います。

日本にも営業秘密を守る制度はもちろんあります。最後の、違反した人を罰するのは刑事告訴です。裁判は公開ですから、技術的なノウハウもオープンになってしまう危惧(きぐ)があります。機密にできないから、誰も訴訟はやらない。民事訴訟の方は一応機密にできる仕組みはできました。ところが実行されていないのですね。なぜなら、機密保持義務をかけられるが、違反した人は、今度は刑事告訴の対象になります。刑事事件になれば機密が保たれる保証はないからです。

—機密保持については従業員は会社に約束していますよね。

丸島  日本の場合は、入社するときに念書を書きますね。この効果があるのは在籍中で、辞めたら関係ないです。辞めるときに、また機密保持契約を結べばいいのですが、昔でしたらノーと言う人はいないと思います。今、時代は流動化しているでしょう、難しい面もあります。在籍中に正当に入手した情報は、辞めてから使おうが開示しようが、自由なのですよ。これが今の制度なのです。ですから、会社を辞めないでいただくか、辞めるときに契約していただかないと、流出してしまうわけですね。

—日本の企業を定年退職した人たちがアジアを中心に世界中に行って現地企業の技術指導をしていますね。昔は、現役の社員が土曜、日曜に韓国や中国などへ行っているというので、会社が社員のパスポートを預かっているなんていう話も聞きました。

丸島  それ以上の情報の流出問題が起きているのではないでしょうか。情報がIT 化したことも関係が深いと思いますが、1 番の理由は違反するとすぐ捕まるという脅威が少ないことかも知れません。外国から見て、日本は違法に技術情報を入手することができない国だよという印象を強く与える制度、運用がないと、狙われるでしょうね。

—欧米の事情は?

丸島  アメリカには輸出管理法、スパイ法というのがあります。私もアメリカで仕事をするときは輸出管理法に気を付けろと言われたくらいです。アメリカ原産の技術は、外国へ出すなというところから始まっている法律です。米国外へ出すためには許可を得ろということですね。ましてや許可を得ないで外国へ持って出るのは違反。おとり捜査が多いですし、飛行機に乗って国境を越えたところで捕まっているのです。この法律は脅威です。みんなが慎重になるわけです。冷戦の時代は共産圏向けが厳しかったです。日本には持ってこられますけれども、その技術を使った商品が共産圏に流れるのは駄目なのです。日本の場合、法律は存在しますが罰則を受けるという脅威が少ないのです。だから、プロみたいな人は平気で違反を繰り返す可能性はあります。

だから刑事告訴され罰せられるという脅威を強く与える制度が欲しいと思っていました。実体法の方は、営業秘密侵害罪は昨年の改正でだいぶ良くなりました。今までは営業秘密侵害罪には、不正競争の目的というのが入っていたのですが、不正競争の目的を改め、不正の利益を得たり、保有者に損害を加えたりする目的をもってなされる行為を処罰の対象に含めて対象を広め、また、今までは不正入手した段階では罰せられなかったのですが、今回の見直しでそれが可能になりました。先進国並みにやっとなったのです。不正に入手(領得)したという段階で一応罰せられるというのは、随分進歩したと思います。

実体法的には、先進国に近づいたのですが、刑事手続法は今検討中です。昨年の実体法の改正のときの衆議院の附帯決議があって、関係各省庁間において、営業秘密保護のための特別の刑事訴訟手続きの在り方等について、早急に検討を進めているところと認識しています。一刻も早く実効ある法制度・運用の確立が望まれます。

—3つの課題をお聞きしました。知的財産の活用、産学官の連携促進の努力が各方面でなされていますが、そういうソフト面の対策を強化し、環境を整備することはわが国の産業の競争力にはすごく効果がありそうですね。

丸島  そうだと思います。

—でも、不思議ですね。大企業の一部の知財関係者を除けば産学官のいずれも、そうした問題があることも知らないと思います。どうしてですか。

丸島  トータルで物を見ようとする人が少ないからですね。私はいろいろな委員会に参加させていただき、企業の知財経営の面からいろいろ発言させていただいております。でも、ほとんどの人、研究開発の学者さんも、自分の専門分野の関心が主で知財経営のことはあまり関心を示しませんね。

—3つの問題点はマスメディアもあまり報道していませんし、経済団体はともかく、産業界自身の問題として認識されていないように思います。大変興味深く、重要なお話をお聞きしました。ありがとうございました。