2010年5月号
産学官エッセイ
地域の物語をつくり出す連帯感
昭和村の冬の花火にみる地域産業創出のヒント
群馬県の赤城山の北西麓にある昭和村(人口7,700人余り)は、レタス、ホウレン草、キャベツなど高原野菜の有力産地である。コンニャク芋生産量は日本一を誇る。農業従事者の平均年齢は若く、活力あふれる自治体の1つだ。

2 月13 日、昭和村総合運動公園で「ウインターフェスティバル2010」が開かれ、近県から訪れた人を含むおよそ2,000 人が楽しんだ。〈昭和村に花火を上げる会〉の主催で今年16 回目。午後4時開始。自動車のチューブをそり代わりに遊ぶスノーチュービング、パンづくり体験、ビンゴ大会など盛りだくさんのイベントだ。つきたての餅でつくったイチゴ大福、モツ煮、こんにゃくのみそ田楽など地元産の食べ物も並ぶ。ステージでは和太鼓の響き、バンドの演奏や歌。ハイライトは7 時スタートの雪上花火で、40 分間に5,000 発が打ち上げられ真冬の夜空を鮮やかに染めた。

「どうしてお祭りがないの」

村の若手、中堅10 人ほどが始めた。春から秋は畑に野菜があるので、花火は上げられない。このため農閑期の冬のイベントとなった。同会創設メンバーの1 人、建築業の三代光次さんが小学生の娘、奈美子さんから「どうしてここにはお祭りがないの」と言われたこともきっかけの1 つになった。商店街や大型公共施設のある都市部と違って、子どもたちの興味をひくイベントが少ないという面はあるかもしれない。だから「子どもたちに夢と思い出を」という願いが込められている。

同村には戦後入植した比較的新しい集落もある。同県内では昭和30年代から50年代初めに大規模かんがい排水事業が行われた。農業用水を確保したことで、この地域の農業は急速に発展した。周辺の都市部以上に変化が激しく、“新しい” 地域であるとも言える。毎年の「思い出」を重ね、地域の「物語」をつくっていきたいという思いは大人たちのものでもあるのだろう。

回を重ねて連携の輪

フェスティバルは回を重ねるごとに連携の輪が広がり、いまでは村、商工会、各種団体、保育園や、キヤノン電子、味の素ファインテクノ、藤森工業、佐藤運送など進出企業も加えた産・官・民のネットワークに支えられている。

この求心力も元気の源だ。同村では農地が足りず、農家は村外にも耕作地を求め、遠くは赤城山の南麓の前橋市内の農地まで借りている。中国などアジア各国から毎年多くの研修生が訪れる。隣接する沼田市などからのパートは農繁期には1,000 人を上回る。若い農業後継者も多い。現在、昭和村に花火を上げる会の会長を務める星野高章さんもその1 人で、30 代半ばだ。村の農業が元気だから最先端の技術も人も集まる。同村に本社のある野菜農家の集合法人、株式会社野菜くらぶの成功は全国的に有名だが、個人農家でも年間売上高1億円クラスが出始めているという。

加藤秀光村長は語る。「一昨年、大阪の方から『ホウレン草がとてもおいしかったので表示されている生産者の佐藤さんに連絡したい』との問い合わせが役場にあった。昭和村の野菜を食べたことのある人は全国にたくさんいるが、今度は村のことを知ってほしい」と。同村は平成21 年10 月、「日本で最も美しい村」連合に加盟した。模索しているのは村のアイデンティティーなのだ。「ウインターフェスティバル」に込める若い人たちの思いと重なって見える。

キーワードはアイデンティティー

「平成の大合併」で同村は自立の道を選択したが、それも上述のような地域の自覚と関係があるのかもしれない。

同じ利根郡の川場村も平成の合併に距離を置いた自治体の1つ。道の駅川場田園プラザなど一連の地域活性化策が成功し、過疎地域指定を解除されている。同村は東京都世田谷区との交流事業が有名で、日本中が「平成の大合併」の渦の中にあったとき、朝日新聞1面に〈川場村 世田谷区と合併へ〉という記事が掲載されたほどだ。同村教育委員会は今年2 月、「川場かるた」をつくり全世帯と小中学校などに配った。住民がふるさとについて知り、興味を持つきっかけにしてほしいという。ここでも地域の物語、アイデンティティーがキーワードなのだ。

平成の大合併が一段落し、この2 〜3 年全国各地の合併自治体で「住民の声が届きにくくなった」などと不満がくすぶっている。財政基盤を強化し、事務やサービスを効率化するだけで住民の満足度が高まり地域が活性化するというわけではないだろう。地域のアイデンティティーには、外からは想像できないパワーが秘められているように思う。

地域活性化への祈り

翻って全国各地で取り組まれている「研究開発を通じた新産業創造のプロジェクト」はどうなのだろうか。例えば東北地方。企業と大学・研究機関の連携や、ベンチャー企業について関係者の話を聞いていると、この地域を何とかしたいという祈りが伝わってくることが少なくない。地域の企業、住民に寄り添い、ともに地域の物語をつくっていこうという研究者もいる。だが、全国を見渡すとそうしたケースはまだまだ少ないように思う。地域の新産業創出は、なぜ、なかなかうまくいかないのか、時には視点を変えて考えたらどうだろう。

かつて「どうしてここにはお祭りがないの」と父親にただした奈美子さんは、昨年の同フェスティバルのステージで父の三代光次さんに感謝の気持ちを伝えるとともに、同日婚姻届を提出したことを報告し、会場から万雷のような拍手を受けた。

昭和村はこれからどんな物語を生み、語り継いでいくのだろう。

(登坂 和洋:本誌編集長)