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2010年6月号
インタビュー
免疫学の大革命が始まった!
顔写真

審良 静男 Profile
(あきら・しずお)

大阪大学免疫学フロンティア研究センター拠点長・教授


聞き手:松尾 義之 Profile



ノーベル賞級の研究が日本から生まれ、免疫学に大革命を起こしている。トーマス・クーンの「科学革命=パラダイム・シフト」だ。この素晴らしい大仕事をしでかしたのが、審良静男・大阪大学教授。その名はすでに「世界で最も論文を引用される男」として、全世界に鳴り響いている。審良教授は、約10年間、科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業のプロジェクトリーダーを務めた(CREST:1998−2001、発展研究SORST:2001−2002、ERATO:2002−2007)。

免疫はいわば、新旧2つの世界から成り立つとされてきた。「旧世界」は自然免疫で、すべての生物が持つ、外敵に対して自己を防衛する仕組みだ。自然免疫のポイントは、どんな外敵でも広く一般的に対処できるところ。一方の「新世界」が獲得免疫。自己防衛の仕組みという点では同じだが、個別対応型の高度な体制で、脊椎(せきつい)動物だけが持っている。20世紀後半、免疫学から何人ものノーベル賞が出たが、すべてはこの新世界免疫での話だった。

新旧2つの免疫系が存在し、それぞれは別の独立した系である、というのが従来のパラダイムだった。新世界免疫の方が高度で優れた主役であり、旧世界免疫は原始的な影の存在だ、という暗黙の了解もできていた。ところが21世紀を迎え、審良教授がこの世界観をひっくり返してしまった。

最も驚くべき新事実は、2つの世界は独立ではなく、旧世界つまり自然免疫が、新世界つまり獲得免疫の発動を支配している、という点だ。自然免疫もまた、個別反応の仕組みを備えていた。そして自然免疫の主要な骨格も、審良教授のグループ単独でほぼ100%解明してしまったのだ。

今、免疫学の書き換えが世界中で進められている。論文が最も引用される真の理由はそこにある。ワクチンなどでも、新しい展開が始まった。未踏の領域をいかに切り開いてきたのか、審良教授にお聞きした。

(松尾義之)


岸本忠三研究室で2つの転写因子をクローニング

1977 年に大阪大学医学部を卒業して内科医となり、その後、84 年になって大阪大学細胞工学センター研究員になりました。カリフォルニア大学バークレー校に留学して帰ってきたのが87 年です。それから約9年間、岸本忠三先生(元大阪大学総長)の研究室で助手を務めました。

岸本先生はIL-6(インターロイキン6)の発見者ですが、僕はその作用よりも、IL-6 遺伝子発現の転写制御に関心がありました。免疫というより、細胞内シグナル伝達とかサイトカインの遺伝子発現、つまり分子生物学をやったのです。9年ほどかけて2 つの転写因子(NF-IL6、STAT3)の遺伝子を単離(クローニング)しました。

1990 年ごろ、ノックアウトマウスの技術が登場しました。そこでNFIL6とSTAT3 のノックアウトマウスをつくったのですが、試験管内と違う結果が出ることに気付き、非常に興味を持ちました。95 年に助教授になりましたが、研究が一段落したこともあり、96 年に兵庫医科大学に生化学の教授として呼ばれたのです。

MyD88との出会い

僕の研究のやり方は、ラボを移れば違った研究をする、というものです。だから、兵庫医科大学教授になって独立した時も、過去との関係はなるべく切ろうと考えました。少し関連するのは仕方ないですが、横にそれた研究をしたい。

阪大時代にやっていたものに、M1 細胞という白血病細胞があります。これはIL-6 で刺激すると増殖を止め、マクロファージになります。ところが、STAT3 の機能をブロックすると、マクロファージに分化しないのです。つまり、STAT3 の下流にある何らかの制御因子がマクロファージの分化に関与している。そこで、兵庫医大ではこれを調べようと考えました。

M1 細胞でIL-6 によって急速にメッセンジャーRNAが増えてくる遺伝子が知られていました。それはMyD シリーズと呼ばれ、MyD105 とかMyD115 とか、すでに番号がついていましたが、機能はまったく分かっていませんでした。MyDというのは、骨髄(myeloid)系で分化(differentiation)にかかわっている遺伝子という意味です。僕らはこの遺伝子をランダムにノックアウトしてみたのです。こうして、その中の1つMyD88 が、IL-1やIL-18 のシグナル伝達に必須であることを突き止めました。でも本当は、ここですべてが終わっている仕事だったのです。

菌体毒素を注射しても、マウスが死ななかった

ところが担当していた学生が、細菌の菌体毒素(リポ多糖)であるLPS をそのマウスに注射してみたのです。そしたらなんと、そのマウスが死ななかったのですよ。このハプニングから新しい展開が始まりました。

LPS というのはグラム陰性細菌の菌体内毒素で、普通はマウスに打ったら1 日か2 日で死んでしまいます。彼がなぜそれを打ってみたかというと、当時、兵庫医大でIL-18 というIL-1 ファミリーとよく似たサイトカインを世界で初めてクローニングしていたことと関係があるのです。もともとIL-18 はLPS を打った時に血中に出てくるタンパク質として見つかった。だから、どう関係するのかと思って、LPSを注射してみたんです。そして、MyD88 のノックアウトマウスはLPS では死なないことが偶然に分かりました。

そのあと確認したのですが、IL-18 のノックアウトマウスはLPS で死んでしまいました。IL-1 ノックアウトマウスもLPS で死にました。この事実から、IL-1 受容体やIL-18 受容体以外のよく似た分子がLPS の反応にかかわっていることが考えられました。そこで、それ以外のIL-1 受容体のファミリーメンバーがLPS のショックの原因となる受容体ではないか、と思い、片っ端からノックアウトしてみたのです。ところが、うまいこといきませんでした。

なぜToll様受容体(TLR)に向かったのか

このあたりから、Toll(トル)の話と結び付いてきます。1997 年、アメリカの免疫学者のグループが、ショウジョウバエのToll とよく似た遺伝子(ホモログ)がヒトにもあることを発見しました。そのNature 論文を見た時、僕は「あっ、ひょっとしたら、Toll もMyD88を使うんと違うかな」と直感したのです。理由は、細胞内での働き方が非常によく似ていたからです。

Toll というのは発生に関与する有名な遺伝子で、背中と腹の軸をつくる遺伝子です。発見したドイツの女性研究者が1995年にノーベル賞をもらっています。1996 年、フランスのHoffmann のグループは、大人のショウジョウバエのToll 遺伝子を破壊すると、カビに感染しやすくなってすぐに死んでしまうことを発見しました。それがあって、アメリカのグループは、そのヒトのホモログを探していたわけです。

こんな経緯があって、僕らは、IL-1 受容体からToll 様受容体(TLR)に矛先を変えたのです。その時はTLR は4 〜5 つあると言われていましたが、ともかくTLR ノックアウトマウスづくりを開始しました。ゲノムプロジェクトがまだ終わっていなかったので、学生に、Toll と似た遺伝子が出たらすぐにピックアップするよう指示しました。結局12 個あることが分かりましたが、1 つ1 つノックアウトしていけば、その中にLPS との反応にかかわるものがあるんじゃないか、と考えたわけです。

最終的にTLR4がLPS の受容体だと分かったのが98 年夏です。ところが、98 年12 月にNature に論文を投稿しようとしたまさにその日に、なんとScience に4 番目のToll 受容体がLPS の受容体だという論文がアメリカのBeutler のグループから出てしまったのです。急きょ、別の雑誌に投稿しましたが、僕らの論文は年またぎで1 年遅れとなってしまいました。彼らはノックアウトマウスで突き止めたのではありません。LPS の不応答マウスというのが昔からいて、そのC3H/HeJ マウスの染色体異常の位置を、ポジショナルクローニングという古典的方法で10 年近くかけて絞り込んでいたのですね。

Nature に出るぞ、と勇んで論文を書いていたところに、この出来事です。大きなダメージを受けました。「自分たちだけが知っている、LPS の受容体を発見した」と思っていたのに、世界にはもう1 カ所あったんですね。ただし、こっちにはノックアウトマウスという強力な武器がありました。

こうなったら、残りのTLR のリガンド(結合物質)を全部見つけなければ気が済みません。MyD88 ノックアウトマウスがあったので、これで第1段階のスクリーニングをすれば、候補が見つかるはずだと思い、LPS 以外のバクテリア成分をいろいろかけてみました。ところがサイトカインが出てこない。結核菌の死菌をかけても同様でした。このことは、LPS 以外の細菌成分も皆TLR で認識されていることを示していました。いろいろな細菌成分の反応をまずMyD88 ノックアウトマウスから得た細胞を使ってスクリーニングし、そこで反応しなかった成分だけを選び出して、その次にTLR を順に1 つずつ見ていったのです。こうして、リポタンパク質がTLR2で受容されることをすぐに見つけました。

DNA受容体を発見、センセーションに

ところがそのあとがなかなか見つからないのです。バクテリア成分ではダメなので、漢方薬とか何でもかんでもやりました。アガリスクもひょっとしたら、と思って試しました。そんな中で、CpG-DNA という単なるDNAをかけると免疫細胞が刺激されてサイトカインが出るという論文を見つけました。まさかDNA を捕らえる受容体があるとは思わなかったのですが、苦し紛れもあって、ともかくやってみました。そしたらなんと、TLR9 で実際に消えてしまったのです。本当にびっくりしました。結局、この成果はNature の論文となり、僕らの論文では引用件数が最も多い2,400件近くになりました。

バクテリアのDNA がToll によって認識されることが分かり、大騒ぎになりました。なぜかというと、要するに単純な話なのです。CG モチーフを持った短いDNA をToll が認識しているということは、自分の体に持っているDNA には反応しないで、なおかつ、外来のバクテリアのCpG-DNA には反応している。つまり、哺乳(ほにゅう)類の自然免疫は、自分のDNAと外来DNAをきちんと区別して認識していることになったからです。これは、それまでの免疫観、つまり「自然免疫は非特異的な単純な貪食(どんしょく)作用だ」という考え方を根本から変えてしまった。だからセンセーションを引き起こしたのです。

このCpG-DNAは、アジュバント(免疫反応強化物質)として、すでにアメリカの会社が市販していましたが、そのメカニズムはまったく分かりませんでした。怪しい物質の1 つでしたが、もともとは日本人が発見していたものです。BCG 菌を打つと、がんが抑制されることがありますが、20 年前、国立予防衛生研究所におられた徳永徹さんが、その作用のもとがDNAであることを突き止めていたのです。でも当時はほとんど無視されました。まさかDNA が免疫細胞を活性化するなど、当時の常識からは信じ難いことだったからです。

ほとんどのTLRの相手を発見、シグナル伝達経路も解明

次に僕らはTLR7 がRNA を認識することを突き止めました。これは最初からRNA じゃなくて、イミダゾキノンという薬でした。2002 年、この薬をかけると7 番目で消えることを報告したのです。でも、こんな人工化学物質に対して、体がもともと反応する能力を持っているなんておかしいでしょう。自然物のリガンドがあるはずです。そこでドイツやイギリスのグループと共同研究を進めて、2004 年にこれも核酸で一本鎖RNA であることが最終的に証明できました。

つまり、DNA はTLR9 で、一本鎖RNA はTLR7 でそれぞれ認識されている。DNA ウイルスとRNA ウイルスは違うTLRで認識されている、という新しい概念ができたのです。

2001 年には、TLR5 が鞭毛(べんもう)のタンパク質であるフラジェリンを認識していることを突き止めました。腸内細菌が入ってきたことを知るセンサーというわけです。TLR3 だけはアメリカのグループに負けましたが、このTLR3 は二本鎖RNA でした。あと、TLR1、2、6 も僕らが見つけたのですが、それらはTLR2 とヘテロダイマー(二量体)をつくることによって、リポタンパク質の脂質部分の構造を認識しています。いずれにせよ、こうしてほぼすべてのTLR の認識する病原体成分を僕らが中心となって見つけたのです。しかも並行して、TLR ファミリーの信号伝達経路の全容も解明してしまいました。

自然免疫を活性化しないワクチンは効かない

TLR は自然免疫の中心として非常に重要です。でもそれ以上に重要な点は、僕らが2001 年の論文で最初に明らかにしたように、「TLR が獲得免疫を誘導する」ところにあるのです。

自然免疫と獲得免疫の本当の関係を示す良い例があります。つい最近の共同研究ですが、インフルエンザワクチンの作用として、TLR7 つまり一本鎖RNA を認識する部分が最も重要であることが分かりました。新聞にも載りましたが、TLR7 がないとワクチンの作用が現れなかったのです。

マウス実験では、アジュバントなしのワクチンは、抗体価がまったく上がらずゼロでした。この理由は、ウイルスRNAが含まれていないためにTLR7 経路からの自然免疫を活性化できず、獲得免疫も活性化できないからです。現在日本で使われているインフルエンザワクチンは非常に精製されており、抗原だけでアジュバントが入っていないため、ほとんど効かない。過去に感染したことのある大人であれば記憶細胞が動員されるので(獲得免疫で)効きますが、未感染の子供には効かないのですね。副作用を無くすために精製したため、逆に効果を失ってしまったわけです。

今、自然免疫と獲得免疫を結び付ける研究が世界中で進んでいます。例えばカプセルの中に、アジュバントと抗原をいっしょに入れたワクチンとかです。精製という方向から逆に戻って、不活化ワクチンや生ワクチンの弱いものにするのが世界の大勢です。汚い方が免疫力を高めてくれるのですから。

自然免疫と獲得免疫

これまで長い間、自然免疫と獲得免疫は独立していて、自然免疫は単に病原体がやってきた時、それを取り込んで貪食する作用だと考えられてきました。ですから、そこに病原体認識センサーがあってサイトカインを出すという僕らの発見は大事件でした。しかしそれ以上にTLR がないと獲得免疫が誘導されないこと、つまりTLR が獲得免疫への橋渡し役として重要な役割を担うことは、はるかにインパクトが大きいものでした。どうやったら最も効果的なワクチンが見つかるか、基礎概念を与えることもできました。単に病原体を認識してサイトカインを出すだけだったら、僕らの研究は、これほどまでに注目されることはなかったかもしれません。

特に2005 年以降、2 つの免疫の関係について僕らは多くの論文を書いています。このあたりの05 〜06 年の論文が、今では最も多く引用されています。

正直に申し上げて、研究に取りかかる前は、自然免疫の分野にこれだけ大きな未知の世界が残っているとは、思いもよりませんでした。免疫の大まかな概念は、獲得免疫のところですべて済んでしまった感じでした。T細胞、B 細胞があって、抗原が来たら刺激を受けてTからBにシグナルが与えられて抗体ができるし、T とT の細胞間の相互作用でキラーT 細胞ができてと、液性免疫と細胞性免疫で話は全部済んでいたのです。

自然免疫に入ったのはまったくの偶然でした。もし免疫学を詳しくやっていたら、こんな研究はしなかったと思います。先日も、「お前はCpG-DNAを知らんからできたんや」って言われてしまいました。なぜかというと、CpG-DNA の受容体は「細胞質内にある」という前提で進んでいた。取り込まれた後に反応が起こるのだから、受容体は膜には存在せず、細胞質の中にあって、それがCpG-DNA と反応してシグナルが入る、と考えられていたわけです。そこで細胞質成分を精製しようとしていたが、誰もうまくいかなかった。ところが僕は、そういう知識がなかったから突き止めることができたわけです。

あとで分かったことですが、核酸を認識するTLR9 は、エンドソームにあったのです。これは、細胞質の中にある膜で囲まれた小胞ですから、「細胞質の中にあって、なおかつ膜の中にもある」わけですね。最初にCpGDNAは細胞質にあるという知識を持っていたら、やっていないと思いますね。研究って不思議なもので、自分の頭の中で分かりきっているとなると、それは見捨てて新しいことに向かってしまうのです。僕は知らんかったから何でもやって、大きな発見につながったのです。

自己免疫疾患も関係する

TLR9がエンドソームにある意味は面白いですね。ちょうどいい。異物である核酸は病原体の中にあるでしょう、だから消化しないと出てこないわけです。病原体が取り込まれて消化・分解されてDNAが出てくる。その段階で初めてTLR9が認識し、刺激を受けてサイトカインが放出される。だからメカニズムとしてもぴったりなんです。

もう1 つ言われている理由は、もしDNA センサーが外膜表面にあったら危険だということです。体内で細胞が死ぬことは多いから、分解されてDNA も出ます。これを認識して免疫系が活性化してしまうと、自分自身を攻撃して自己免疫疾患になってしまうからです。だから、TLR9 がエンドソームに存在するのは、一種の安全弁になっているとも言えるのです。

案の定といいますか、今、TLR7 と9 が自己免疫疾患に関係するようだという論文がどんどん出ています。全身性エリテマトーデスなどの自己免疫疾患が、TLR7 や9 の誤動作と関係しているのです。本来は病原体の核酸を認識するための仕組みが、自己の核酸を認識するという誤動作を起こしているんです。

このように今、病気と関係するところでTLR が注目されています。動脈硬化やメタボリックシンドロームにもTLR はかかわっているらしい。循環器系とか代謝系のところでは、獲得免疫よりも、初期の炎症(自然免疫)が病気に関係していることが多く、そちらの研究会に呼ばれることが増えてきました。

JST研究費のタイミングが絶妙だった

研究費の面では、JST には本当に感謝しています。兵庫医大に移った時にCREST のお金が入ったのは大きかった。その96 年はCREST の第1 回でした(1995 年度)。応募の仕方を聞きにJSTに行ったのですが、対応してくださったのは当時の担当部長の臼井勲さんでした。僕を選んでくれたのは、後に共立薬科大学の理事長を務めた橋本嘉幸東北大学名誉教授。戦略目標は「大きな可能性を秘めた未知領域への挑戦」で、橋本先生は「生体防御のメカニズム」の総括をされていました。

兵庫医大に移る前の大阪大学助教授の時に応募して、移ってからお金をいただきました。約1 億円だったと思います。ノックアウトマウスをつくるにはかなりのお金がいるのですが、CRESTの金額は、ランダムにノックアウトするのにちょうど良いものでした。もちろん、そのお金が入ったので、こうしたテーマ・手法を選べたという面もありました。なかったら、もっと地味な違うテーマを選んでいたと思います。

また、研究資金のタイミングも良かった。TLR4 がLPS 受容体であることを発見したのが1999 年で、さあこれから最も競争が激しくなるぞという時、CREST が終わってしまいました。でも2000 年にSORSTに選ばれて、2002 年からERATO に選ばれたのです。SORSTは当初3 年の予定でしたが、1 年弱で終わってERATO に加えてもらいました。

ERATO の時がまさに世界との競争が最も激しい時で、世界中の研究者がTLR に注目してきたのです。ここで大きな資金を得た故に、僕らの研究は大きくブーストしたんです。論文の引用数が最も多いのは、まさにERATOの時代の2003 年、2004 年のものなんです。それが証明です。

いったい誰が僕の研究に本当に注目してくれたのか。僕は学問の世界の人ではなく、JST 内部の方々だったと今でも思っています。目利きの人が何人もおられるのでしょう。JST だけが約10 年間、ずっとサポートしてくれた、いわば個人投資をしてくれたのです。もちろん僕らはそれに応え、これだけの成果を挙げてJST にお返しすることができました。

「苦労物語はありません」

1 つの仕事が一段落すれば、そこは皆さんに委ねて、僕自身は別のテーマを追いかけたい。こんなやり方をするのは、あるいは時代と関係するのかもしれませんね。僕らの時代は、まず留学して外を見なければあかん、と思っていました。帰って来るところなんて考えずに外に出掛けました。「どうにかなるやろ」でした。今は、外国に行ったら帰る場所がなくなる、とビビッて留学しようとしません。

世の中がそっちの方に流れてしまうから、日本全体に元気がなくなってしまう。沈む方向へ、暗い方向へ、と向かう風潮は、誰が誘導しているんでしょうか。若い人は洗脳されてしまいます。僕らが20 代のころは、日本が世界一になるといった気持ちが横溢(おういつ)していました。研究だって世界最高のものを目指す、という気持ちが養われたんです。

僕の場合、何年かおきに良い論文が書け、研究は順調に進んできたので、つらかったことはないです。あったのかもしれませんが、はっきりいって忘れています。未来志向でずっとやってきたからかもしれません。興味・関心は、これからのテーマにしかないんです。

いつも自分はゼロだと思ってやっています。そうでないといけないと思っている。だから、ノックアウトマウスも僕はみんなあげてしまうことにしているのです。それでええと思う。自分がやれへんのに、囲っていても意味はない。あげていい研究をしてもらえたらいいでしょう。あげることによって、こっちは窮地に立たされるけど、相手と同じことをやらないためには、その方がいいんです。相手と対等に闘って勝てるような状況でないといけない。特別なものを持っているから勝てるという状況はダメ。それでは、今は勝てても将来はたぶん勝てない。

残念ながら、僕の場合、苦労物語はないんですよ。「地味な自然免疫の世界で疎外されながらコツコツやって、ようやく花開いた」といったストーリーをテレビ局の人はつくりたがるけど、残念ながら、そもそも岸本研では自然免疫なんてやっていない(笑)。ほとんどが、偶然うまいこといって、これだけ大きな仕事になったんです。

日本の免疫学には、優れた仕事をされた人がたくさんいます。その歴史・伝統が続いているんだと思います。日本の素粒子論が強いのと同じように、日本の免疫学も強い。学生時代に石坂公成先生の論文を読んで、免疫は面白そうやな、と思いましたからね。トップクラスの人が出ることが、若い優秀な人を引き寄せていくのだと思います。