2010年6月号
特集1  - グリーン・イノベーション
25%削減とグリーンイノベーション
顔写真

小宮山 宏 Profile
(こみやま・ひろし)

株式会社三菱総合研究所 理事長
独立行政法人科学技術振興機構 低炭素社会戦略センター長

筆者は、CO2の25%削減は可能であり、日本にとってチャンスであると説く。一部に否定的な見方があるが、ここで止まっては日本は衰退へ向かう。産業界に削減の過度の負担を求めるべきでなく、国民の日々のくらしのなかで減らすべきである。

CO2削減を日本のチャンスにすべきである

2010 年3 月、地球温暖化対策基本法が閣議決定された。排出量取引の上限を「総量目標」に限るか、「原単位方式」も認めるかという点で迷走したものの、CO2の25%削減、再生可能エネルギーの供給目標10%、安全の確保を条件として原子力発電の推進が明記されたことは、わが国の環境問題に対する積極的な姿勢を内外に示すために大きな意義があったと言える。

昨年9 月、鳩山首相が1990 年比でCO2を25%削減すると宣言したころは、マスコミも懐疑的な論調が多かったが、近ごろは、25%削減はできる、やった方がいいという声も多くなってきた。産業界の反対というのは実は間違いで、反対をしている業種もあるということにマスコミも国民も気付き始めたのである。一方、家計負担については、まだ国民の不安を払拭(ふっしょく)できていない。省エネ・創エネ投資が回収できる投資であることを、もっと説明すべきであろう。もちろん、産業界や国民生活への影響については、さらに詳しい検討と結果の公表が待たれるところではあるが、否定的な論調一色という傾向は回避されつつある。しかし、ここで止まっていてはいけない。ここから先の対応次第で、日本は強くもなるし、弱くもなるのである。

CO2の25%削減というのは、日本にとって可能でありチャンスであり、逆に、ここで遅れたら日本は衰退するということが重要なポイントである。ただし、削減の仕方を間違ってはいけない。過去に公害問題を克服した国として日本は世界で最も成功した国である。そのときは、ものづくり産業に対して排出ガス、廃液などをきれいにして排出しなさいという規制をかけることで成功したのである。しかし、今回のCO2の問題は、ものづくり産業ではなく、私たちの日々のくらしで減らす。ここに日本のチャンスがある。もう1 つの大きな問題である高齢化は、実はCO2よりもっと足の速い、解決しなくてはならない問題である。CO2や高齢化の問題を解決する手段として、私は日本の全国各地で快適なまちづくりを展開する「プラチナ構想ネットワーク」を提案している。

創造型需要とイノベーション

私は、かねてより、人工物の飽和ということを言ってきた。日本の自動車保有台数は、約7,000 万台に達し、すでに2 人に1 台以上という水準にある。また、日本の総住宅数は約6,000 万戸で、全国の総世帯数5,000万を上回っている。このように物的需要は買い替えや建て替えが中心となった。これが先進国の需要不足の本質である。

一方、途上国や新興国では、耐久消費財に対する需要がいまだ旺盛である。しかし、こうした途上国等の需要もいずれは飽和する。しかも、中国、インドなどの途上国の発展の速度は現在の先進国が経験した速度と比べて速く、人工物が飽和し、需要不足が顕在化するのも時間の問題である。

人工物の飽和に向かう需要を「普及型需要」、それに対して、まだ姿を見せていない需要を「創造型需要」と呼ぶことにする。途上国、新興国の「普及型需要」に企業が着目し、巨大市場へ進出するのは当然であるが、一方で、日本は、自らの課題解決を図る中で創造型需要を掘り起こし、新産業を生み出し、世界に輸出し、先行者利得を得ることを目指すべきだ。

それが可能な分野の1 つが低炭素社会などの環境分野である。

日本のエネルギー消費の内訳を見てみよう。いろいろな分け方があるが、「ものづくり」「日々のくらし」「エネルギー転換」の3つに分けるのが最も分かりやすい。産業と家庭ではなく、「ものづくり」と「日々のくらし」に分けるところがポイントである。鉄、プラスチック、素材などをつくって、これを自動車や家電や衣服にする、これが「ものづくり」であり、ここでエネルギーを消費する。次に、これらを使って家庭やオフィスや自動車、業務用の車で消費する。さらに、この2 つの場面で使うエネルギーをつくるところ、すなわち発電部分で消費する。発電所でのエネルギー消費は結局「ものづくり」と「日々のくらし」に割り付けることが可能である。このようにして最終消費に着目すると、日本のエネルギー消費は家庭、オフィス、輸送の「日々のくらし」が55%、素材、自動車、家電など「ものづくり」が45%という構造になる(図1)。



図1 日本の部門別CO2排出割合

ここから導き出される日本の戦略は明確である。すでにエネルギー効率の高い「ものづくり」に過度の負担を求めるのは得策ではなく、削減余地の大きい「日々のくらし」で削減すべきである。

それによって日本の「ものづくり」を活性化することができる。なぜなら、日々のくらしの低炭素化に必要な製品群は、技術進歩の余地が大きいからだ。エネルギー技術には科学に裏付けられた確固たる理論があり、理論と現今の技術とのギャップがイノベーションの可能性である。自動車、給湯器、エアコン、冷蔵庫、照明、断熱、太陽電池、蓄電池、燃料電池などは、いずれも両者のギャップが大きいイノベーションの宝庫である。科学技術振興機構低炭素社会戦略センターの応用一般均衡モデル計算によれば、技術進歩が適切に起これば国民福利を増しつつCO2の25%削減が可能という結果も出ている。

ものづくり力

普及型需要と創造型需要では必要とするものづくり力に違いがある。例えば、北欧企業などの携帯電話の生産は、日本の部材を購入して台湾で組み立てる。韓国企業などが強みを発揮している半導体や家電製品では、大規模で適切なタイミングの投資が鍵を握る。これらコモディティ化した普及型需要のものづくりにはビジネスモデルの勝負という側面が強い。

創造型需要に関してはゼロからのものづくり力が問われる。素材、部材、高機能機器など幅広いものづくりの産業集積を有する日本は、この分野なら間違いなく世界最強であろう。もちろん、普及型市場をビジネスモデルで制している日本企業も少なくないし、そのための官民協力も不可欠だ。しかし、それだけでは持続的な成長は望めない。「創造型需要」を新産業に結び付けることが、日本の強いものづくり力を生かし課題先進国を「課題解決先進国」とする道なのである。

「坂の上の雲」の時代より、日本は、坂の上の一片の雲、すなわち先進国である欧米諸国を目指してきたが、今は、先進国となり雲の中に入ってしまった。雲の中は霧であり、自ら目標を定め進んでいくしかないのである。普及型需要を追いかけていればよい途上国の時代はもう終わり、先進国として、得意のものづくり力を自国の成長に結び付けるとともに、地球規模の課題解決に貢献することが求められているのである。

プラチナ構想ネットワーク

前述の通り、日本の戦略は明確であり、十分なポテンシャルも有している。あとは、実行するのみであるが、ここが最も難しいところである。国民に希望を与え、国民を動かすこと、これまでこの役割を果たしてきたのはもっぱら政府であり、代表的なものとして、所得倍増計画、日本列島改造論があった。これらに代わる新たな国づくりの方向性を示すビジョンの構築が必要なのである。しかも、政府主導で産業を興し国民のくらしを良くするという従来のものではなく、地域でくらしを良くすることで新たな産業を興すという先進国型モデルでなければならない。私は、循環型社会・低炭素社会を実現していく「グリーンイノベーション」と、明るい高齢化社会を実現していく「シルバーイノベーション」を結び付けて、新たな雇用を創出する社会実験を全国各地で展開し、生活の視点から21 世紀にふさわしい国家の将来像を構築する「プラチナ構想ネットワーク」を提案している(図2)。



図2 プラチナ構想ネットワークの重層構造

課題先進国である日本だからこそ、世界に先駆けて快適なまちづくりに取り組むことができると考えており、少なくとも各県に1 つの社会実験を目標としている。すでに、青森県、福井県、千葉県柏市をはじめ、30 近い自治体から参加したいという声が寄せられている。個々のまちづくりは、地元に精通した自治体、企業、住民が中心となって検討すべきであるが、それだけでは不十分である。できるだけ多くの知恵を集めるために、各地域が情報交換するためのネットワークづくりが大切だ。また、各地域で得られた知識を他地域でも応用できるように要素分解し、使える知識とするのは大学と研究機関の役目である。そのために大学・研究機関のネットワークをつくろう。さらに、世界中に姉妹都市をつくり、日本の魅力的な地域を世界に広げていこう。

日本にはどこにも負けないものづくり力がある。弱点は自分で何をつくるか決められないことだ。だから、まちづくりで目標を決める。欲しいものをゼロからつくるものづくりが日本を強くするのだ。全国各地で快適なまちづくりの運動を巻き起こそう。

グリーンイノベーション、シルバーイノベーションの芽は全国各地にある。これが1 つひとつ花開くためには、地域の熱い情熱と絶えず注ぎ込む新鮮な水と養分が必要である。「プラチナ構想ネットワーク」は、いわば全国各地に水と養分を運ぶことによって、快適なくらしという花を咲かせる仕組みである。また、日本で咲いた花が姉妹都市を通じて世界に広がれば、世界中が快適になる。環境問題も高齢化の問題も、時間的な余裕はあまりない。この運動もさらに加速していかなければならないと感じている。