2010年6月号
特集2  - ライフ・イノベーション
冬虫夏草から新薬が生まれようとしている
リード探索で産と学が連携した日本初の創薬事例
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谷田 清一 Profile
(たにだ・せいいち)

財団法人京都高度技術研究所 産学連携事業部 医工薬連携支援グループ アドバイザー


国際的な製薬会社のノバルティスが、冬虫夏草に起源を持つ免疫抑制物質FTY720(フィンゴリモド)について、米国食品医薬品局(FDA)と欧州医薬品庁(EMEA)に多発性硬化症治療薬として承認申請し、FDAは医薬品優先審査をすることになった。FTY720を生んだのは藤多哲朗京都大学名誉教授と企業2社。リード探索段階で大学の研究者と企業が連携した日本発の創薬の取り組みだ。



図1 FTY720および関連物質の構造

冬虫夏草の代謝物に起源を持つ日本発の新薬が、20 年の歳月を経て日の目を見ようとしている。FTY720(フィンゴリモド;図1)がそれだ。産と学が連携してリード探索を進め、その後、企業の再編やメガファーマへの導出など、大きな曲折を経て、多発性硬化症*1の新しい治療薬として出番を待っているのだ。

FTY720の誕生

薬の歴史は自然界に潜む有効成分の活用にはじまる。野生動物の世界にも、植物の葉や樹皮などを薬のように摂取する行動は知られているが、有効成分を取り出す知恵は、言うまでもなく人類にしか備わっていない。現代の薬作りは、生命科学の最先端技術を駆使して行われているが、天然の有効成分を活用する流れは、今も絶えることがない。

ペニシリンが実用化されて以来、感染症を抑える天然成分の獲得競争が続いたが、この流れは1960年代に入って様変わりする。天然成分を感染症以外の疾患にも活用する機運が高まり、それが1970 年代後半から1980 年代にかけて大きな流れを形成する。新薬リードの供給源が、きのこ類にまで拡大したのもこのころだ。

冬虫夏草というきのこがある。昆虫が夏季になると植物に変身するように見えることからこう呼ばれてきたが、つまりは昆虫に寄生するきのこの仲間だ。昆虫にとっては病原菌だから、「夏草」への変身は宿主昆虫の死を意味する。昆虫の体内には感染に抵抗するメカニズムが備わっているはずだから、「夏草」はこの菌が昆虫の感染抵抗性を打ち破った結果にほかならない。ここに何らかの物質が介在することは容易に想像できる。中国では、冬虫夏草が古くから薬膳(やくぜん)料理の食材として用いられてきたが、これを見てもこの種のきのこがわれわれの健康に有用な物質を作る能力を秘めているという期待を抱かせてくれる。この冬虫夏草なしに、FTY720は語れないのだ。公表されている資料(化学と生物 46:259-284など)によると、1980 年代後半に、吉富製薬(現、田辺三菱製薬)が新しい免疫抑制剤の開発に乗り出し、京都大学薬学部の藤多哲朗教授、台糖との連携が組まれる。活性物質は、試験管の中で系統の異なる2 種類のマウスのリンパ球を混ぜて人工的に免疫反応を起こさせ(混合リンパ球反応)*2、それを抑える強さを目印として追跡された。こうして、1994 年に藤多らは、ツクツクボウシの幼虫に寄生する冬虫夏草(ツクツクボウシタケIsaria sinclairii ;写真1)の培養液から免疫抑制物質を取り出すことに成功する。ISP-1 の識別番号が付された活性物質は、1972 年にカビの仲間(Myriococcum )から発見されていたマイリオシン(myriocin;図1)と呼ばれる抗真菌抗生物質と全く同じものと判明するが、毒性が強く実用化にはほど遠いものだった。そこで、マイリオシンの構造変換が試みられ、大幅に毒性が軽減されたFTY720 が生まれる。


写真1 ツクツクボウシの幼虫に寄生する冬虫夏草
(出典:化学と生物 46:259-264, 2008)
企業再編の荒波

薬作りには、大きく分けてリードと呼ばれる先導的な物質を探り当てる段階と、それを磨き、薬に育て上げる段階がある。前者は、いわばゼロから1 を生み出す段階であり、大半が失敗に終わる。失敗の山を築きながら、文字通り万に一つの可能性に賭けて粘り抜くことが強いられる。個の力や独創力が光り輝く段階と言える一方で、研究者は失敗慣れやあきらめや逃避に陥りやすく、頭脳やスキルもさることながら、観察眼の鋭さや粘り抜く力が試されると言ってよい。他方、後者では、組織の力がものを言う。メンバーの能力を統合するリーダーの資質やマネジメント、チーム間・組織間の連携の密度などが試される。FTY720はゼロから1 を生み出す過程で学と産が緊密に連携した事例だ。

忘れてならないことがもうひとつある。企業が再編のうねりに飲み込まれて、紆余(うよ)曲折を繰り返したことだ。まず、吉富製薬。かつて武田薬品の傘下にあったが、のちにミドリ十字と合併する(1998 年;ウェルファイド)。その後、三菱東京製薬と合併(2001 年;三菱ウェルファーマ)し、そこへ田辺製薬が加わって、2007 年に現在の田辺三菱製薬が誕生する。次に台糖。1950 年、台湾製糖の新会社として台糖が発足した。1955年にファイザー社と提携し、製薬部門を分離して台糖ファイザーを創立。2005 年には新三井製糖、ケイ・エスの3 社が合併して現在の三井製糖に至る。FTY720 は、2005 年に免疫関連医薬の分野で世界のトップを走るノバルティスへ導出されるが、このノバルティスにしても、チバとガイギーが合併し(1971 年)、さらにサンドと合併(1996 年)して誕生したものだ。以上は、各社のホームページから沿革をたどってみたものだが、とにかく目まぐるしいばかりだ。

研究課題が社内で右往左往することは、よくあることだ。しかし、FTY720 のように企業が丸ごとM&A のうねりに飲み込まれ、しかもそれが1 度や2 度ではないとなれば、話は別だ。志半ばで消え去る憂き目にあうテーマがあまたある中でそれを免れ、ブロックバスターの期待を担って認可を待つFTY720 の姿は、ほとんど奇跡に近いと言っていい。研究現場の執念が並外れていたことは想像に難くないし、そこには何人もの立役者がいたに違いない。もちろん、卓越したマネジメントに支えられていたことは言うまでもないだろう。

いずれにせよ、薬作りは、万に一つの可能性に賭ける極めてギャンブル性の強いものだ。ブロックバスターの誕生物語を知れば知るほど、「意味のある偶然」というのか、度重なる幸運に恵まれない限り、成功はあり得ないという結論を抱かざるを得なくなる。FTY720 の開発にも、おそらくは幾度か幸運の女神がほほ笑んだことだろう。新薬開発の成功例を分析してもあまり参考にならないとしばしば指摘されるのも、幸運の女神の気まぐれを分析し予測することができないからだ。ただ確かなのは、周到な準備ができていない限り、幸運の女神はほほ笑んでくれない、ということだ。

標的分子

筆者が免疫学関連の学会でFTY720 の発表に出会ったのは14、5年も前になるだろうか。その時、えたいの知れないモノに遭遇した気分を味わう一方で、その魅力に強く惹きつけられた。当時、免疫抑制剤の分野では、カルシニューリン阻害剤*3が脚光を浴びていたころだから、それらと全く違った、それでいて「よく効く」作用物質が登場したことは明らかだった。FTY のコードを藤多・台糖・吉冨のイニシャルと読み解いて面白がったのもその時だ。それ以来、筆者はFTY720 に注目し、その進ちょくを外から見守ってきた。

ただ当時、FTY720 の標的分子は皆目分からず、それが明らかになるためには、その後の生命科学の進展を待たなければならなかった。分かってしまえばこんな話になる。FTY720は体内でスフィンゴシンキナーゼによってリン酸化される。リン酸化されたFTY720 はリンパ球表面のスフィンゴシン1 リン酸(S1P)受容体に結合してそれを内在化させる(図2)。その結果、二次リンパ節や胸腺からの成熟T 細胞*4の移出が阻まれ、T 細胞の体内移動が妨げられて免疫反応が抑えられる。記せばこうなるが、これら一連の機序が分かったのは、ISP-1 の発表から10 年後のことだった(Nature 427:355-360, 2004)。



図2 FTY720は体内でリン酸化されS1P受容体に結合する

薬効に結び付く標的分子を定めて、それに作用する物質を薬に導くのが近ごろ主流のアプローチだ。しかしそうではなしに、期待される生理活性を前提に有効成分を薬に導くプロセスをたどったのがFTY720 だ。天然の物質を相手にする研究では、このような、いわば古典的アプローチが普通に行われてきた。このやり方には、われわれがいまだ遭遇したことのない未知の分子や予想もしない生命の機序があらかじめ囲い込まれていることがあり、そこが魅力でもある。有効成分が特定された後は、標的分子を探り当てるためにケミカルバイオロジー*5の手法が駆使される。FTY720 は、このようにしてS1P 受容体にたどり着いたのだった。

だからといって、想定外の分子に副次的に結合することが全面的に否定されたわけではないだろう。FTY720 は低分子化合物だから、これはむしろ宿命とも言えるものだ。副次的な結合は、しばしば副作用として有効性に水を差すのだが、時には薬の効果を引き立てることもあるらしい(Nature 462:7272, 2009)。ノイズがシグナルを際立たせ、創発を促すことはよく知られていることだから、薬の世界においても、弱いノイズが付加されると体内で主作用が引き立つことがあるかもしれない。

おわりに

多発性硬化症と言えば、天才的女流チェリスト、ジャクリーヌ・デュ・プレから音楽を奪ったことでも知られる。16 年にも及ぶ闘病の末に42 歳で他界したのだった。彼女の弾くエルガーに、忍び寄る病魔の呟きを聴き取るのは筆者だけだろうか。

しかし近年、この難病との闘いにも少しずつ光が射してきた。多発性硬化症に有効な治療薬の開発が欧米の製薬メーカーを中心に加速しているのだ。その中で、FTY720 が粘り強く成長を遂げ、多発性硬化症の飲み薬として出番を待っている。ノバルティスが米国食品医薬品局(FDA)と欧州医薬品庁(EMEA)に多発性硬化症治療薬として承認申請したのは、2009 年12 月のことだ。これを受けてFDA では医薬品優先審査(priority review)を実施するという。承認されれば、ブロックバスターに成長することが確実視されている。日本発の新薬が世界中の多発性硬化症患者に福音をもたらすことを、期待を持って見守りたい。

*1 :多発性硬化症(multiple sclerosis)
中枢神経系の慢性炎症性脱髄疾患で自己免疫疾患の1つに数えられる。脳、脊髄(せきずい)、視神経などに病変が起こり、視力障害、小脳失調、四肢まひ、感覚障害、歩行障害、病的反射など、多彩な神経症状を呈し、再発と寛解を繰り返す。日本では特定疾患に認定されており、いわゆる難病の1つ。北米、北欧、オーストラリア南部、ニュージーランドに患者が多く、罹患(りかん)率に人種の差異が著しい。罹患のピークは30歳ごろで、多くは50歳までに発症する。女性の発症率は男性に比べて高い。

*2 :混合リンパ球反応(mixed lymphocyte reaction)
系統の異なる2種類のマウスから脾細胞を取り出して混合培養すると、T細胞が活性化されてIL-2などのサイトカインが産生され、細胞の増殖が促される。この一連の反応は、体内で起こる免疫反応を反映しており、試験管の中で簡便に免疫反応が再現できる。免疫抑制剤のスクリーニングにしばしば用いられる。

*3 :T細胞
免疫応答の中核をなす細胞で、Tリンパ球とも呼ばれる。骨髄の造血幹細胞から分化した前駆細胞が胸腺内で成熟したのち抹消のリンパ組織に移行する。末梢(まっしょう)血中のリンパ球の70〜80%を占める。細胞表面にT細胞受容体と呼ばれる特有の受容体を発現しており、役割によって数種類に分類される。ヘルパーT細胞は、B細胞に抗原特異的な抗体産生を促す。キラーT細胞は、ウイルス感染細胞を見分けて破壊する。制御性T細胞は、ほかのT細胞の機能を抑制する。

*4 :カルシニューリン阻害剤
免疫抑制剤であるシクロスポリンやタクロリムスの作用標的がカルシニューリンであることからこのように呼ばれる。カルシニューリンはT細胞の機能に不可欠で、カルシウム依存性プロテインホスファターゼ活性を有する。

*5 :ケミカルバイオロジー
細胞の表現型や細胞レベルの反応などに影響を及ぼす化合物を見いだし、その標的となるタンパク質を同定し、機能の解析を通じて未解明の生体応答に光を当てる科学分野を指す。