2010年6月号
特集2  - ライフ・イノベーション
わが国における医療機器のデバイスラグと福島モデル
顔写真

尾股 定夫 Profile
(おまた・さだお)

日本大学 工学部 教授
福島県立医科大学 特任教授
スウェーデン王立ウメヲ大学 名誉博士

福島県では産学官連携プロジェクトを活用して医療機器に関する大学の研究成果を地元 の中小企業が事業化する例が相次いでいる。事業多角化を目的にした異業種からの参入 が中心だ。その産業創出手法は福島方式と呼ばれる。そのキーパーソンが報告する。

医療機器開発研究プロジェクトの多くは、優れた研究成果が生まれても、 ゴールである商品化を視野に入れていない。産学官連携といってもそれぞ れの目的や役割が異なるので研究成果の評価や責任がクリアになっていな い。欧米で新しい医療機器が次々に誕生するのは、医学と工学が融合し、 そこで熟成されるからである。わが国の研究プロジェクトの成果が海外で 医療機器として認可されている事例も多数認められる。デバイスラグの問 題とあわせてわが国の医療機器産業創出の在り方が問われている。

出口を重視した事業体制

福島県では医療機器産業の創出、集積を目的に、平成14 〜16 年度に文 部科学省「都市エリア産学官連携促進事業(一般型)」、18 〜20 年度に同「発 展型」に取り組んだ。17 年度が空いているが、このときは県が独自に「う つくしま次世代医療産業集積プロジェクト」を推進し、「発展型」につなげ た。

都市エリアプロジェクトでは、Haptic(触覚)技術をコアとして、臨床現 場における触診の定量化のためのデバイスの開発と次世代機器への展開を 目指した研究を行い、数多くの研究成果を上げている。同プロジェクトの 特徴は徹底的に「出口」、すなわち事業化を目指したことである。事業統括 の福井邦顕日本全薬工業代表取締役社長(当時)と、事業化担当の小林利 彰ジョンソン・エンド・ジョンソン須賀川事業所長のリーダーシップが際 立っていた。

ヒアリングが毎月行われ、2 〜3 カ月ごとに事業化推進会議が開催され た。進ちょく状況が厳しく問われた。「その結果では、論文になるかもしれ ないがビジネスになるかどうか疑問」「試作品は商品化に程遠い」「このよう な商品が売れますか」「あなたの研究成果を医療機器会社が注目すると思い ますか」「このレベルの研究成果では、税金ドロボウと言われても仕方ない」 などなど。会議は毎回、4 〜5 時間に及んだ。

研究者の意識の変化

3 人の研究リーダが戸惑いと反発を覚えたのは事実である。しかし、1年 ぐらいたつと、研究の目的とビジネスの目的との融合を理解できるようになり、研究手法にも影響を与えるようになった。新しい見方が生まれたこ とは大きな発見であった。

プロジェクトの最終年度末までに商品化レベルに到達できない場合でも、 新たな要素技術が生み出されデバイスに活用した事例が数多く見られた。 さらに、国際的なビジネス展開を目指して、米国やドイツの国際医療機器 展示会に4 〜5 回参加した。研究成果のオリジナリティーや要素技術レベ ルの高さが内外から注目を集め、参加した中小企業も反響の大きさに大変 驚いたようだった。


都市エリア産学官促進事業「発展型」を通じて形成された「福島モデル」の特徴は以下 の3 つに集約される。

(1) 産の論理を適用したこと

(2) 要素技術を追求したこと

期間内で壮大なテーマの成果を出すことが困難と想定されたため、核となる要素 技術を抽出し集中することで成果を目指した。結果として、事業化の早期化や事 業可能性の拡大ばかりでなく企業との協業拡大につながった。

(3) 連結ピンの存在があったこと

異なるパラダイム(目的、使命、役割、業務推進方式等)を有する産学官を結び 温度差を解消した。目的を共有化しベクトルを統一することで組織間のコンフリ クトを排除しパワーを集約することができた。

※事業推進会議資料抜粋

世界初の医療機器用デバイス

都市エリアプロジェクトは研究成果の数多くの医療 機器用デバイスや要素技術が内外の企業に移転され た。その中には、世界初の医療機器や医療機器用デバ イスなどが多数ある。その一例を示す。



写真1 走査型Haptic顕微鏡

[1] 走査型Haptic 顕微鏡(日本大学・P&M 社:写真1) は、細胞やがん組織をセンシングして弾性特性を1 ミクロンレベルでイメージングする世界初の顕微 鏡装置である。福島県内の中小企業からスウェー デンの大学に販売されるなど、内外の再生医学や バイオ分野で注目を集めている。2009年11 月、 日刊工業新聞社主催のモノづくり連携大賞を受賞 した。


写真2 カフなし連続血圧計

[2] カフなし連続血圧計(日本大学・福島県立医科大 学:写真2)は世界初のデバイスで、大学病院での 治験データを基に企業に技術移転される。
[3] 医療福祉用ロボットハンド(福島大学)は世界初の 立体カムで構成されているのでトルクが大きく、 小型化にも優れている。立体カムの要素技術は内 外から注目されている。
連携の枠組みを継続

都市エリアプロジェクトは平成20 年度末で終了し、研究成果の一部は県 の「平成21 年度うつくしま次世代医療産業集積プロジェクト」に継続され た。

県の事業とは別に、都市エリアで構築された産学連携の枠組みを参加メ ンバーがその後も任意で維持している。かつての「事業統括」を中心とした 会議(研究リーダー、事業化担当責任者、事業コーディネータ:7名)を現 在も手弁当で毎月開催し、研究成果のビジネス化についての進ちょく状況 やデバイスラグを解消するための方策などについて議論を行っている。

県立医科大学に医療工学講座

平成22 年度から新しい産学官連携の事業がスタートした。福島県が福島 県立医科大学に「医療工学講座」を開設したのである。同大学附属病院と連 携して医療機器の臨床テストを行い、事業化を促進するのが目的である。 具体的には、臨床試験に必要な条件やその安全性、信頼性などをチェック しながら、「承認」につなぐ橋渡し的な役割を担う。医科系大学の臨床系に シフトした形で開設された工学的な研究機関としては、わが国で最初の機 関でもある。筆者が同講座の教授を兼務する。

上記の新プロジェクトを支えるため、県は同学内に「ふくしま医療-産 業リエゾン推進室」を設けた。わが国では珍しい試みだが、スウェーデン やフィンランドなどでは医療機器の開発研究と商品化を目指す治験体制が 一体化しているのが普通である。


医療機器産業は医学と工学の融合土壌から生まれる高付加価値産業であ る。福島モデルから生み出された新しい医療機器用デバイスや独創的な診 断技術、脳内血管治療用デバイスは、米国、ドイツ、スウェーデン、ノル ウェーなどの企業から福島大学や日本大学工学部に技術移転の申し入れが ある。ぜひ、福島県をバイオメディカル産業の拠点とし、世界に発信でき る新しい医療機器を生み出したい。

米国カリフォルニア州のシリコンバレーやサンディエゴのバイオメディ カル産業のように、日本でも医療産業集積地ができれば、医療機器開発研 究から治験レベルまでの一貫した医療工学体制を構築できる。そうなれば デバイスラグの解消も可能で、医療機器産業を創出するスピードも今まで 以上に速くなる。