2010年7月号
特集  - アジア諸国の知財戦略
中国
特許法の第3次改正で世界標準に近づく
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馬場 錬成 Profile
(ばば・れんせい)

東京理科大学 知財専門職大学院 教授



中国の知財制度は、特許法第3次改正で世界標準にさらに近づいた。実用新案と意匠に 関する企業戦略が激変している。

中国の特許法(専利法)の第3次改正が2008年12月に行われ、2009 年 10月1日から施行された。それに伴い2010年2月1日から審査基準が施 行され、中国での知財制度は世界標準にさらに1歩近づいた。

しかし中国には、先進国と違った制度がまだ残っており、その制度の特 徴をうまく利用しないと知財の権利は効率的に行使できなくなる。知財制 度の網をくぐって権利を主張してくる人、商標、意匠などを先取りして法 外な金額支払いを要求する人など制度の悪用も出ている。

筆者の勤務する東京理科大学知財専門職大学院・馬場研究室では、北京 銘碩国際特許事務所(韓明星所長)と共同で、中国で活動する日本企業の知 財戦略について研究をしている。去る6月19日、20日に東京工科大学で 開催された第8回日本知財学会で発表した内容を基に、日本企業にはあま りなじみのない実用新案と意匠戦略について提示してみたい。

巨額和解金支払いで実用新案戦略が浮上

2006年8月、中国の低圧電気製品のトップメーカーである正泰集団 (浙江省温州市)は、仏大手電機メーカーのシュナイダー・エレクトリッ ク社(シュナイダー電気天津社)を相手取り、同社の製品であるブレー カーに使用されている技術は、正泰集団が権利を維持している実用新案 (ZL97248479.5号)権の侵害だとして浙江省温州市・中級人民法院に損害 賠償請求訴訟を起こした。

この紛争の背景には、世界的に展開するフランス企業と急成長した中国 企業との壮絶な企業戦争が横たわっており、両社はそれまでに世界各地で 24件に及ぶ特許侵害訴訟を闘っていた。

2007年9月、一審の温州市中級人民法院の判決でフランスのシュナイ ダー社が負けて3億3,500万元(約47億円)の損害賠償金の支払いを命じら れた。同社はこれを不服として控訴し、正泰集団の持っている実用新案の 無効も提訴していた。

しかし2009年3月、北京市高級人民法院はシュナイダー側の請求して いた実用新案の無効は成り立たないとして棄却したため、控訴審の敗訴も 決定的となった。シュナイダー側は、正泰集団に1億5700万元(約23億 円)を支払うことで和解した。実用新案1件の和解金額としては、おそらく 世界最高額であろう。

中国の実用新案の出願の特徴

この和解決着後、中国に進出している国際企業は、中国での実用新案権 の戦略の見直しに着手している。すでに韓国、米国などの企業は、将来発 生するかもしれないこの種の紛争を未然に防止するために、中国での実用 新案権の出願に積極的に取り組んでいる。

中国での実用新案の保護対象は、日本などと同じで簡単な発明案件であ る。出願から登録まで形式審査であり、その所要期間は約半年である。実 用新案の権利の存続期間は、出願日から10年であり日本と同じだ。 日本の制度と違う点は、出願・権利取得の制度である。中国では同一の 発明案件を同日付で同一出願人が特許と実用新案の両方に同時に出願でき る。実用新案は比較的簡単な審査で登録されるので、まず実用新案で知財 の権利が発生する。

表1 で見るように、中国での外国企業の実用 新案出願件数は、特許の出願件数の実情と比べ ると大きな違いがある。特許出願件数に比べる と驚くほど少ないのである。09年、中国特許 庁に特許出願された件数は、外国人(外国企業) が8万5,447件、中国国内人が22万9,096件で 合計31万4,604件。この件数は米国、日本に 次いで世界第3位になっている。これに対し実 用新案の出願件数は、外国人が1,910件、中国 国内人が30 万8,861 件で合計は31万771件に 上りこれは世界1 位である。



表1 2009年の外国人の実用新案出願件数および特許出願件数

特許、実用新案の総出願件数は、いずれも世 界のトップクラスになっているが、外国からの 出願件数の比率を特許と実用新案で比較してみ ると、特許は外国人が約27%を占めるのに対し、実用新案はわずか0.6% である。なぜこのような違いが出ているのか。

多くの外国企業は、これまで中国で実用新案を出願したり取得してもあ まりメリットがなく、コストをかけてまで出願することを差し控えてきた からだ。ところが正泰集団とシュナイダー社との実用新案権をめぐる訴訟 の結果を見ていた外国企業は、明らかに戦略を変えてきた。積極的に実用 新案を出願するようになったのである。

中国での実用新案の特徴と活用方法

前述したように、中国では、実用新案と特許の双方に同時に出願できる。 まず無審査の実用新案で登録し、その後特許も認められると実用新案の権 利は放棄して特許権利にすることができる。2009年10月1日から施行さ れた改正中国特許法によって明確に条文化された。

中国の実用新案には、[1]簡単に権利を取得することができる [2]出願費用 および維持費用が安い [3]特許と同等に権利行使することができる [4]権利 存続期間が短い [5]進歩性基準が低いため無効にすることが困難である、な どの特徴がある。

この中で特に重要なのは、[5]の進歩性の基準が低いので無効にするのが 難しいことである。ひとたび侵害で訴えられると、簡単なアイデアの権利 化であるから、全く同一の技術内容でない限りつぶすことが困難だ。

最近、中国で発生している実用新案権をめぐる係争の特徴は、中国の中 小企業や個人が中国に進出してきた外資系の大企業を相手に提訴し、その 訴状を公開しながら記者会見をするなどしてマスコミの注目を集め、世間 に訴えて有利にしようとするようになっている点である。

対抗手段として、次のような出願戦略が提起できる。[1]微細な技術改善 部分でも実用新案で権利を確保する [2]特許と実用新案の2重出願制度を活 用する [3]特許の中の装置クレームは実用新案で出願する [4]あまり重要で ない特許は実用新案として出願する [5]簡単な発明の場合、自国で出願しな くても中国の実用新案として出願する、などである。

自社で使わない技術でも実用新案出願しておけば、引例文献としての地位を確保できるので他社の実用新案を無効にする場合にも活用できる。こ のような実情をよく理解して実用新案戦略を考える必要があるだろう。

中国の意匠の現状と専利法改正

図1  竹のすだれの上に
手書きした掛け軸だが、
これも意匠登録されている
(中国特許庁の意匠公報から)

中国の意匠制度は改正後も実体審査はなく、実用新案と同じように方式 審査だけの無審査登録制度である。意匠のことを中国語で「外観設計」と言 うためか、中国では文字通り外観設計であれば意匠権をもらえるとの認識 を持っているようだ。意匠権を取得しても、それを活用し保護する意識が 先進国に比べて希薄である。

中国の意匠の出願件数は、2002年からドイツを抜いて世界トップにな り、2009年は約23万1,700件の出願数に達した。これは日本の出願数の 約10倍である。

例えば公開番号CN300752609の「挂件(鬼谷子兵法)(掛け軸)」は、竹で 作成したすだれ状の掛け軸である(図1)。日本では量産可能なものでなけれ ば意匠権の対象にはならないが、中国ではこうしたものも登録されている。 銀杏(いちょう)の実の表面に「千年銀杏」と刻印した銀杏が意匠登録され たり(図2)、平面的な印刷物も意匠と登録されている。何の変哲もない容 器に自社の商標をはりつけて意匠登録している例もある。


図2  銀杏の表面に小さな文字で
「千年銀杏」と刻印した銀杏の実。
これが意匠権を持っていても意味が
ないだろう

こうした意匠は工業的に利用価値がないものが多数あり、世界各国から 「ジャンク意匠」と呼ばれてきた。また、中国では、意匠紛争に対する司法 判断も国際的な判断基準とは甚だしく異なったものがあった。例えば、ソ ニー・コンピュータ・エンターテインメント社(ソニー・エンタメと略称) と広東歩歩高電子工業有限公司(歩歩高と略称)のCD読み取り機(図3)を めぐる紛争がある。



図3 左が歩歩高の製品で右がソニー・エンタメの製品。非常に よく似ている

ソニー・エンタメは、コンピュータゲーム機の読み取り機であり、歩歩 高は中国だけで普及した映像CDであるVCDの読み取り機である。写真で 見るように外見はそっくりだが、意匠権侵害で訴えたソニー・エンタメが 負けた。司法判断は、ゲーム機とVCDでは物品が違うので侵害にはならな いとしたものだ。

しかし今回の改正では、中国の意匠登録の要件が厳しくなった。既存の 設計または組み合わせは、意匠権の保護対象から除外された。つまり、従 来意匠や従来意匠の組み合わせと比較して「明らかな相違」がなければ、進 歩性がないと判断されることになった。

さらに形状に特徴がなく、主に製品の表示として機能している商 標的な意匠は、保護対象から除外されることになった。ラベルや包 装用袋などの平面物に図案、色彩またはそれらの組み合わせが施さ れた2次元的な意匠も除外される。日本などと同じような進歩性レ ベルで審査されることになる。

中国には部分意匠がないので、数社の意匠を組み合わせて1つの 製品にする模倣品がある。だが意匠登録しても権利行使できない例 があった。しかし改正後には、寄せ集めは創作非容易性がないため、 意匠とは認められなくなった。しかし模倣品対策に一番効果的と思 われる部分意匠の権利は、今回の改正に盛り込まれていない。

さらに意匠権には「工業上利用」という定義もあ るが、中国では明確でない。中国特許法では意匠 の定義として「製品の形状、模様またはその組み 合わせおよび色彩と形状、模様の組み合わせにか かわる、美観に富み、工業的応用に適した新しい デザインをいう」と規定しているが登録要件では 何も触れていない。先進国型へ成熟するまでには まだ時間がかかるだろう。