2010年7月号
特集  - アジア諸国の知財戦略
韓国
官民協同で知的財産強国を目指す
顔写真

古谷 真帆 Profile
(ふるや・まほ)

東京大学先端科学技術研究センター 協力研究員
中国社会科学院 博士課程

発展する韓国経済。よりオープンでグローバルな仕組みに対応するため、官民協同で特 許制度の再構築を急いでいる。目指すは知的財産強国だ。

はじめに

特許制度の定義、イノベーションを促進させる特許制度の在り方につい てはさまざまな議論がある。本稿では特許制度を、経済発展のための技術 革新を促す制度のように広義に解し、韓国の特許制度の近時の変革を見て みたい。

特許制度づくりと言うと、どうしても官主導というイメージが強い。し かし、韓国の特許制度の再構築は、官主導でも、民先導でもない官民協同 型で取り組まれている。そのような姿は60年代の韓国株式会社と言われた 韓国を想起させるとも言えるが、アジア金融危機、世界金融危機などを経 験した韓国の新たな官民協同の形は、よりオープンで、グローバルなもの となり、現在そしてこれからの韓国の経済発展を支えていくことになるだ ろう。

イノベーションは特許制度と競争制度のバランスにより促進されるもの であるが、知的財産強国を目指す韓国にとっては、特許制度を現在の経済 環境、社会環境に合わせて変革することがひとまずの課題であり、その点 からも、近時の国を挙げた取り組みを知ることは有意義であろう。

以下、近時の動向を、国内的なものと対外的なものに分け、それぞれに ついて「知的財産基本法」制定に向けた動き、「韓米自由貿易協定」の締結の 動きに触れたい*1。その上で、このような動きの土台になっている韓国特 許制度に関連する最近の政策、法律について紹介する。

韓国特許制度に関連した近時の動向
1. 国内的な取り組み−「知的財産基本法」立法へ

後述するように、韓国では経済状況に対応するために多くの特許制度の 変革が行われてきた。しかしながら、その縦割りの行政故に、統一の取れ た国家的戦略を打ち出すことはなかなかできなかった。折しも日本では知 的財産戦略本部を中心とした国家的な知的財産に関する取り組みが始まっ ており、韓国でも有識者の間ではその必要性について主張されてきた*2

その流れを受けて新政権樹立後、国家的な知的財産に関する取り組みが 開始されている。2009 年10 月、知識財産強国実現にかかわる知的財産の 創出、活用、保護に関する政府の政策を協議するために、総理大臣の所管 で知的財産政策協議会が設置された*3。協議会の議長は、国務総理室長が務め、企画財政部、教育科学技術部など10 の部、国家情報院、放送通信委 員会、国務総理室と公正取引委員会の副大臣または次官級公務員と関税庁 長、警察本部長と特許庁長が委員を務め*4、省庁横断的なものとして運営 されることとなっている。従前、議論が重ねられた知的財産基本法につい ても2010 年4 月に立法予告がされた。あくまで立法予告の段階であるが、 その中で韓国政府は、国家知的財産委員会を設立し、国家的戦略として知 的財産に関する施策を実施することを目指している。本委員会の委員長は、 国務院総理と民間人が共同して務める。

その具体的な内容は次のように広範にわたる。

[1]国家知的財産基本計画の策定 [2]統計を活用した知的財産創出政策の樹 立 [3]迅速、確実な権利性の確保、効果的保護の実現 [4]知的財産関連紛争 の迅速、公平な解決に向けた訴訟体系の整備、併せて裁判外手続きの活性 化 [5]知的財産保護のための執行活動の充実、特に外国において韓国人が有 する知的財産の保護推進 [6]知的財産の活用促進のための市場環境整備およ び関連制度の構築など。

年内に成立するであろう「知的財産基本法」の内容は注目に値する。

2. 対外的な取り組み−「韓米自由貿易協定」の締結

対外的な動向として注目すべきものとしては、「韓米自由貿易協定」の締 結のために行われた知的財産条項に関する韓米両国の交渉があり*5、韓国 の対外的な姿勢を表すものの1 つと言える。本協定は、2007 年4 月に交渉 が妥結し、その2 カ月後両国首脳により署名がされたものの、国内法とし て移行される過程で、両国ともに国内法移行に関する法案の審議が難航し ており、本格的な運用はいまだなされていない。しかしながら、ある程度 の経済力を有している国同士の自由貿易協定の締結であるが故に知的財産 に関する規定を含んだ各条項は、日本が今後両国と自由貿易交渉を進める 上での参考となろう。

韓国の特許制度を支える政策と法令
1. 関連政策

韓国の特許制度に関する政策を主に所管しているのは、教育科学技術部 と知識経済部およびその傘下の特許庁であり、これら行政機関の最近の政 策について、目的別に人づくり、資金づくりおよび基盤づくりの3 類型に 分けて紹介する。 人づくり、いわゆる人材育成は、教育科学技術部が主として所管してい る。知財人材の育成に関しては、拙稿*6を参照していただきたいが、その ほかにも革新研究人材の育成のため、研究中心大学(WCU:World Class University)*7および革新研究センター(WCI:World Class Institute)の設置 を行い、また、就業後に返還を行う奨学金制度を導入した。ちなみに、世 界レベルのWCU育成事業は、研究能力が優れた海外の学者を国内の大学 に誘致して、大学の教育と研究能力を強化し、重点分野の研究をリードし、 高度な研究人材を養成しようと導入されている。WCU 育成事業は、2008 年から5 年間、毎年1,650 億ウォン(総8,250 億ウォン)を投入して行われ ている。また世界レベルのWCI 育成事業は、2009 年より行われ、初年度 は、韓国科学技術研究院(KIST)、韓国生命工学研究院、国家核融合研究所 の3 カ所が選抜された。 資金づくりは、各機関が講じている施策にはさまざまなものがある。こ こでは、その詳細について触れることはできないが、政府の直接投資を 拡大させ、同時に民間投資を促進することがその柱とされている。2010 年の政府直接投資予定額は、13.6 兆ウォンで、2012 年までに民間投資額 と合算してGDP の5%水準まで引き上げることが目標とされている*8。ま た、投資額を増やすと同時に、[1]基礎・源泉研究への集中投資 [2]重点産業 への投資、などが国家的戦略として実施されている。例えば、投資対象と なる重点産業の選抜について、特許庁のIP-R&D 政策として、“IP Wisemen Committee” が設立され*9、産業界からの意見を生かすような有望技術選抜 の仕組みを築こうとしている。 同時に民間投資については、その活性化を促すため、R&Dに対するサー ビス(租税、関税などの税制に関する)および金融支援などを行っている。 海外投資についても、大韓貿易投資振興公社(KOTRA)*10の内に国家投資 誘致機関を設立するなど積極的な誘致に努めている。 最後に、基盤づくりに関しては、韓国研究財団を設立し、研究支援体制 を確立すること*11、研究管理運用について規制緩和することを含めた“Open Innovation System” の構築*12を行っている。研究管理運用についての規制 緩和は、具体的には、電子契約制度の導入、事業計画書の簡素化、報告お よび承認義務の縮小などである。

2. 関連法令

政策の実効性を担保するための関係法令の役割は重要である。韓国では、 新政権樹立後、特許制度に関する法令の多くが立法、改正されてきた。以 下、政策と同様に、目的別に簡単に紹介する*13。誌面の都合上、各法律の 制定年月日、法律番号等は割愛させていただいた。

【人材育成】

科学教育振興法=国民の科学教育の振興に必要な事項を規定。
国家教育科学技術諮問会法=同法により設立された国家教育科学技術 諮問会が、教育・人材政策の方向性等に関する大統領の諮問機関とし て活動している*14

これらを軸に、人材育成の基盤づくりのための「国の科学技術競争力の 強化のための理工系支援特別法」*15や国による技術者の効率的な活用・管 理のための「技術士法」が制定されており、併せて「産業教育振興および産 学協力促進に関する法律」が定められている。

【資金づくり】

基礎科学研究振興法=基礎科学研究に対する支援の在り方を規定。
重大な研究資源の確保の管理および活用に関する法律=生命科学研究 の基盤となる資源として、産業的に有用な動物、植物等の効率的な確 保と体系的な管理を規定。
外国人投資促進法=外国からの資金流入促進、外国人投資の誘致のために簡便な投資を規定。

【基盤づくり】

(1) 技術を創出する基盤づくり
科学技術分野の政府出捐研究機関等の設立運営および育成に関する法 律=政府の資金により設立された研究機関の運営を定めた。
技術開発促進法=新技術の開発および特定研究開発事業の促進を規定。
産業技術革新促進法=産業技術革新のための政府が知的財産の活用を 推奨する方法などについて定めた。政府、企業、大学それぞれの責務 および協力関係の構築を規定。
共同研究開発促進法=研究機関相互の連携を政府が支援を規定。

また、研究以外の面で研究基盤を支援する「産業技術団地支援に関する 特例法」「産業技術研究組合育成法」等がある。

(2) 創出された技術を活用し、事業化する基盤づくり
技術の移転や事業化の促進に関する法律=技術自体の取引、商用化を 活発化させる。
大中小企業共存協力の促進に関する法律=技術が取引されるビジネス 環境に関して、政府が大企業と中小企業の共同技術開発、人材交流な どの支援を規定。
産業技術の流出防止および保護に関する法律=創出された技術の流出 防止を規定。

そのほかに、研究成果の評価や管理実施について定めた「国家研究開発 事業等の性能評価および性能の管理に関する法律」や本稿では紹介してい ない産業分野別の支援法および各種税法も含めて技術革新を支える仕組み が築かれている。

むすび

以上、韓国の知的財産政策策定を担う国家知的財産委員会は民からの委 員が多く登用され、有望技術選抜にも民の声が反映されている。このよう に官が民の知恵を利用して発展の布石を打つという官民協力のモデルは非 常に興味深い。最後に、本稿では触れていないが、中央集中的発展から地 方分散的発展、大企業先行型発展から中小企業重視型発展に向けた特許制 度に関連する施策があることも指摘しておきたい。これまで幾度も経済的 困難に直面してきた韓国は、現状打開の必要性を強く認識しており、その ための彼らの取り組みからわれわれが学ぶべきことも多い。

*1
本稿の執筆に当たっては、 漢陽大学のYUN SUNHEE教授 から、知的財産制度に関連する 法令情報および知的財産基本法 の立法予告の内容について資料 をご提供いただいた。この場を 借りて、お礼申し上げたい。

*2
詳細は、IPフォーラムの情報 (http://www.ipforum.or.kr/main.php)例えば、YUN SUNHEE「 知 的財産の本戦略策定のための提 言」等を参照。

*3
総理大臣訓令第542号 (2009年10月27日)

*4
同上2条3項

*5
「The U.S.-Korea Free Trade Agreement (The Intellectual Property Prorisions)」 Industry Trade Advisory Committeeの レポートを参照。

*6
尹 宣熙;古谷真帆.韓 国での知財人材育成の現状.日 本知財学会誌第6巻第1号.p. 103-111.

*7
http://wcu.nrf.go.kr/を参照。

*8
教育科学技術部.2010年 業務報告〜「教育科学技術の 先進化で世界一流国家へ跳躍」. 2009.12,p.37.

*9
IP Wisemen Committee は、2010年3月に発足、サム ソン電子社長が委員長を務め、 大企業の幹部15人が委員とし て参加、特許庁審査官と「R&D 特許センター」の職員からなる 研究会が、委員会の活動を支援 する予定である。

*10
大韓貿易投資振興公社は、 韓国の政府機関として、1962 年に貿易振興のため設立された。 1995年からは外資誘致業務を 新たに担当し、また2009年か らは外国人高度人材の誘致業務 も所管している。

*11
http://www.nrf.go.kr/html/kr/

*12
R&Dの全過程をインター ネット上に公開して、外部の検 証を通じて、課題の妥当性、効 率などを評価し、民間の参入も 促進させるとともに、不必要な 事業は中間評価で廃止すること なども行っている。

*13
特許法の改正について は、YUN SUNHEE教授が昨年 東京大学・京都大学合同 国際シ ンポジウム2009で発表された 講演のプレゼンテーションデー タを参照。(http://pari.u-tokyo.ac.jp/event/report/smp_rep090611.html

*14
人材育成政策に限らない 知的財産政策の策定に関しては、 大統領令により設立された国家 競争力強化委員会の活動も重要。 2009年7月には同委員会より 「知的財産強国実現戦略」が出さ れている。

*15
基本計画は、“人的資源開 発基本法” 第7条第1項の規定に よる国の人的資源委員会と“科 学技術基本法” 第9条第1項の規 定に基づく国家科学技術委員会 (以下“国家科学技術委員会” と いう)の審議を受け、これを確 定する。