2010年7月号
単発記事
平成版IT湯治プロジェクトで指宿温泉の何が変わったか
顔写真

有村 佳子 Profile
(ありむら・よしこ)

鹿児島県健康保養地域活性化協議会 会長
株式会社指宿ロイヤルホテル 代表取締役会長



顔写真

中武 貞文 Profile
(なかたけ・さだふみ)

鹿児島県健康保養地域活性化協議会 事務局長
鹿児島大学産学官連携推進機構 准教授



鹿児島県の指宿温泉で平成20、21の2年度、温泉の新しいビジネスモデルの実証実験 が行われた。心電測定などの検査機器類と、ネットワークを使った測定値の分析などを 組み合わせた「平成版IT湯治」だ。産、学、官だけでなく、地域が一体となって取り組 んだこのプロジェクトは指宿を大きく変えた。

はじめに

観光産業は岐路に立たされている。わが国の国内宿泊観光回数は平成3 年をピークに減少傾向にある。海外からの旅行者数も伸び悩んでいる。国 の施策においても、観光立国推進基本法(平成18 年12 月20 日法律第117 号)制定、観光庁設立など観光の推進への道筋が示されている。われわれ はこれまでの考え方にとらわれることなく、新たな挑戦によって活路を見 いだしていかなくてはならない。本稿では、地方の観光産業分野における 産学官連携の意義について述べ、活路に向けたヒントに触れたい。

指宿という地域

九州の薩摩半島南端に位置する鹿児島県指宿(いぶすき)市は温暖な気候 に恵まれ、「砂むし」温泉を有する代表的な温泉地である。かの天璋院篤姫 の生まれ故郷としても有名であり、池田湖、開聞岳といった観光資源を有 している*1。観光には力を入れ、知名度アップの一環として指宿市が「アロ ハ宣言」を制定し、市職員の執務服にアロハシャツを採用するといったユ ニークな活動を進めている。

実証実験

その指宿温泉で、平成20、21 の2 年度にわたり、健康をキーワードに した温泉の新しいビジネスモデルの実証実験を行った(表1写真1写真2)。携帯型心電測定装置など検査機器類で宿泊客の「健康度」を測定し、 ネットワークを使って分析、さらにそれを湯治に生かしてもらうものだ。 産学官連携で取り組んだ壮大なプロジェクトで、「平成版IT 湯治」と名付け ている。以下、経過とプロジェクトから学んだことを述べる。

表1 内閣府「地方の元気再生事業」での事業内容と組織



写真1 砂むしでの実証風景



写真2 菜の花ウォークでの実証風景

独自の取り組みと地域支援機関

観光産業にとって、長期滞在客をいかに増やすかが長年の課題であった。 指宿温泉もこの課題への対応を模索していたが、簡単なものではなかった。 その中で、高齢社会や医療費抑制の声を背景に「健康」が注目を集めるよう になってきたことを感じた。このため地域のホテルの食材を女将(おかみ) と見直し始めた。地域のモノづくり企業へ相談に行ったところ、社団法人鹿児島県工業倶楽部を紹介され、入会することとなった。 旅館・ホテル業がこのようなモノづくりの方々と交流する ことには違和感があったが、これらの出会いがさらに、鹿 児島大学や鹿児島県、医師会、栄養士会との連携に発展し、 温泉と運動、そしてカロリー計算をした料理とを組み合わ せた「スパドゥ(温泉の『Spa』と行動する『Do』を組み合わせ た造語)」という観光メニュー開発へ発展した。連携の意義 と効果を感じる瞬間であった(平成15、16 年度)。

「ビジネスモデル特許」の出願と壁

「スパドゥ」を開発するにあたり、実証試験を連携機関と 行ったところ、そのコストが数十万円/人もすることが分 かった。この金額では、とても事業としては成立しない。 そこで、コストを低減させる方法を鹿児島県工業倶楽部と 考え、IT を活用したビジネスモデルを発案し、特許出願を 行った。しかし、この時点ではこのビジネスモデルはいま だ「絵に描いたもち」であった。

産学官連携という解決策と内閣府「地方の元気再生事業」

アイデアと計画はできた。しかし、どのように実現に持っていけばよい かが課題となった。そのような中、「鹿児島大学の産学官連携推進機構に相 談してはどうか」とのアドバイスをもらい、平成20 年3月に鹿児島大学産 学官連携推進機構の安部淳一部門長と黒木幹朗代理(当時)を訪問した。協 力していただける回答と有用な意見は頂いたものの、やはり大きな開発資 金がネックとなっていた。その直後の平成20 年5月、地域活性化のスター トを支援する内閣府の「地方の元気再生事業」の公募が始まったとの情報を 得た。これに応募するため、鹿児島県健康保養地域活性化協議会の構築、 提案内容の作成を開始した。提案書作成やチーム編成については、関係者 と事務局が打ち合わせながら、近づく締め切りに焦りながら作業を行い、 無事提案書提出にこぎ着けた。この時に本プロジェクトを「平成版IT湯治」 と呼ぶことが合意された。

地域の財産


写真3 IT湯治インストラクター養成の様子

平成20 年6 月に採択の報を受け、喜びもつかの間、実証開始となった。 初めての経験ということもあり、本格的に実証実験に取り掛かるには大変 な労力を払ったが、地域一体となって当初の計画通りの成果を獲得するこ とができた。中でも特筆すべきは地域の人たちがこのIT湯治を理解し、そ の知識を活用して接客にあたるインストラクターを育成されたことである (写真3)。彼らは地域の財産であると確信している。

これから

資金支援の制度は終了したが、地域に蓄積したノウハウ を基に、「お試しキャンペーン」を継続している*2。これらを 実施しながら、事業体の模索、ビジネスモデルの確立、機 器の改良・改善、システムのバージョンアップを行い、実 事業へ展開を行っていきたいと考えている。

最後に、これまでの経緯を振り返ると大学と地域の企業 と連携を通じて以下のことが言えるのではないかと考えて いる。本稿が地域にて活動を行う多くの方の一助となるこ とを祈りつつ筆をおく。

●大学は特許や技術の供給源だけでなく、連携の起点・核となる場所でもある。
●地域にて連携した活動を行うためには支援機関の存在が不可欠である。
 (鹿児島TLO の管理法人機能、鹿児島大学のコーディネート力等)
●支援制度の活用により、取り組みの熟度を高めることが可能である。

*1
指宿市の観光資源=砂む し温泉、開聞岳、池田湖、長崎 鼻、魚見岳、西大山(JR本土最 南端駅)、うなぎ池等。特産品 =そら豆、オクラ、ビワ、薩摩焼、 そうめん流し等。

*2 :IT湯治
http://www.it-touji.com/