2010年7月号
海外トレンド
台湾新竹工業地域に見る産学官連携の将来
顔写真

西 一樹 Profile
(にし・かずき)

電気通信大学大学院 情報理工学研究科 准教授


世界を席巻するEMS/ODM企業に見るように、政府主導でハイテク産業を育成し発 展を遂げている台湾。その中心拠点であり「アジアのシリコンバレー」と称される新竹 工業地域を視察した。

はじめに

われわれスーパー連携大学院*1のメンバーは当大学院設立の準備調査の 一環として、2009 年11 月26 〜29 日、台湾の新竹工業地域を視察した。 同工業地域はベンチャー企業・非営利の研究機関・大学が集積するハイテ クのメッカであり、わが国で言えば筑波研究学園都市のイメージに近い。 各機関を訪問し得られた情報とともに、その印象とわが国の産学官連携の 将来について考えたことを述べたい。

国立交通大学

本大学は大学院生が約7,500 人、学部生が5,500 人。大学院生の4 分の 3 が修士課程、4 分の1 が博士課程に在籍している。大学院への進学率が高 いのは、修了生の6 割程度が工業技術研究院(後述)に就職し、民間の約3 倍の給料が得られること、また台湾では兵役の義務があり、進学すると通 常1 年の兵役が1 カ月に免除されることが主な理由らしい。台湾のハイテ ク企業のうち、実に65 %のCEO が交通大学の出身であるという。つまり、 大学院生(特に博士)の育成は明確なエリート養成であり、彼らが国の技術 を支える原動力になっている。わが国との違いを思い知らされた。



国立交通大学産学連携センターにて

教育の出口においても違いは明確である。起業意識が高く、毎年5 〜7 件の起業があるとのことである。就職したとしても一企業にとどまること はほとんどなく、より良い報酬や自己実現を求めて転職を繰り返すのが普 通である。文化や風土の違いもあり単純には比較できないが、まだまだ企 業への帰属意識・安定志向の強いわが国と比べると、やはり独立精神の強 さと国力の強さは無関係ではなさそうである。隣のサイエンスパークから 日常的に産業界の様子が分かり、大学での研究も産業界の考え方に近くな る。勉学の目的意識もおのずとはぐくまれ、企業は卒 業生を即戦力として使える。もはや産学連携は必然で あると言ってもよい。

帰り際に大学常設の展示ルームを見学した。われわ れの直前にも日本の国会議員が訪れたという。学生ア ルバイトが常時待機しているようで、マルチメディア の研究成果を中心とした各ブースを案内してもらっ た。展示内容を随時アップデートできるように研究室 が隣接しているなど、外部への宣伝活動の熱心さがう かがえた。

新竹サイエンスパーク

ここには、筑波研究学園都市のおよそ半分弱の敷地に多数のベンチャー 企業が集結している。われわれは、パーク全体を管理している科学工業園 区管理局を拠点にパーク内を案内してもらった。設立時の30 年前には17 社だったのが、2009 年7 月で451 社にもなり、パーク内では用地が足り ず、敷地周辺にも拡大し続けている。また、新竹以外にも1995 年に南部 サイエンスパーク、2003 年に中部サイエンスパークが設立されている。

ファウンダリ(半導体製造専門)メーカーとして成長し続ける世界的企業 であるTSMC やUMC は、ここ新竹サイエンスパークに拠点を置く。シャー プ、HOYA、信越化学など日系企業の進出も多い。就業人口は全体で12 万 8,000 人、平均年齢32 歳、内訳は学士28 %、修士23 %、博士1.4 %であ る。2008 年の売上合計は約3 兆円、台湾の製造業の8.6 %を占める。半導 体70 %、光電産業18 %、コンピュータ・周辺8 %、通信3 %、精密機械 1 %、バイオ0.6 %の6 大産業からなる。特徴的なのは、政府の優遇政策と して5 年間の免税措置(輸入税・事業税)があり、以前は政府出資・低利融 資・研究開発奨励金などの支援もあったとのことである。

パーク内のマイクロエレクトロニクステクノロジー社を訪れた。米国 のシリコンバレーから帰国した人が1983 年に設立した会社である。同様 な経歴を持つ企業が多く、新竹サイエンスパークが「アジアのシリコンバ レー」とも言われるゆえんであり、環境づくりにもそのことが意識されて いる。主要製品は米国、欧州向けのマイクロウエーブ用アンテナ、モバイ ル通信機器、衛星放送用送受信機等で、年間売上高は255 百万米ドル、従 業員は約1,700 人、そのうち修士・博士が35 %を占める。

多くの企業では、長時間労働のため35 歳になるとリタイアするのが普通 であり、そのため平均年齢は低く、隣接する交通大学から絶えず人材が補 充される。若手人材の集中的活用が、目覚ましい成長を遂げる台湾企業の パワーの源であることに納得させられた。日本的に言えば使い捨てと言え なくもないが、台湾人にしてみれば転職は当たり前なので、そういう意識 はあまりないようである。やはり文化の違いがあり簡単にはまねできない。

工業技術研究院
(Industrial Technology Research Institute:ITRI)


ITRI中庭

最後に訪れたのが、日本の産業技術総合研究所に相当するこの研究機 関である。1973 年のオイルショックがきっかけとな り、台湾における工業技術の発展と促進を目的として 1980 年に財団法人として設立された。国から多額の 資金支援を受けて科学技術政策を先導しており、現在 の台湾の世界的位置付けを築く原動力となった。そも そも台湾では国の予算総額の一定割合以上を科学技術 費に割り当てることが法律化されているため、国から の補助金がITRI 全体予算の7 割を占めている。

先に述べたように、交通大学の修士卒業生の大半が ここに就職する。全職員5,800 人の内訳は学士1,500 人、修士3,200 人、博士1,100 人である。やはり終身 雇用の概念はなく、ここで研究して企業に就職また は起業するケースが多い。毎年約1,000 件の出願、約100 件の技術移転の実績があり、技術移転センターでは約4,000 件の特許 を保有している。インキュベーションセンターでは151 社がすでに起業し ている。

印象に残ったのは、ITRI による成果がたとえ個別の企業の利益になって も、結果として台湾全体の利益につながればよいという、国策としての位 置付けの明確さである。

おわりに

台湾では、EMS(Electronics Manufacturing Services:電子機器製造請負 サービス)あるいはODM(Original Development Manufacturing:設計・開 発から製造までのサービス)を主軸とした企業(Foxconnなど)が世界を席 巻し、先のファウンダリメーカーとともに目覚ましい勢いを見せている。 今回の新竹工業地域に見るように、国家戦略として産学官が一体となって EMS/ODM に要求される高い技術水準を獲得し維持していることが特徴で ある。

それに対し日本の企業は、部品の開発・生産・組み立て・販売など一連 の業務をそれぞれ内部で行う、いわゆる垂直統合型の事業体制で発展を遂 げてきた。しかしながら昨今では、グローバル化により効率的な水平分業 が一挙に進んだことで、デジタルカメラ・液晶TV・携帯電話・PC など、 日系大手メーカーによる台湾へのEMS/ODM 委託生産が拡大し、低価格化 の流れが加速している。

わが国の科学技術研究費は、米国に次いで主要国中2位、対GDP比では 1 位、また研究者数で見ても、米国、中国に次いで3 位であり、わが国も 決して予算人員の面で力を入れていないわけではない。実際その成果とし て、科学技術水準の高さは世界が認めるところである。にもかかわらず、 投入した研究開発費の割には収益が見込めないという現状がある。グロー バル化による産業構造の転換に国家戦略として一早く対応した台湾と、わ が国との違いがここに現れている。

わが国には高い研究・技術水準を持つ大学および企業が多く存在してい るので、政府のリーダーシップの下、それらが結集し戦略的にイノベー ションを進めることができれば、かつてのような勢いを取り戻すことも決 して不可能ではない。勢いのある新竹工業地域の内情を見てそのように感 じた次第である。複数の大学・企業が結集しイノベーション人材の育成を 目指すスーパー連携大学院が、そのきっかけになればと考えている。

新竹の街中は、ホテルから一歩外へ出れば、大気の汚れと排水路の悪臭 が目立つ。かつての日本がたどってきた工業社会への偏重の歴史を見るよ うであり、科学技術に多額の国家予算をつぎ込む台湾の裏側を垣間見たよ うに思う。環境の均一化・人々の平等を重んじる日本文化の素晴らしさを あらためて誇りに思うと同時に、科学技術立国としてしか生き残ることが 難しい日本の将来について、あらためて考えさせられた視察旅行であった。


[謝辞] 本稿の執筆にあたっては、視察旅行のメンバーである野村證券株式会社: 平尾敏、コラボ産学官事務局長:江原秀敏、株式会社コラボ産学官社長:丹治規 行、帝京大学理事長顧問:砂賀功の各氏による視察の記録を参考にさせていただ いた。旅行中お世話になったこととあわせて、ここに謝意を表する。

*1
全国の国公私立14 大学 (2010 年4 月現在)と多数の企 業参加の下、ノンアカデミア分 野で活躍するイノベーション博 士の育成と地方の活性化を共通 の目的として、2011 年4 月に 設立を予定している。江戸川区 に拠点を置く。