2010年11月号
単発記事
糖尿病の新診断指標ヘモグロビンA1c
29年前に測定装置を産学で共同開発

アークレイ株式会社



糖尿病診断の新たな指標として、ヘモグロビンA1cが2010年7月に加えられた。これを測定する装置が29年前に大学と企業2社によって開発されていた。こうした取り組みがこの検査の普及に大きな役割を果たした。

共同開発によって実用化されたHbA1c測定

2010年7月1日、糖尿病診断基準が改訂され、ヘモグロビンA1c(以下HbA1c)が新しい指標として診断基準に加わった。HbA1cは糖化タンパクの1種であり、過去1~2カ月間の平均血糖レベルを反映するため、糖尿病と切っても切れない関係となっている。そのHbA1c検査が広く普及したのは、大阪市立大学と当社(アークレイ株式会社)、積水化学工業株式会社との共同研究によることをご存知だろうか?

当社とHbA1cとの出会い

当社と糖尿病検査機器とのかかわりは長い。血糖自己測定のパイオニア的存在である「簡易血糖測定器アイトーン」を開発し、大きな反響を呼んだのは約40年前、1971年のことである。

写真1

             写真1 HbA1c自動分画測定装置
                「AUTO A1c HA-8110」

そのアイトーン誕生から10年後の1981年、当社の、そして糖尿病検査の歴史に新たな1ページが加えられた。世界初の実用的HbA1c自動分画測定装置「AUTO A1c HA-8110」(写真1)の開発である。

HA-8110開発当時、HbA1cは一握りの先駆的研究者を除いて、日本ではほとんど知られていなかった。測定に24時間必要であったため臨床応用もされておらず、文献も少ない上、日本語の文献は皆無に近かった。

HA-8110開発のきっかけは、大阪市立大学付属病院中央検査部の故・奥田清教授だった。1979年7月、かねてよりHbA1c測定システムの開発に取り組んでいた積水化学工業中央研究所が、奥田清教授の紹介で当社を訪れ、測定技術についての助言を求めてきたことから、共同開発が始まることになった。積水化学は分離用カラムの開発、大阪市立大学は臨床的意義の評価と検証、当社はシステム開発を行うことになり、すぐに機械系、電気系、ソフト系技術者による開発チームが社内に編成された。

HbA1c測定装置「AUTO A1c HA-8110」の開発

HbA1cの測定には、ヘモグロビンを分離して比率を演算する分画定量が必要であり、ミニカラムを用いた用手法による測定が一般的だったが、当社では既に経験を積んでいた高速液体クロマトグラフィー(HPLC)の技術を使い、システム開発に取り組んだ。

当時、HPLCはシステムが大掛かりで高価な上に熟練したオペレーターが必要であるため、大学の研究室などで専門知識を持った分析技術者が使用するのみであった。また流量・圧力・温度等の微小な変化でも分析結果が大きく異なるため、臨床現場での測定には不向きとされていた。

HPLCを使っての臨床検査用HbA1c測定機器の開発には、システムの動作安定性と低価格化が必須となる。必要なユニットを市販品でそろえると非常に高価になるため、開発チームは長年蓄積した経験を駆使し、各ユニットの社内製作に取り組んだ。デッドボリュームが小さく直線性の良いフローセル光学系の開発、脈動が少ない高圧ポンプの開発、ダイナミックレンジの広い浮動小数点演算ソフト、登場間もないマイコンシステム制御など、初めて出会う数々の技術上の問題を1つ1つクリアし、高品質でありながら低価格なユニットを完成させた。

そうして誕生したHA-8110は、1981年9月にオーストリアのウィーンで行われたIFCC(国際臨床化学連合)会議に出展され、大きな注目を浴びた。当社は、その後ますます高まるHbA1c測定のニーズに応えるべく、より高品質で使いやすいものへと継続的に改良してきた。HA-8110の測定時間は13分であったが、現在、当社のフラッグシップ機である「ADAMS A1c HA-8180」においては、1検体あたり48秒しか要しない。

HbA1cの普及に向けての啓蒙活動
写真2

写真2 ベンソニックセミナーの様子

また、当社は機器開発だけではなく、HbA1c普及に向けての啓蒙(けいもう)活動も行った。学会に働きかけ、糖尿病の著名な先生方によるHbA1cの研究会を発足。その研究成果の報告会をベンソニックセミナーという形で全国展開した。1982年9月に行われた第1回ベンソニックセミナーでは、HA-8110が大々的に発表され、好評を得た(写真2)。ちなみにベンソニックとはベンチャーとソニックの合成語で、糖尿病研究の第一人者である馬場茂明教授が命名してくださったものである。

HA-8110開発当時、HPLC法によるHbA1c測定は保険収載されていなかったが、こうした活動の功績が認められ、HbA1cは保険収載されることになった。HbA1cが本当に必要であると信じて粘り強く活動し続けたことが、今日の糖尿病検査の基礎となったことは、今でも当社の誇りとするところである。

新しい挑戦「i-densy」

HPLCでのHbA1c検査機器開発への挑戦もしかり、「新しいことに挑戦する」という社風が、当社にはある。

写真3

写真3 卓上型の全自動SNPs検査装置「i-densy」

10年近く取り組んできた、遺伝子領域への参入もその挑戦の一環であった。2009年1月、ヒト遺伝子を構成する塩基配列の変異を検出する卓上型の全自動SNPs検査装置「i-densy」(写真3)を世界で初めて商品化した。

個の医療を目的として医薬品の代謝関連遺伝子の変異を検出し、個々人の薬の効き目や副作用を予測する投薬前遺伝検査を可能にしたi-densy専用試薬の開発は、遺伝子と疾患の関係を扱う先端的な大学などの研究室との共同研究から生まれた。

i-densyは、研究用機器として大学病院などの研究機関などへの販売を行っている。そこで行われた研究結果などの情報や、こんな研究がしたいという要望を受け取り、それを社内にフィードバックさせることで機器も試薬も進化して行く。これは診断機器の開発時とはまた違う、当社にとって新しい形の共同開発であると言えよう。

これからも当社の挑戦する歴史は積み重なっていく。新しい挑戦を通じて人々の健康な生活に貢献したい、それがわれわれの希望とするところである。