2010年11月号
単発記事
多発性硬化症薬の報道で思う人とのきずな
顔写真

藤多 哲朗 Profile
(ふじた・てつろう)

京都大学 名誉教授/
財団法人 生産開発科学研究所 学術顧問


冬虫夏草に起源を持つ免疫抑制物質から新薬が生まれ、2010年秋、米国などで多発性硬化症の薬として承認された。初の経口薬である。この薬のリードを企業と共同で探り当てたのが京都大学名誉教授の藤多哲朗氏。本誌2010年6月号でこの創薬物語が記事になった後の反響を、人とのきずなをテーマにつづる。

本誌(産学官連携ジャーナル)は、産・学・官に情報を提供し、互いの連携に協力するものと考える。連携するのは「人」である。私たちの冬虫夏草の成分から多発性硬化症に対するクスリ(FTY720: fingolimod)が開発された記事が掲載されたおかげで、新しい人とのつながりが生まれ、また、今まであったきずなを固くした。

われわれの仕事が本誌で産・学連携のモデルとして評価していただき、2010年6月号で、谷田清一氏(財団法人京都高度技術研究所・アドバイザー)の理解しやすく適切な解説記事とともに、私と編集長・登坂和洋氏との対談記事も載った。

当該記事が出てからしばらくして、京都大学・薬学部の事務から、「ウォール・ストリート・ジャーナルの記者から電話取材の申し込みがありました。先生の自宅・電話番号を知らせてもよろしいですか?」と問い合わせがあった。英語の取材に堪えられるか不安であったが、OKの返事をした。そのとき、40年前に経験した不安が頭をかすめた。恩師である京都大学化学研究所藤田榮一先生の推薦により、バージニア大学化学部S. M. カプチャン教授研究室に留学した時、アパートは予約してあり無事到着したが、電話、電気、ガスは止められていた。案内してくれたホストファミリーは、夕食は心配するな、招待するからと、さっさと帰ってしまった。そこで困ってアパートの向かいの教会を訪ねたところ、幸い教会の美人秘書がいたおかげで何とか自分で電気、ガス会社などに連絡することができた。このことが思い返されたのである。

ウォール・ストリート・ジャーナルから電話

話は逸れてしまったが、すぐに「ウォール・ストリート・ジャーナルのピーター・ランダース (Peter Landers)です」と電話が入った。本誌に掲載の記事を良く理解し、漢方薬、アジアの民間伝承薬に強い興味を持っているように受け取れた。あまりにも流ちょうな日本語だったので、30分以上話したような気がする。最後に私は「あなたの日本名は?」と思わず聞いてしまった。「私はアメリカ人です」と答えが返ってきた。後日、「多発性硬化症に対する医薬品としてFTY720をFDAに申請しているノバルティス社にも取材したウォール・ストリート・ジャーナルの記事をウェブサイト*1で見てください」というメールがきた。

米国の旧友の思い出
写真

故Dr. Matthew Suffness (左)と筆者(右)
    サンフランシスコ金門橋にて(1971年8月)

しばらくして、「Tetsuro: Congratulations」と米国留学時代の旧友マットの未亡人(Rita Suffness)から「ウォール・ストリート・ジャーナルの記事を読んだ」とメールがきた。ご主人のマット(Dr. Matthew Suffness)はカプチャン研の大学院生の時に同室であり、お世話になった。彼はポスドクとしてスタンフォード大学(カリフォルニア州)のバン・タメレン教授研究室に移動した。私たち夫婦は、帰国にあたり東部バージニアから、当時でも珍しかったトヨタ社のコロナ(1ドル360円時代の1969年に1,000ドルで購入)に乗り、はるばると1万マイルの旅をして、彼を訪ねた。1年ぶりの再会を喜び、車の売却を手伝ってくれた。1971年8月末であった。アメリカ車ディーラーの買値は100~200ドル、彼はトヨタのディーラーに案内してくれ、400ドルで売ってくれた。ちょうど、ニクソン・ショックの時で、アメリカではドルと円との交換はできなかったが、到着した羽田空港内の換金所は360円で換金してくれた。現在の円高は想像もできなかった。

マットはNational Cancer Institute(NCI)に移り、天然物の抗ガン活性物質分野をマネジメントするようになった。シソ科植物延命草(ヒキオコシ)の苦味ジテルペンの抗ガン活性を評価してくれた。当時、京都大学化学研究所藤田研究室で高知産延命草から分離・構造決定したオリドニンは、中国で冬凌草素の名前で白血病臨床応用が試みられているようである。マットとリタさんの新婚旅行は日本で、私が徳島大学薬学部に在職中、私たちは高松市屋島のホテルで会い、鳴門の渦潮を案内した。潮の激しい時期であった。その後NCI、日本でも良く会い家族的に付き合うことができた。マットは抗がんジテルペンアルカロイド、パクリタキセル(タキソール)の臨床開発プロジェクトマネージャーとして活躍したが、残念ながら、1995年6月白血病で亡くなった。52歳の若さであった。数年後、私たちはメリーランドの彼の自宅を訪ね、リタさんを慰めたと言うよりもこちらが慰められた。

ノバルティス社の経口多発性硬化症薬ジレニア(Gilenya)が、2010年9月12日、ロシアにおいて許可され、次いで9月22日、米国のFDAが承認したと田辺三菱製薬の社員の方から連絡が入った。ジレニアはFTY720: fingolimodのノバルティス社の商品名である。


天然物・生薬起源の物質を難病に対する創薬に結び付けることができたことは、薬学研究者として、特に天然物の研究をしていた者にとって、この上ない喜びである。