2010年12月号
連載1  - COP10報告と大学知財本部が注意すべきこと
(後編)
リスクを抑え遺伝資源を円滑に流通させ新たなイノベーションを!
顔写真

鈴木 睦昭 Profile
(すずき・むつあき)

国立遺伝学研究所 知的財産室 室長



名古屋議定書に、提供国でのアクセスの改良、利益配分の方法、法的遵守の監視などについて定められ、その結果、遺伝資源の利用の促進、法的遵守の確保、国内法の策定や伝統的知識への敬意――の効果が期待されている(図1)。本稿では、今回、何が決まりどのように対応すべきかを説明する。

COP10終了、これからが始まり
図1

図1 名古屋議定書 概要

COP10が終了し、メディアで生物多様性が取り上げられることは少なくなったが、実は同会議が始まりである。日本は、インドで行われるCOP11までの2年間ずっと議長国であり、かじ取り役である。

2011年2月に締結国による議定書の署名が開始され、議定書の発効に向けて、日本を含む各国の国内体制が整備される。わが国では、国内法制定の検討が進む一方、遺伝資源の対応を行うチェックポイントをどのような形でつくるかを決めていくことになる。

諸外国の動きも活発である。中国においては、国内の遺伝資源と伝統的知識に対する保護用の一括管理データーベース作成や、特許出願時の遺伝資源出所開示表示を義務とした。さらに関連する国内法を起草中であり、その内容は、外国人はアクセスについて中央政府に届け出を行い、利益配分は申請者と権限ある当局間での契約を行う――などである*1。いまだ、オーストラリア、ブラジルなど15カ国でしか国内法を持たないが、今後、各国で法や規制の制定が進められる。

議定書発効以前のものがどうなるかが問題であったが、今回の議定書には記載されなかった。国際常識と照らし合わせ遡及適応はしないと考えられる。さらに議定書の中で国境を越えて存在する場合と事前同意(PIC)の付与・取得が不可能な場合などは、国際多国間利益配分メカニズムを検討することとなった。議定書発効以前のものはこのメカニズムにも入る可能性が考えられる。今後の動向を注意すべきである。

今後の手続きは具体的にどう変わるのか?
図2

図2 遺伝資源へのアクセス

これまでも海外の遺伝資源にアクセスする際には、試料提供国が定めている国内法令、行政措置などに従うことが必要であった。具体的には、提供国の政府にPICの書類を提出し、相手国の提供者と相互合意(MAT)を交わすことにより、遺伝資源を提供してもらい、その後、利益配分を行っていた(図2)。

従来、国内法令、行政措置を決めていない提供国が多く、そうした国では申請方法が分かりにくく、アクセスに日数がかかるなどの課題があった。今回の議定書で遺伝資源へのアクセス体制の透明化が決められた。さらに、利用国での事前同意、相互合意および利用をモニターするチェックポイントが設置される。

大学では「非商用利用」と「商用利用への円滑な移行」の観点が必要

今回の名古屋議定書において、既に条約に「公正で衡平な利益配分」は入っていたが、さらに相互合意(MAT)における利益配分の内容についても明記することが決められた。利益配分という言葉を聞くと、大学は非営利研究が主体だから関係ないと思うかもしれない。しかし、議定書は、利益を金銭的なものと非金銭的なものに分類し例示している。金銭的利益は、アクセスの料金、ロイヤリティの支払い、商品化のときのライセンス料、基金への特別な支払い、研究費の支払い、共同出資、知財の共有など。非金銭的なものは、研究開発成果の共有、バイオテクノロジーの共同研究、教育やトレーニングの協力、技術移転、科学情報の開示など多岐にわたる。

大学の研究は必ずしも商用利用を目的としていない。成果が出て企業への技術移転を行うときに再度提供国に利益配分の対話を持つと、まとまりにくいかもしれない。そこで、あらかじめ、非商用利用が主であるが、商用利用への移行時の条件についても取り決めることが望ましい。例えば、大学の研究時の非金銭的な利益配分を決めるときに、企業へのライセンス時や商品化の際の利益配分についても決めておくことである。事前に取り決めておくことで、高額なライセンス料を請求されることを防ぐことができる。やはり、大学では、「非商用利用」と「商用利用の円滑な移行」の両方の観点が必要である。

議定書第6条に非商用利用、簡素な利用について取り決めているが、分類学、保全のための研究を前提としている。さらに、非商用利用の範囲は各国の国内法に依存する。円滑で非金銭的な利益を十分規定し、なおかつ、商用化への移行に関しても円滑に行われるような相互合意をひな形として締結する方が、後のトラブルが少ない。今後、大学向けの相互合意について、ひな形の作成が必要である。

今後、大学の知財本部が考えなければいけないこと
図3

図3 大学側の考えるべき対応

議定書発効までに大学の知財本部が取り組まなければならないことは、リスクを減らし、円滑に遺伝資源を循環させる環境づくりである(図3)。

第1に、海外から遺伝資源を入手するときには、事前同意、相互合意が必ず必要なことを研究者に周知することである。

第2に、研究者が遺伝資源を海外から入手するときの体制づくりである。政府等の対応を情報収集するとともにMATひな形の準備など、今後作成予定の国内チェクポイント、国内法の対応の意見を検討する。また、お付き合いのある国のABS国内法を確認する。

第3に、遺伝資源に関係する各段階のチェック体制づくりである。企業との共同研究、ライセンス、特許出願などのときである。企業との共同研究、ライセンスを行うときに、行き来する遺伝資源に関して問題がないか確認を行う。日本の特許法では出所表示の義務はないが、海外ではその義務がある国もあり、特許出願時に確認した方がよい。

         表1 既にある利益配分のルール
             -食料と農業の条約-

 本題の生物多様性とは別に、FAO(国際連合食糧農業機関)により、食料農業植物遺伝資源国際条約(以下、ITPGRFA条約)が発効されている。日本は本条約には署名・批准していない。ITPGRFA条約においては特定の農作物が対象植物となり、標準試料移転同意書 SMTA を用いることが義務付けられている。成果物を商業使用するときは、利益の一部をFAOに支払い、商業化のときは、売上から30%引いた額の1.1%をFAOに支払う。 食料・農業のための研究、育種および研究の目的にのみ利用し、化学的利用、医薬的利用、ならびに、そのほかの非食料および非飼料に関する産業上の利用は含まない。
 この条約は具体的な利益配分のメカニズムとして注目されている。今回の名古屋議定書では、ITPGRFA条約などで取り扱われるものは除外となった。  

大事なことは、大学が果たす使命として海外とのチャンネルとなり、研究が促進されることである。共通ルールができるまで待つことはなく、先端技術を扱う各大学が、その大学に必要な遺伝資源入手のチャンネルをつくるべきであり、そのときは、知財本部や産学連携本部は重要なプレイヤーである。研究者と研究者との関係を発展させ、国と国のチャンネルをつくるべきである。その点でも、大学と知財本部の使命は重要である。

先行例として、九州大学とネパールの連携、NITE(独立行政法人製品評価技術基盤機構)とインドネシアの例などが参考になる*2

国外に遺伝資源を出すことについての国内法制定に対して、学術研究や産学連携に支障が起きないよう要望することなども必要となろう。

また、今回、ほかの国際条約に適用されているものは除外既定となった。食料農業植物遺伝資源国際条約(表1)については、対象となるものをピックアップし、将来的にこの条約に適応するのがよいか検討が必要になる。

最後に

今後、世界的に技術移転を視野に入れた、大学向けのMATのひな形などを含むグローバルシステムを構築する必要があると考える。今回の名古屋議定書採択により、大学が各国の遺伝資源の流通に重要なチャンネルをつくる役割を担い、グローバルな遺伝資源の円滑な流通、新たなイノベーションにつながることを望む。


謝辞:COP10の参加と議定書理解について大変お世話になった財団法人バイオインダストリー協会の炭田精造様、薮崎義康様、渡辺順子様、野崎恵子様、およびご討論いただいた多数の方に感謝する。

*1
炭田精造.中国が起草中の「生物遺伝資源へのアクセスと利益配分に関する国家管理ルール」の概要.バイオサイエンスとインダストリー. Vol. 68,No.6,2010.p.435-438.

*2
九州大学とネパールの連携
http://www.kyushu-u.ac.jp/pressrelease/2010/2010-02-05.pdf
NITEとインドネシアの例
http://www.bio.nite.go.jp/nbdc/asia_indonesia.html

●名古屋議定書(JBA仮訳)
http://www.mabs.jp/