2011年2月号
特集1  - HTLV-1(ヒトT細胞白血病ウイルス)対策元年
インタビュー
菅付加代子 NPO法人日本からHTLVウイルスをなくす会 代表理事
研究者と患者会の情報交換が対策を後押し
顔写真

菅付 加代子 Profile
(すがつき・かよこ)

NPO法人日本からHTLVウイルスをなくす会
代表理事


昨年秋以降、ATL(成人T細胞白血病)、HAM(HTLV-1関連脊髄症)などの原因ウイルスであるHTLV-1(ヒトT細胞白血病ウイルス)対策を巡る動きが急展開した。菅直人首相が患者団体代表と面談したのに続き、政府が特命チームを設置。特命チームは年末までに4回の会合を開き、妊婦への抗体検査を公費で負担するなどの総合対策を打ち出した。HAMの患者会代表、また、NPO法人日本からHTLVウイルスをなくす会代表理事の菅付加代子さんに、その背景、意義を聞いた。

――ATL(成人T細胞白血病)、HAM(HTLV-1関連脊髄症)、HU(HTLV-1ぶどう膜炎)などを引き起こすHTLV-1(ヒトT細胞白血病ウイルス)対策については、新たな局面に入りました。昨年9月、総理大臣官邸で菅直人首相が患者団体代表と面談しました。そして、政府のHTLV-1対策を検討する特命チームの設置。特命チームの会合は同月から12月まで4回開かれました。社会的な認識が広がる一方、国は総合対策を打ち出しました。菅付さんもオブザーバーとして特命チームに参加しました。

菅付 患者団体の代表としては、超高層ビルの階段を1段ずつ上がりながら、「なかなか届かないなあ」とため息をついていたところ、突然エレベーターが現れて、一気にてっぺんへ上ったというイメージです。運が良かったという面があるかもしれませんが、私たちがへこたれず前に前にと行動してきたからだと思います。特命チームの会議には2回目から参加しましたが、参加者が自由に意見を交換できる場だと思っていたところ、限られた時間内で決定事項を確認する場のように感じました。そこで、患者の声を生かすという意義を果たしてほしいと申し出、患者の発言の場をいただきました。おかげで患者の実態を、参加したメンバーの方々に切実に訴えることができました。


――特命チームの成果を整理するとどうなりますか。

菅付 政府が特命チームを設置し、対策に動き出したことで、HTLV-1ウイルスおよびそれが引き起こすATLやHAMなどへの認識が高まったことがなんといっても大きかったですね。具体的には、第1に、母子感染対策が大きく進んだことです。厚生労働省は、昨年10月6日、ウイルス感染の有無を調べる抗体検査を妊婦検診の標準的な血液検査項目に追加し、公費負担の対象とすることを都道府県などに通知しました。

第2に、原因究明や治療法開発のための研究が強化されたことです。今年度は、当初、関連の研究費は各省合わせて2.3億円でしたが、年度内に1億円追加して3.3億円、2011年度は研究費10億円が盛り込まれました。これは、エイズ(14億円)、肝炎(20億円)並みの水準です。11年度予算については、特命チームのメンバーである江田康幸衆議院議員が強く主張してくれました。江田さんは、7年前から患者会とともに対策の必要性を訴えてきました。総合対策ではまた、厚生労働省の科学研究費補助金にHTLV-1関連疾患領域が創設されます。

第3に、厚生労働省に患者、専門家を交えた対策推進協議会が設置されることです。


――“協議会”という点では、研究者、患者団体でつくる有識者会議の提案が、今回の国の対策づくりでも大きな役割を果たしました。

菅付 任意の集まりである「HTLV-1感染総合対策等に関する有識者会議」は、2009年夏に発足しました。きっかけは、同年2月28日に科学技術振興機構(JST)が鹿児島で開催したATLシンポジウム(地域間連携シンポジウム)に私が参加したことでした。この催しを伝える新聞記事を読んだ地元の保岡興治衆議院議員(当時)から「厚生労働省がん対策室の前田室長を紹介するから、とりあえず電話で話をしてごらんなさい」という電話をいただきました。私は、すぐに電話して面談の約束を取り、翌週には上京しました。保岡議員にその報告をすると、「協議会をつくったらどうですか」とアドバイスを下さいました。前田室長は、研究者らとの意見交換の場をつくることを支援してくれました。そして、私は研究者にお願いし、有識者会議を発足させました。有識者会議のメンバーは10人。患者団体代表は私を含め2人で、残り8人は大学の研究者です。同年7月末には、国への要望(「HTLV-1感染総合対策の推進に関する指針」)を提出しました。有識者会議の会合は翌2010年7月まで続きました。この協議会の会合は、厚生労働省で開き、メンバーのほか、同省各課から10人前後が参加しました。


――JSTのATLシンポジウム、そのパネルディスカッションに菅付さんが出られ、そこから、こつこつと研究を続けてきた大学の研究者たちと患者団体が初めて同じテーブルにつくという画期的なことが実現した。患者団体と研究者らが共有した情報を行政側に伝えることもできるようになった。そうした場が、2年ほど前にできたわけですね。

菅付 患者がどこにどれだけいるか、という全国を対象にした国の疫学調査が行われたのは2008年です。私たちは、HAMの難病指定の要望のほか、全国での疫学調査を長年国に求めてきました。そして、「国が調査を公募し、やってくれる研究者がいれば国の施策としてできる」ということになったわけです。これを実現するだけでも5年くらいかかりました。


――全国での疫学調査でもそんなに大変だったのですか。

菅付 旧厚生省の研究班が1990年度に、ATLの原因ウイルスの母子感染について「全国一律の検査や対策は不要」という提言をまとめています。患者が九州、沖縄に多い“風土病”だから、母子感染対策を実施すれば「感染者が自然に減少する」ともいっています。この提言は、研究班の班長だった重松逸造・元日本公衆衛生学会理事長の名前から通称「重松報告」と呼ばれますが、これが、ずっと“生きていた”わけです。これが研究者の研究意欲や研究費にも大きく影響したようです。


――西日本新聞(福岡県を中心に九州7県で販売されているブロック紙)が昨年来、「ATL―成人T細胞白血病―制圧へ」というキャンペーンを展開していますね。菅首相が患者団体と面談した後の、官房長官記者発表のなかでも、西日本新聞が大変熱心に取り組んでいることに言及されています。

菅付 西日本新聞の記者は、がんのことを調べている過程でATLのことを初めて知ったということで、昨年2月に私を訪ねてきました。3月初めに、大きな特集記事を掲載したのを皮切りに、チームでこの問題を追っています。西日本新聞のキャンペーンは、私たちにとって本当に大きな力になっています。これを追い風にして、「日本からHTLVウイルスをなくす会」は昨年6月5日、福岡市でシンポジウムを開催しました。こうした運動を続けるなかで人のネットワークが広がりました。その1人は長崎県の社会福祉法人の理事長をされている田島良昭さんです。


――ATLを発症された前宮城県知事の浅野史郎さんが、知事時代タッグを組んで同県で知的障がい者の「地域移行」を推進された方ですね。田島さんがお書きになったものを読むと、浅野さんの発症以来、ATL、HTLV-1のことを学習し、その疾病対策・治療法開発を求めて行動を開始。2009年からは福田えりこ衆議院議員の応援も得て運動を進めていたところ、仙谷由人内閣官房長官(当時)から「患者・家族の皆さまのお話を聞かせてください」という連絡をいただき、9月8日の面談が実現したとのことです。

菅付 はじめ、田島さんは母子感染予防対策に重点を置かれていましたが、私が「母子感染対策だけでは問題は解決しない、総合対策が必要だ」と訴えると、詳しく話を聞かせてほしいと真剣に耳を傾けて下さりました。また、部落解放同盟の組坂繁之委員長にも協力のお声が掛かり、国が感染防止対策に乗り出すのに合わせ、同同盟としてATLの啓発事業推進を国に求める活動を行うなど国会や行政にも働き掛けていただいています。


――HTLVウイルスをなくす会は、1月16日に東京・赤羽で「知ってください! HTLV-1のこと」というシンポジウムを開催しました。

菅付 シンポジウムでは、政府の総合対策までの経過、研究、治療の現状についての報告があり、会場の参加者を交えて意見交換を行いました。キャリアやHAMの患者の声もたくさん聞くことができました。東京を中心とした地域では、医療関係者、行政機関でもこの問題をほとんど知らないことが浮き彫りになりました。15年前に右脚が突然動かなくなり、HTLV-1感染がわかった首都圏の女性は、「自分ではHAMの初期だと思っているが、通院している大病院の神経内科の先生はHTLV-1の専門ではないとのことで、診断は出ていない。パニックになり、現在は統合失調症の治療もしている。ネットでこのシンポジウムのことを知った。専門医はどこにいるのか」と涙ながらに訴えました。東京で啓発事業が行えたことは大変有意義だと思います。昨年末に政府が国の問題として総合対策を決断したので、2011年は「HTLV-1対策元年」だと気持ちを新たにしているところです。


――1月24日、菅首相は施政方針演説で特命チームに言及しました。

菅付 演説にはこうあります。「HTLV-1ウイルス対策の特命チームは、この問題が長年解決されていないことを菅付加代子さんを始めとする患者の皆様から伺い、直ちに設置しました。その三か月後、妊婦健診時の検査・相談や治療研究を進める総合対策をまとめることができました。このウイルスが原因の病気と闘う前宮城県知事の浅野史郎さんは、『特命チームに感謝し、闘病に勝利を収めたい』とメッセージを送ってくれました」。総理は世の中にある不条理を解消するために特命チームを作ったと話されました。あえて、私の名前を出して下さったのは、この問題を解決する、それを患者に約束するという強い意志の表れだと感じました。今まで頑張ってきた年月が思い起こされ、胸が熱くなりました。私はHAMという病気を恨み、苦しんで死んで行くのは嫌だと思っていました。しかし、自分がHAMになったことで、縄文時代から放置されていた日本の白血病ウイルス撲滅への道筋を作ることができたとしたら、意味のあることなのだと思えました。国の総合対策は私たちにとって「突破口」です。これから、対策がきちんと実行されるよう監視し、必要な時は国に要請します。今後、問題点が出てくればそれを解決するために、患者の立場で協力しなければいけないこともあると思います。

聞き手・本文構成:登坂 和洋(本誌編集長)