2011年2月号
特集1  - HTLV-1(ヒトT細胞白血病ウイルス)対策元年
母子感染防止への国民の理解が不可欠
―キャリア救済、国を挙げて新しい治療法開発と一体で進める―
顔写真

齋藤 滋 Profile
(さいとう・しげる)

富山大学 医学部 教授



HTLV-1(ヒトT細胞白血病ウイルス)の感染、およびこのウイルスが引き起こすATL(成人T細胞白血病)、HAM(HTLV-1関連脊髄症)などの疾患は、長い間、九州・沖縄の風土病とされてきたが、国は方針を転換、ウイルス感染の有無を調べる抗体検査を、公費負担で妊婦健診の項目に追加するなど総合対策に動き出した。これにより、新たな課題も出てきた。1月16日、NPO法人日本からHTLVウイルスをなくす会が東京・赤羽で開催したシンポジウム「知ってください! HTLV-1のこと」では、九州・沖縄地域以外の医療関係者や行政が、このウイルス、病気のことをほとんど知らないことが浮き彫りになった。診療体制の整備、その前提となる医療関係者への理解増進が急がれる。特に、スタートしている妊婦の抗体検査では、陽性と出た妊婦、そして家族へのきちんとした説明、心のケアが欠かせない。平成21年度に行われた「HTLV-1の母子感染予防に関する研究」(厚生労働科学特別研究事業)の研究代表者を務めた富山大学医学部の齋藤滋教授に、同シンポジウムでの発言をもとに、あらためて課題などを聞いた。

――HTLV-1の発見から30年。国の対策の一環として、昨年10月、ウイルス感染の有無を調べる抗体検査が、公費負担で妊婦健診の項目に追加されました。

齋藤 20年前、厚生省(当時)が出した報告書では、このウイルスは風土病で、九州・沖縄だけで対策を取ればいいとされていました。しかし最近は、例えば鹿児島出身の人でも仕事、勉強で全国各地に移動し、そこで暮らしています。3年前の全国調査では、東京でキャリアが増えていること、若い人でも増えていることが分かりました。昨年、私が報告書を出しましたが、その中で、HTLV-1は風土病でなく、日本全体で考えなければならない問題であること、感染者を増やさない手っ取り早い方法は母から子への感染を防ぐこと――などを提言しました。


――県単位の対応が他の地域より比較的進んでいた九州では、陽性の場合の告知の難しさ、出産後の母親の心の支援などが課題とされています。

齋藤 九州地区では、このウイルスのことをご存知の方は多いですが、その他の地域では、感染していると聞くとびっくりすると思います。そして、もし発症するとこうなりますと、こわいことばかり聞かされます。妊娠したときは、もちろんご本人は喜んでいますが、精神的に不安定でもあるので、ネガティブなことばかり聞くとショックを受けます。全国で検査が始まったわけですが、告知にはこうしたことに配慮し、慎重に行う必要があります。


――母子感染を防ぐにはどういう方法があるのですか。

齋藤 HTLV-1キャリアと分かった場合、母乳を介しての子への感染を防ぐため、[1]人工栄養 [2]凍結母乳栄養 [3]3カ月以内の母乳栄養――の3つの栄養摂取方法の選択肢を示しています。人工栄養は、母乳を一切与えない完全断乳です。20年前はこの方法しか提示されていませんでした。その後、研究が進み、お母さんからのHTLV-Iに対する中和抗体が存在する3カ月以内であれば、母乳をあげても完全断乳とほぼ同じ効果が得られることが分かってきました。凍結母乳というのは、搾乳機で採った母乳を家庭の冷凍庫で凍らせ、それを温めて与える方法です。私は、出産する(した)キャリアの母親には「いずれの方法を選択したとしても、母親としてそう意思決定されたことは、お子さんへのあなたの深い愛情の表現ですよ。哺乳瓶であっても、子供を抱っこして目を見ながらあげてください」と言っています。


――母子感染予防には家族の理解も欠かせません。

齋藤 子供への感染予防の次に、妊婦さんが私たちに聞いてくるのは、「夫に言っていいのか」「家族にどう説明するか」ということです。本人は悩みます。家族の理解がないと、次のステップに行きません。家族の理解のもと、母乳哺育方法を決めていただきたいと思っています。


――九州以外では、医療関係者にもHTLV-1やATL、HAMのことは知られていないようですね。

齋藤 課題は、お医者さん自身がHTLV-1のことをよくご存知ないことです。ウイルス感染の有無を調べるスクリーニング検査はゼラチン粒子凝集法や酵素免疫測定法で行いますが、実は4分の3は偽陽性です。ですから、スクリーニング陽性の場合、必ず確認検査を行い、それで陽性の場合にHTLV-1キャリアと診断し、ご本人に結果を伝えます。ところが、調査して分かったことは、最初のスクリーニングで陽性の人に「あなたはHTLV-1のキャリアです」と言っている例がかなりありました。本当は感染していないのに、感染とされてしまう、まずい例です。

3月に国が東京と大阪で、各都道府県の医療関係者(医師、看護師、保健師)の代表を対象に講習会を開きます。


――社会の認識が広がることも欠かせません。

齋藤 大事なことは、HTLV-1の抗体検査で陽性になった妊婦さん、そしてそれ以外のキャリアの方々を決して差別の対象にしないことです。母子感染を防ぐことに国民の理解が得られること、キャリアの人を救済すること、新しい治療法に国を挙げて取り組むこと――これらを総合的に推進することが大切です。


――ありがとうございました。

聞き手・本文構成:登坂 和洋(本誌編集長)