2011年3月号
特集1  - 経営者に応えるコーディネート術
知的財産交流における中小企業と支援機関の共同作業
顔写真

西谷 亨 Profile
(にしや・とおる)

財団法人川崎市産業振興財団
知的財産コーディネータ


大企業が所有する知的財産を地域の中小企業へと技術移転し、地域の産業を活性化する――神奈川県川崎市は、平成19年度からこうした事業を実施している。コーディネータの立場から、その成約事例を紹介する。

川崎市知的財産交流会
図1

図1 川崎市知的財産交流事業

川崎市では、平成19年度から「川崎市知的財産交流会」を実施している。これは、大企業が所有する知的財産を市内の中小企業へと技術移転し、中小企業による新製品開発や事業化を支援するものである(図1)。

これまでに富士通、東芝、日本電気、パイオニア、日産自動車、日立製作所、味の素の計7社の大企業が本事業に参加しており、4年間で8件のライセンス成約が誕生している。

今回はその中から、順送プレス加工の専門会社である「株式会社JKB」が、富士通から「レーザ溶接加工技術」に関する知的財産を導入し、事業化にあたっている事例から、企業ニーズへの応え方について考えてみたい。

中小企業のニーズとは

「自社製品を持ちたい」「付加価値の高い製品を手掛け、量産品の価格競争から抜け出したい」「将来の事業の芽を今のうちに育てたい」――大企業に限らず地域の中小企業でも、こうした技術力を高めるなど経営基盤の強化、業容拡大への望みは非常に強い。

しかし、例えば「自社製品を持ちたい」と思っていても、何をどうしたいという具体的なイメージを持っている例は極めてまれである。従って、「手段」である技術を明確に意識することもない。そのため、川崎市知的財産交流会では、個々の中小企業に対して、本業に関連しそうな技術シーズ(大企業が開発したものの、自社では利用せず眠っている技術)を幾つか例示し、応用展開の可能性を一緒にディスカッションして信頼関係を構築していく中で、潜在化しているニーズを徐々に顕在化していく手法を用いている。しかし、中小企業のニーズは特定の技術シーズのみに向けられるのではなく、シーズ側企業やコーディネート機関による、製品化や事業化に至るまでの一貫したサポート活動に期待が寄せられている。

コアのプレス技術と融合

株式会社JKBは、川崎市高津区に本社を置く、従業員数47人の中小企業である。主な事業は、精密順送プレス金型の設計・製作や、精密プレス部品の製作などであり、他社では不可能な高精度難形状加工と、高精度微細加工のプレス部品の製作を得意としている。その技術力には定評があり、平成21年度には経済産業省の「元気なモノ作り中小企業300社」に選定されているほどである(写真12)。

写真1

写真1 絞りと切曲げの複合形状の連続加工を順送プレス
    により実現

写真3

写真2 直径8.5mmの範囲内に
    121個の穴をプレス加工

JKBが富士通から技術を導入したのは、「10年後を見据えて、今から手を打っておかなければいけない」と考えたことが出発点だった。

JKBがレーザ溶接技術を導入した背景には、近年の「ソーラー電波式腕時計」の普及があり、そのコア部品であるアンテナの生産性向上の課題があった。

川崎市知的財産交流会を通じて、これまでまったく手掛けたことがない「レーザ溶接加工技術」に関する特許権を富士通から導入し、自社のコア技術であるプレス技術と、レーザ溶接技術を融合することで新領域の開拓をスタートさせた。

技術導入にあたり、JKBとともに始めたのが事業化構想の検討であった。まず、溶接技術導入の目標と意義を次の3点に絞り込んだ。[1]プレス技術とレーザ溶接技術を融合することで従来にない新たな付加価値を生み出す、[2]ソーラー電波式腕時計の生産性向上により日本時計業界の復権に貢献する、[3]国内プレス業界をリードし自社と業界の革新化と生き残りにも貢献する、の3点である。JKBとの協議の結果、自社の生き残りに加えて、国内時計業界とプレス業界へも貢献していく高い目標を設定した。また、構想を実現する上で最大のネックである資金面に関しては、経済産業省の「ものづくり中小企業製品開発等支援補助金」の獲得のサポートにあたった。そして、資金計画にめどが立ったところで、富士通と特許実施許諾契約を締結するとともに、レーザ溶接加工装置等の設備導入を進めた。

私どもは、特許実施許諾契約(平成21年12月)を締結するまで、両社の間を20回以上コーディネートした。その間、富士通の現地工場(小山市)の視察や、レーザ溶接品の試作、レーザ装置メーカーとの交渉、JKB 山形工場の視察などを行った。

溶接加工技術の取得に関しては、富士通からの組織を挙げての多大な協力と、JKBの高い技術開発力が組み合わさることで実現できている。

写真3

写真3 順送プレス技術とレーザ溶接技術の融合
    によるアモルファス合金の積層

こうしてJKBでは、ソーラー電波式腕時計アンテナの試作に取り組み、プレス加工品のレーザ溶接積層による生産性の向上に成功した。現在は、国内時計業界のほか、デジタル機器やその他の高硬度材料の積層分野への新規展開を計画しており、プレス技術とレーザ溶接技術の融合は、今後のJKBの生き残り戦略として経営上重要な柱となっている(写真3)。

中小企業へのサポート

産学連携や産産連携の場面において、「まずは自社のニーズを明らかにして下さい」と中小企業に求めてしまうことはないだろうか。そして、そうした案件が迷宮入りしてしまうことはないだろうか。川崎市では、ニーズが明らかになるのを待つのではなく、自治体と支援機関が一体となって企業ニーズを探り、関係者が情報を共有しながら“おせっかい的”にサポートすることで迷宮入りを防いでいる。

繰り返しになるが、中小企業のニーズは特定の技術シーズのみに向けられるのではなく、事業化構想を共に検討する中で徐々に明らかになっていく場合が多い。また、シーズ側との交渉や契約、費用工面、評価や販路など、事業化を進めていく中でも次々と新たなサポートニーズが発生する。

中小企業との連携による事業化を進める上では、待ちの姿勢ではなく、ニーズを一緒に考えて導き出すこと、そして、顕在化された課題に対して各種のサポートメニューを提案し、可能な限り解決していく共同作業も、シーズ側あるいはコーディネート側の大切なミッションと思われる。