2011年7月号
特集1 - 復興に大学の力
被災地に新潟大の災害食研究の成果
顔写真

藤村 忍 Profile
(ふじむら・しのぶ)

新潟大学 地域連携フードサイエンスセンター事務局長、農学部 応用生物化学科 栄養制御学 准教授

被災地で重要なのは命をつなぐ食料。特に震災直後の非常食・災害食の果たす役割は大きかった。この分野で注目されたのが、新潟大学・地域連携フードサイエンスセンターが企業や他大学・機関と連携して進めてきた災害食に関する研究成果だ。大学の知はどう活用されたのか、同センター事務局長の藤村忍准教授(農学部応用生物化学科栄養制御学)に聞いた。

――東日本大震災の被災地で、新潟大学地域連携フードサイエンスセンターと連携した企業の製品がたくさん活用されたそうですね。
写真1 非常食・災害食

写真1 非常食・災害食

藤村 当センターと研究交流、情報交換などを行った企業の商品(写真1)が被災地で大変役に立った。例えば、ホリカフーズ株式会社(本社:新潟県魚沼市)のレスキューフーズは、安全な熱源入りなのでその場で簡単に温めておいしいカレーが食べられる。牛丼やシチューなどメニューも年々増加している。また株式会社サタケ(本社:広島県東広島市)のアルファ米も熱源とセットにしたものなどが用意されており、活用された。同社は災害食として使えるパスタを初めて開発したことでも注目される。これらの食品の一部は、大震災直後の避難生活において有効な商品としてテレビ等で報道された。またセンターがホームページに掲載した災害時の食に関する情報がさまざまに利用された。

【地域連携フードサイエンスセンターの概要】

 2003年に歯学(摂食嚥下(えんげ)、生理学等)、農学(食品科学、食料生産、バイオ、農業経済等)、工学(食品工学等)、教育学(家政学、食品科学)の研究者が自主的に連携して研究を始めたのが発端。

 新潟県は穀倉地帯であるとともに食品加工産業が集積している。農業と食品加工を合わせた「食」は県内で最も大きな産業であるにもかかわらず、食品産業と大学の間、あるいは食品産業と農業の間などの連携が十分に機能していなかった。この課題を解決する目的でセンターを設立した。県内には食に関係する企業が1,000社以上もあり、窓口を一本化して企業との共同研究や情報交流を進めやすくする狙いもあった。

 災害食の研究、米の新しい機能性や使用法の研究、摂食嚥下を考慮した食品研究、超高圧加工による食品研究の4つが大きなテーマである。競争的資金(特に米と超高圧は農林水産省や独立行政法人科学技術振興機構(JST)等の大型助成によるプロジェクト)による研究のほか、研究者個々による基礎研究や企業との共同研究を展開している。

 米研究グループは、新潟大学の特徴的な研究者集団(超域学術院)として認定されている。米の新規機能性や高度加工利用の研究が主体。新潟県や食品企業、団体(新潟県健康ビジネス協議会等)との連携で進めている。超高圧加工は3大学と公設試験研究機関、企業が連携しながら基礎研究と商品化を進めている。摂食嚥下は基礎研究を進めるとともに、メーカーと共同開発を進めていく。最近、嚥下困難者に唾液分泌を促し、嚥下を補助するゼリーなどを共同開発した。

――「災害食」の研究を始めたきっかけは何ですか。

藤村 2004年の中越地震の際、被災地では食べ物に関する悩みが多くあったので、災害食を研究するようになった。中越地震では、災害当日に亡くなった方よりも、避難生活の中で亡くなった方が多いとされる。エコノミークラス症候群のほかに誤嚥性肺炎があった。摂食嚥下機能と免疫力が低下した高齢者らが、誤嚥が原因で肺炎になり、重篤な場合に亡くなった。乳幼児の食品がないなどの課題も挙がった。また長期の栄養不足は健康被害につながる。

特筆する点として食品研究者や食品産業従事者などが被災し、こうした課題解決への問題意識、意欲を持っていたことも大きかった。新潟に食品加工企業が多いことも、研究を参考とした実際の商品化に有効だった。

そこでまず実態調査から始めた。当初、災害時の食の課題は解決済みであろうとの見方もあったが、阪神・淡路大震災の時の食に関する課題は、意外なほど継承されていなかった。被災した自治体のさまざまな報告書はあるが、食に関しては、支援を頂きながらクレームをつけることが難しいという事情があるのかもしれない。

――センターは災害食に関する情報を積極的に発信してきました。

藤村 災害時の食に関して全国の関係者より集まっていただき、これまで4回のシンポジウム(3回目までは新潟で、4回目は横浜)を開催した。その中で多くの課題集約と提言を行ったが、この情報は広く社会に出してこそ意味があるので、非常食・災害食に関する3冊の書籍を出版してきた*1

また震災対策技術展(内閣府、文部科学省等が後援)(写真2)、アグリビジネス創出フェア(農林水産省主催)などに出展し、災害時に食に求められる機能の発表や、機能を持った食品の展示を行ってきた。本年度も、「震災対策技術展」(横浜開催)や「Food Messe in NIIGATA」(新潟市主催)で研究発表を行う予定だ。Food Messe では、新潟市と当センターの共同企画で災害食特設エリアを設け、大学や企業の研究発表と展示を行う。

写真2 震災対策技術展

写真2 震災対策技術展

研究の1つの成果として、内閣府中央防災会議等に認知され、国(厚生労働省)や県等の自治体の文書にも当センターの書籍が参考文献として紹介されている。消防庁、各自治体等の防災関係者から「新潟大学の本を活用している」という話を聞く。また全国の公立図書館の多くに書籍が配置されたと伺っている。

こうした活動を通じて、災害食とはどういうものかという考え方の普及が進み、「災害食の研究といえば新潟」と言われるようになってきたと伺った。

東日本大震災では、センターの事務局やメンバー、さらに当センターが出版した書籍の執筆者に対しメディアからの多くの取材があった。記者等から「災害時の食の情報を調査すると、新潟大学地域連携フードサイエンスセンターの書籍に行き着く」と聞いた。

ここでのわれわれの役目は、避難所など現場での食事支援よりも、統括的な部門で的確な食情報を提供することにあると思う。県レベルを超えた超広域災害のため、指揮系統が明確でなく、どの統括部門での情報提供が有効かという課題も明らかになった。一方、書籍執筆者の中には、内閣府に詰めて災害対策に直接に携わった者や、被災地で実際に生活支援等を行った者もいた。

現在本学を中心に災害食に関心のある専門家のネットワークが形成されつつある。2010年の日本APEC(アジア太平洋経済協力会議)首脳会議開催期間中の食料安全保障担当大臣会合時のプレスツアーで、本学において、海外メディアに災害時の食に求められる機能のレクチャーと試食を行ったところ、非常に重要な取り組みであるという意見を多くいただいた。その後、東亜日報(韓国)、ソウル新聞(韓国)、新華通信社(中国)、EPA 通信社(ドイツ)などで災害食が報道された。

われわれの目標は、災害時の食に関連する健康二次被害を軽減することにあるので、今後も外部連携を含めた活動を続けていく。

――阪神・淡路大震災の時と比較して災害食についての考え方は変わりましたか。

藤村 少しずつではあるが、意識改革は進んでいると思う。従来、災害対策は、道路、建物などのハードやライフライン、医療等に目が向けられ、被災者・救援者ともに命をつなぐ糧である「食事」は残念ながら注目されてこなかった。「乾パンが備蓄されているから大丈夫」という自治体が少なくなかった。しかし、災害時の食を重要なものとして認識する機会が増え、テレビ、新聞でも災害時の食が取り上げられるようになった。

――貴センターと関わってきた企業も新しい製品に取り組んできたようですね。先ほどのホリカフーズもそうですか。

藤村 同社は、缶詰等の保存食を出発点に、介護食やレトルト食等を製造してきた会社。開発したレスキューフーズを実際に中越地震で使用し、良い点と課題が出てきた。その後、本学と共同で災害時の食の課題研究を始めた。ここで得られた情報を新規開発に活用している。現在、コンパクト化やメニューの増加などを進めている。

大塚製薬株式会社は、情報交流が主だが、当センターの書籍執筆者の1人である奥田和子甲南女子大学名誉教授との連携を開始し、災害時の食の課題を記し、企業宣伝色を抜いた情報紙などを発行している。

――学際研究、大学内外のさまざまな連携による研究と社会との関わりに ついてはいかがですか。

藤村 災害時の食の課題は、栄養学、食品科学、摂食嚥下の専門家、医療関係者、介護福祉関係者、防災関係者等の学際的な検討なくしては解決できない。さらにこの課題集約の機能と、その提言を実行する食品メーカーが必要だ。

また食品メーカーだけでも解決できないことを示す例として、震災対策技術展に出展したメーカーからいただいたコメントがある。「5年ほど前は、技術展に出展する食品メーカーは1、2社であった。防災機器が中心であり、なぜ食品メーカーがここにいるのか、とさえ言われた。その後、年々、食品メーカーの出展が増えたが、それでも違和感は拭えなかった。新潟大学のセンターが出展したことで、初めて災害時の食の課題が何か、なぜ食に注目すべきかが示された。参加者もようやく気付いてくれた」

ここに基盤研究の重要性の一端が示されていると思う。具体的な食の課題解決には多様な観点が必要である。研究の細分化、専門化が進んでいるが、多様な連携を進めることで、さまざまな人の要求に応えられる機能的でおいしい災害食の研究開発を目指したいと思う。

聞き手・本文構成:登坂 和洋(本誌編集長)

*1
最新刊は「災害時における食と福祉」(株式会社光琳,2011年)