2011年7月号
海外トレンド
700万人の人口で世界に照準を当てるイスラエルの新産業創造
顔写真

永野 博 Profile
(ながの・ひろし)

政策研究大学院大学 教授



起業王国のイスラエル。Intel のマイクロプロセッサ(ペンティアム4)、フィリップスの高速CT(コンピュータ断層撮影装置)など、イスラエルに研究組織を置いたことによって成功した著名企業だけでなく、同国のスタートアップ企業から発展した製品、サービスが世界を席巻している。このスタートアップ成功の背景を、歴史、政策、教育などに探る。

世界がイスラエルに注目するのはなぜ?
写真1  技術革新の先頭を行くインテル・ハイファ研究所

写真1
技術革新の先頭を行くインテル・ハイファ研究所


写真2  CT技術を開拓するフィリップス先端技術センターで同社Farfaraシニアディレクター(左)、1人おいてde Haanテクニオン大学教授

写真2
CT技術を開拓するフィリップス先端技術センターで
同社Farfaraシニアディレクター(左)、
1人おいてde Haanテクニオン大学教授

21 世紀に入りますますイノベーションの必要性が叫ばれる中、イノベーションの原点が企業家精神であることは論をまたない。今回取り上げるイスラエルは米国NASDAQへの上場数が約70で米国に次ぐ2位につけており、日本や欧州諸国より一桁多い。イスラエル発の研究開発成果として世界の市場を席巻しているものの代表例はIntelのマイクロプロセッサ(ペンティアム4)(写真1)、フィリップスの高速CT(コンピュータ断層撮影装置)(写真2)など、著名企業がイスラエルに研究組織を置いたことによるものがよく知られているが、USB接続型フラッシュメモリー、IP音声通話、ZIP圧縮技術、カプセル内視鏡などイスラエルのスタートアップ企業から発展した製品、サービスが世界を席巻していることは必ずしも広く知られていない。これはイスラエルでは多くの成功したスタートアップ企業が、大きなものでは数千億円の規模でM&Aの対象となっていることとも関係があろう。

イスラエルのスタートアップを成功に導いた政策を1つ挙げるとすればYozmaプログラム
IBMハイファ研究所でバーチャル救急医療マネジメントについて意見交換(右より2人目Shtubテクニオン大学教授)

IBMハイファ研究所で
バーチャル救急医療マネジメントについて意見交換
(右より2人目Shtubテクニオン大学教授)

1948年の建国後、労働党を中心とする左派政権が続き、必ずしも起業などが活発というわけではなかったが、1980年代からは政権交代が行われ、1992年にベンチャーへの投資の促進を目的として、イスラエル政府、外国のベンチャーキャピタル(VC)、訓練のために参加するイスラエルのVCの3者によるVCの設立を支援するYozma(イニシアチブの意)プログラムがスタートした。これは、政府が1億ドルを用意し、10社を設立したもので、民間側は政府出資額の1.5倍の資金を集めることとされたため、各VCの規模は2,000万ドルから2,500万ドルで、政府の割合が約40%となった。このYozmaプログラムの大きな成功の原因は資金導入もさることながら、米国のVCを参入させたことにより、イスラエル側がVCの運営ビジネスを学ぶことができたことである。また、さらに民間側に魅力的であったことは、Yozmaプログラムで設立されたVCを5年後に民間側で当初決めた金額(政府出資額とその利子相当額)で買い取ることができるとしたことである。すなわち、その間の利益はすべて民間側の収入となり、政府はリスクのみを取るというものであった。これらのVCは現在30億ドルを運用し、数百のスタートアップ企業を支援している。これ以外にできたVCと合わせると、総運用資金は100億ドル以上となっており、このプログラムがイスラエルのハイテク産業の離陸をもたらしたことは明らかである(統計によれば、1,844人当たり1つのスタートアップが存在)。

発展の礎をなすユダヤ人の特質、社会システムと国際政治状況

20世紀の最後に加速化したグローバリゼーションの急速な展開に伴い国際的競争力の強化が不可欠とされているが、全ての国がその取り組みに成功しているわけではない。それは政策運営が比較的容易とされる人口の少ない国でも同じであり、成功している国としてはイスラエル、シンガポール、韓国、スカンジナビア諸国、アイルランドなどが挙げられる。その中でも昨今の経済危機の影響も少ないと言われるイスラエルはどのような特質を備えているのであろうか。

第1は、教育である。ユダヤ人は故国を失って以来その歴史において常に迫害を受け、土地を所有することができなかったため支配者と農民の間に立ち金融に手を染めることが多かったが、そこで収益を上げるとまた排斥されるという歴史を繰り返した。そこで、取り上げられることのないものへの投資、すなわち頭脳への投資を最重要と認識することとなった。現在でも、米国の人口のわずか2%、600万人しかいないユダヤ人が米国に影響力を与えているのは、その教育程度の高さと言われている。第2は、国防軍の存在である。イスラエル国防軍の情報技術のレベルは高く、約3年の徴兵期間中に得た能力を民間で発揮することは当然と考えられている。特にソフトウエアのプログラミングなどのレベルは高く、暗号をはじめとする電子機器の高度化と直接につながっている。国防軍はさらに、高校卒業時にレベルの高い学生を見いだし、大学在学時の費用を軍が持ち、卒業後5年程度勤務させ、軍にとって全く新しい知識開発に挑戦させるというシステムを設けている。このプロセスを経て除隊する人が年に1,000人近くいると言われており、これらの中からスタートアップを起こす例も多い。これらの人々はもともと個人としての能力がある上に、国防軍に所属中に、チームとして働く力、リーダーシップ、コミュニケーション能力、失敗やリスクへの考え方、分野に縛られない能力、瞬時の判断能力を磨くことができる上に、ネットワークも作ることができるので、国防軍はいわば起業家養成機関の様を呈している。第3の要因は旧ソ連の崩壊とそれに伴う100万人規模でのユダヤ人の帰還である。旧ソ連における科学技術教育のレベルの高さとこれらの人々の社会主義忌避の傾向である。これらの要因が絡み合い、イスラエルは世界にも類をみない起業王国を築くことになった。

イスラエルの今後

世界の経済危機の影響を超えて発展を続けるイスラエルの科学技術の未来は明るい。それは未来を担う若者の教育に成功しているからである。一例を挙げれば、EU(欧州連合)が第7次枠組計画(2007-2013)で導入した極めて優秀な若手研究者を支援するグラント(イスラエルは応分の費用を負担し、EU加盟国と同じ資格で参加している)の取得状況を見れば一目瞭然である。このグラントでは、域内で研究しようとする世界中の若手研究者が応募できることになっており、選抜された研究者は自分の研究したい研究所を選べることになっている。これは裏を返せば、良い研究環境を提供する研究所には世界中から有能な若手研究者が集まるというシステムである。2009年までの2回の公募で選ばれた若手研究者が研究実施場所として選んだ機関をみるとフランスの国立科学研究センター(CNRS)、ドイツのマックスプランク研究所を除いた場合、上位研究実施機関はケンブリッジ大学(12人)、オックスフォード大学(11人)、エルサレム・ヘブライ大学(11人)、インペリアル・カレッジ・ロンドン(9人)、ロンドン大学(9人)、イスラエル・ワイツマン研究所(8人)、テクニオン・イスラエル工科大学(7人)、スイス・ローザンヌ工科大学(7人)という驚くべき結果となっており、イスラエルの教育・研究レベルの高さをうかがい知れる。選ばれている研究者にユダヤ人が多いことは自明である。なお、ここにも出てくるワイツマン研究所の創立者ワイツマン(初代大統領)は、その発明したアセトン製造法が第一次世界大戦において爆薬製造で英国海軍に貢献し、これが英国がイスラエル建国に賛成する一因となったとも言われている。同研究所は米国のバイ・ドール法よりずっと早い1959年には技術移転会社Yeda(ナレッジの意)を設立し、現在の年間収入は米国の最上位大学に匹敵している。

イスラエルの経済発展を描写した「START-UP NATION」*1によれば、21世紀を乗り切るイスラエルの戦略を一言で言うと、世界の“an idea factory”となるというものであり、そこでいうアイデアも、過去における、特許権システム、研究大学システム、ピアレビューによる競争的資金システムに匹敵するようなメタアイデアの創出が鍵を握るとしている。さらに、来るべき世界の市場革新につながる起爆的要因として、2007年のダボス会議でのペレス国会議員(現大統領)、シャイ・アガシ氏(ベタープレイスCEO)、カルロス・ゴーン氏(ルノー・日産CEO)の合意により進行しているイスラエル全土の電気自動車化作戦を注視していく必要がある。

 ●参考文献

科学技術・イノベーション動向報告 イスラエル編.独立行政法人 科学技術振興機構 研究開発戦略センター,2010.

*1
Dan Senor ; Saul Singer,START-UP NATION :The Story of Israel’s Economic Miracle, Twelve Hachette Book Group, 2009 ,320p.