2011年8月号
連載 - 大学の社会貢献・産学官連携 三重モデル
第6回
ゼミで地域中小企業経営者に「考える場」を提供
顔写真

西村 訓弘 Profile
(にしむら・のりひろ)

三重大学大学院 医学系研究科
教授、社会連携担当・学長補佐


ゼミに中小企業経営者らが集まり夜遅くまで議論する。地域産業界を引っ張る社長たちに「考える場」を提供し、地域産業が元気になることは地域住民に雇用の場を提供するばかりでなく、社員教育を通して住民の意識を高めることにもつながる。地方国立大学の役割は大きい。

三重大学の著者の研究室には、毎週金曜日の夕方6時から地域企業の経営者らが集まってくる。著者が主宰している研究室ゼミに参加するためである。この研究室ゼミは、4年前に著者の研究室に7人の経営者が社会人入学したことを端緒とし、社会人大学院生が自分の研究成果を報告し、意見交換を行いながら次の研究へと結び付けることを目的に開始した。今では、この研究室ゼミに、著者の研究室に所属する大学院生に限らず、地域イノベーション学研究科に入学した社会人大学院生、地方自治体の関係者、社会活動に関心がある医学部生、三重大学の教員など、多種多様な立場の人々が自由に参加している。単なる研究成果の報告ではなく、提起される課題に対して、2時間、3時間と夜遅くまで議論をしながらそれぞれの考え方(哲学)をぶつけ合う場となっている。

地域社会と地域企業と地域大学の関係

上記の研究室ゼミに集まる面々は実に多彩だ。

阪神大震災で社屋を失い再建のために三重県に移住し、業界では先駆的な外用薬の受託製造のビジネスモデルを確立することで日本経営品質賞を受賞した万協製薬株式会社の松浦信男社長、「おにぎりせんべい」で全国ブランドを確立し、老舗企業として伊勢市の活性化に取り組んでいる株式会社マスヤグループ本社の浜田吉司社長、倉庫業から医療用マスク製造販売までを行う複合経営企業である株式会社サカキL&Eワイズの榊宏之社長、三重トヨタ自動車株式会社を一橋大学ラクビー部で身に付けた根性で引っ張る竹林憲明社長、200年企業である伊勢ひじき本舗の10代目として新たな事業に挑戦している北村物産株式会社の北村裕司専務、規制改正に苦しみながらも独自の製品開発を続ける株式会社中部メディカルの落合穣社長、国内の高級羽毛の洗浄・販売のほとんどを取り仕切っている河田フェザー株式会社の河田敏勝社長、医薬品・化粧品・冷却シート等を製造するダイヤ製薬株式会社の守金大蔵社長、ビジネスコミュニケーション能力の社員研修を行う株式会社Will Staffの長谷川聡子社長などだ。

最近は次の世代として、志摩環境事業協業組合の宝門豊部長、株式会社伊勢萬の中山育之専務執行役員、高田短期大学の杉浦礼子准教授らが加わっている。

こういった三重県地域の産業界で頑張っている若手・中堅の経営者たちが、なぜか三重大学に集まってくるようになった。研究室ゼミを開始してから約3年が経ったが、例えば、万協製薬の松浦社長が日本経営品質賞に向けた準備を進める段階では毎週のように研究室ゼミで発表をしてもらい、夜11時ぐらいまで議論をした日もあった。マスヤグループの浜田社長には、毎回白熱する議論の中から日々の活動では得られない新たな気付きが得られるとの意見をもらっている。

著者は、三重大学に来る以前は、札幌市で創業したバイオベンチャーの社長であった。北海道大学、小樽商科大学の教授と設立した国立大学発ベンチャー第1号である株式会社ジェネティックラボの創設メンバーとして事業の立ち上げから、企業買収による新たな病理検査事業の構築などを行い、約60名の社員を抱える企業にまで仕上げた。その時の経験でもあるが、社長とは、全方位を見通しながら状況分析と決断を繰り返していく職業であり、最終判断は自分の責任で誰にも相談できないという孤独感と日々戦うことを体感した。著者が社長であった時には、自分が下した判断が60名の社員とその家族に及ぶという緊張感を常に感じていた。このような緊張感と孤独感は社長を経験したものにしか分からないと思う。恐らく、三重大学に集まってくる社長たちは、日々の経営者としての迷い、悩み、不安を解消し、自分の志を確認し、貫くための精神的なよりどころとして著者の研究室ゼミを活用しているのではないかと思う。

大きい「地域に根差した中小企業」の役割

地域社会を考えるとき、地域に根差した中小企業の存在は大きい。地域企業は地域住民に雇用の機会を与えるだけでなく、地域住民が地域に住み続けるための生活基盤を提供することで地域の文化と伝統の継承に役立っている。大企業工場の誘致を否定するわけではないが、数百人が働く大工場を誘致したとしても、就労者が大都市圏からの派遣労働者が中心となっている現状、また経済状況では数年で撤退することもあるなど、必ずしも地域社会での安定雇用にはつながらない場合がある。

これに対して、例えば地域に根差した中小企業で100人の従業員の雇用があれば、家族を含めると400名程度の地域住民の生活に関与することが想定できる。このような地域企業が10社でも安定的に事業が継続できれば――例えば万協製薬が位置する人口1万5千人程度の多気町であれば――かなりの住民の生活を守ることになる。それ故に、地方大学が地域企業を支援することは重要であり、このような地域での役割を果たすことを目的として、地域産業界と連携した研究・教育の実施に特化した「地域イノベーション学研究科」を三重大学は平成21年に立ち上げた。地域イノベーション学研究科の設置当初は、地域企業が必要とする人材の養成と地域企業の次なる発展につながる技術開発の支援を強化することが大きな目的であったが、設立から3年目を迎えて振り返ると、地域産業界をけん引している悩める社長たちに考える場を提供する役割も果たすようになっている。

地方国立大学には、地域企業に対して、社員教育での連携、新製品開発での連携を行うことに加えて、社長が考える場を提供することで、地域企業が不足している部分を補完する役割がある。また、地域企業には、地域住民に雇用の場を提供するばかりではなく、従業員の社員教育を通して地域住民の意識レベルを高めていく役割もある。このため地方国立大学が地域企業の社長に対して「考える場」を与えることは、社長の持つ志(哲学)を高めることになり、社長の意志に影響される社員(地域住民)の成長にまで寄与することにもなる(図1)。

図1 地域社会と地域企業と地域大学の関係

図1 地域社会と地域企業と地域大学の関係

真に意味のある産学官連携の実現に向けて

本連載を開始した最初の号で、企業、大学、行政は、目的が異なる存在であり、そもそも同じ方向を向いて活動を行っているわけではなく、相いれる関係にはないと述べた。また、違う方向を向いている企業、大学、行政が、目標・課題を共有化することで連携関係が生まれ、共通の背景を共有したときに強い推進力が得られることを説明した。このように形成される強い推進力を持った産学官連携が、閉塞感に陥っている地域社会を改革し、地域全体が前を向いていくための原動力になると著者は確信している。

三重大学は、平成16年度の法人化後、三重県地域に存在する唯一の総合大学として地域社会に貢献することが重要な役割であると認識し、それを実質化するために、「産学官連携の担当部門」を教育・研究部門と実質的に対等な学内組織とする取り組みを行ってきた。具体的には、これまでの連載で紹介したように「社会連携研究センター」(平成16年度)、「地域イノベーション学研究科」(平成20年)、「地域戦略センター」(平成23年度)の設置とその機能統合である。

並行して行ったことは、三重大学における産学官連携の目的を明確にし、大学構成員ならびに地域社会で共有させることである。具体的には、平成16年の法人化に伴い産学官連携の目的を「地域産業の成長を支援することで地域と共に発展する」と明確化し、学内外に対して発信してきた。地域イノベーション学研究科の設置時には、地域産業界の重鎮を「客員教授」として招へいし三重大学における教育に参画していただくことで、地域産業界を強引に大学運営に巻き込んだ。また、地域シンクタンクとして地域戦略センターを設置することで、地域行政機関と協働できる体制を整え、大学と行政との間の風通しを良くした。

さらに、著者は、このような体制整備、仕組みづくりを推進するための根幹として、地域で活動する人々が分け隔てなく集まり、協働作業を行う「たまり場」になり得る地域内の唯一の機関は「地方国立大学」であるという認識を持っている。このような考え方に立って、地域に開かれた大学になることを実践し、地域のたまり場としての三重大学の存在価値を地域内に浸透させてきた。


連載でも最初に触れたが、三重大学は、平凡な県の普通の地方国立大学であり、特別な予算支援を受ける機会に恵まれてきたわけではない。ただ、全国から見れば普通の地方国立大学であるが、三重県地域にとっては県内に存在する唯一の総合大学としての役割が期待されている。三重大学はその声に応え、法人化後は地に足の着いた取り組みを地域行政、産業界と協力しながら地道に行ってきた。三重大学は、地域に必要とされる大学として存続するために、これまでに確立した地域内の強い産学官連携関係を活用することで地域に貢献する取り組み(三重モデル)を、これからも継続し、高めていくつもりである。

(本連載は今回で終わります)