2011年12月号
特集 - 市街地対策・まちづくり 学の貢献
「まちなか研究室」から「こみゅに亭カフェ」へ
―横須賀市追浜地区における試み―
顔写真

昌子 住江 Profile
(しょうじ・すみえ)

NPO法人アクションおっぱま
理事長/元 関東学院大学 教授


大学の研究者が商店街の中に設ける「まちなか研究室」。空き店舗活用を目的とした行政の助成制度を活用すれば開設は容易だが、賃料補助には期限があるため、自立するには独自の資金が必要である。そこで、ワイン醸造への挑戦が始まった。

まちなか研究室の誕生まで

今では、大学の研究室が商店街に進出することも珍しくはなくなったが、私が関東学院大学教授の時、横須賀市追浜(おっぱま)地区で空き店舗活用の「まちなか研究室」を始めたのは、2004年10月であった。

すでに2002年度から「地域に出て地域に学び、地域の課題に対してコミュニティビジネスとして提案してみよう」という演習(まちづくり起業入門)を始めていたが、最初の年は共通のフィールドを定めなかったので、発表会を終えたものの授業の成果が拡散してしまったような印象があった。2003年度はフィールドを定めようと考えていたところ、紹介する方があって大学に隣接する横須賀市追浜地区を対象地域に選んだ。この地域で継続して演習を行うとともに、地域活性化のために地元の人々と活動を行うには「拠点」が必要ということで、「まちなか研究室」の設置を目指したのである。

追浜(おっぱま)というまち

追浜は横須賀市の北部にあり、横浜市に境界を接している。ちなみに関東学院大学は横浜市側にある。人口約2万9千人(2011年住民基本台帳)、面積約7.1平方キロメートル(追浜行政センター管内)で、海側には日産自動車株式会社、住友重機械工業株式会社など日本を代表する大企業や独立行政法人海洋研究開発機構などが立地し、山側には湘南鷹取の良好な住宅地が広がる。縄文遺跡として全国的に知られる夏島貝塚、伊藤博文の別邸跡近くの明治憲法起草の地の碑と、歴史的遺産にも事欠かない。かつては海軍航空隊や海軍航空技術廠があったため地下壕等戦争遺跡も残る。一方、同じ地域内の鷹取山ではロッククライミングができるなど多様な顔を見せるが、残念ながらこれらの資源がバラバラでうまく活かされていないという印象であった。

ワイナリー付き研究室の構想
写真1 演習の様子

写真1 演習の様子

2003年度の演習が始まった(写真1)。学生たちはさまざまなことを学びながら、最終報告会を迎えた。彼らの提案の中に、海洋深層水を利用したワイナリーがあった。商店街の活性化を狙った空き店舗活用には、多くの地方自治体が助成制度を持っている。追浜地域でも神奈川県、横須賀市とも同じような制度を有する。ただし、多くの場合は賃貸料の3分の1程度で期間の制限がある(神奈川県、横須賀市とも24カ月)。助成期間を越えて空き店舗をまちなか研究室として維持するためには、独自の資金源が必要である。それが、地域の特産品として愛好されれば一挙両得、というわけであった。

写真2 横須賀おっぱまワイン

写真2 横須賀おっぱまワイン

ぶどう畑を持たないワイン醸造は濃縮果汁を使用することになるが、ただ濃縮果汁だけでは糖度が高過ぎる。これを緩和するものとして、海洋深層水が候補に挙がった。海洋深層水*1は、追浜の海洋研究開発機構での研究が世界的に有名であり、これを活用すれば追浜らしいワインとなる。学生たちはこうした条件のもとに「横須賀おっぱまワイン」(写真2)を提案した(ちなみに地域名を冠したワインは他にもあるが、多くは企業に醸造を委託している)。

幸い地元の方々にこれらの提案が好感を持って受け入れられ、空いていた居酒屋を改修した「追浜こみゅに亭&ワイナリー」の開設が決まった。

「追浜こみゅに亭&ワイナリー」開設

「追浜こみゅに亭&ワイナリー」は、大学の演習や研究室の学生の地元研究の拠点、地元の方々には独自企画の研究会やまちづくりの会合に利用することができる。ただし、大都市の商店街では空き店舗といえども賃貸料は安くない。相場が坪1万円/月、実際には月15万円かかる。これに対し収益はワイナリーの他、地域連携の試みとして、山形県白鷹町の農産品を入れた。なぜ白鷹町かと言えば、独自の農法で頑張る農家の支援をしたいという声があったからであるが、商店街の八百屋さんと品物が競合しないための配慮もしている。これらの収入により、施設の維持管理を図ろうとした。

なお2007年からはもう1店舗借り、醸造施設を移転させた。これにより、空いた場所に懸案だった喫茶・軽食コーナーを設置した。これは、商店街に一息つく場がほしいという利用者の要望に応えたものだが、そのために賃貸料はほぼ倍になった。

ワインづくりには醸造器の購入等もあるので、初期投資のためとPRを兼ねてワインのサポーター制度を設け、一口1万円でまちの方々に支援してもらった。かなり話題を呼んで300口ほど集まった。一方で、商店街ワイナリーは前例がないということで、醸造免許が下りるのに8カ月を要したため、「横須賀おっぱまワイン」の完成は、2005年5月であった。

これの醸造は商店街と地元住民の有志が担っている。住民有志の多くは、定年退職で地元に戻った方々である。「一緒にワインを造りませんか」というチラシを配布したところ、これを見て退職後何をしようかと迷っていた方々が集まって来たのである。みなさんボランティアで醸造している。素人ばかりなので、醸造技術を学ぶのには相当苦労したと聞いている。

ワインは現在フルボトルで1,300円(サポーター価格1,100円)である。素人ながら研さんを積んだ成果が表れて、当初よりだいぶ美味しくなったと多くの方から言われるようになった。

商店街から地域へ 学生たちの演習課題の展開
写真3 土木計画学公共政策デザインコンペの様子

写真3 土木計画学公共政策デザインコンペの様子

演習を続けてくると取り組むべき課題が、商店街から高台の住宅地、海側の工場地帯へと広がって行く。2006年が明けて演習と発表会を終えたころ、公益社団法人土木学会から第1回土木計画学公共政策デザインコンペの案内が来た。幸い6月に行われた同コンペ・プレゼンテーションで優秀賞を獲得した(東北大学で開かれた2006年度土木計画学研究発表会春大会において)(写真3)。

2007年になると、東京湾第三海堡の保存問題が浮上した。東京湾には、明治から大正期に造られた3つの海堡(海上要塞)がある。いずれも当時東京防備のために建設されたものである。そのうち第三海堡が完成直後の関東大震災のため大破し、戦後は東京湾の船舶航行の増加とともに、航行障害物件となっていた。2000年からの第三海堡遺構撤去と航路確保事業により、観測所等のコンクリート構造物が追浜展示施設(東亜建設工業株式会社用地内)に置かれていたが、航路確保事業終了とともに廃棄されるという話が伝わった。なんとかこれを追浜に残し、歴史遺産としてまちづくりに活かしたいとの声が上がったため、関係する国土交通省東京湾口航路事務所、横須賀市役所等と交渉を続け、また専門家を招いてシンポジウムを開催するなどの活動を行った結果、追浜地区内に保存され、活用は地元に託されることとなった。

コミュニティ店舗の可能性と課題
写真4 こみゅに亭カフェ

写真4 こみゅに亭カフェ

第三海堡保存問題を機に、私自身は関東学院大学を退職し、地域まちづくりを中心として活動することとなった。これまで地域の活動は任意団体として行ってきたが、NPO法人アクションおっぱまとして、2009年2月神奈川県の認証を受けた。現在は追浜地域のまちづくり、特に歴史遺産を活かしたまちづくりや、多世代の交流を図るまちづくりを活動の中心にしている。

「こみゅに亭&ワイナリー」は移転改装で2倍近くの広さの「こみゅに亭カフェ」に衣替えした(写真4)。

写真5 活動の一環として理科実験教室を開催

写真5 活動の一環として理科実験教室を開催

大学との関係では、今度は外からの協力ということで、演習実施の協力やインターシップの学生を受け入れている。また、地域に住む多様な大学の学生が地域活動の拠点として利用しており(写真5)、今後とも新しい展開が期待できる。拠点の維持は財政的に困難を伴うが、やはり地域まちづくりに拠点の維持は必要であると痛感している。

*1
なお、海洋深層水は三浦市油壺にあった(株)DSWが取水中止となったため、現在は横須賀市の「自然水 走水」を使用している。