2012年1月号
特集2 - 復興に大学の力 2
岩手大学
被災動物移動診療車「わんにゃんレスキュー号」の活動
顔写真

佐藤 れえ子 Profile
(さとう・れえこ)

岩手大学 農学部附属動物病院病院長、小動物内科学研究室教授


東日本大震災の津波は多くの人命を奪い水産業を崩壊させただけでなく、多くの動物たちの命も奪っていった。岩手県の津波被害にあった地域は平野が少なかったため、飼育動物の多くが死に、救護されたものは比較的少なかった。それに比べて平野部の多かった宮城県では数多くの被災動物が保護されるとともに、避難所に避難した人々の飼育動物を一時的に預かる救護シェルターが建設され、獣医師とボランティアによって運営されることとなった。福島県では放射線の影響で、多くの動物たちが取り残された。一部は保護されて譲渡会などを通じて新たな飼い主へと引き取られたが、その数はわずかだった。
このような違いはあるものの、家族としてともに生きてきた動物たちの死が、多くの被災者の心に深い陰を落とし、一方で、家財道具には目もくれず、命をかけて動物たちを抱えて津波から逃げ切った人たちにとっては、彼らが今を生き抜くための心のよりどころとなっている。

岩手大学は被災県の大学として、被災直後から大学を挙げて災害復旧と復興に協力してきた。4月1日に岩手大学東日本大震災復興対策本部(本部長・藤井克己学長)を設置し、その指揮下に各部門と班を編成して支援作業に取り組んできた。私たちの農学部附属動物病院は地域復興支援部門の支援班に所属して、被災動物救護・被災地支援・被災者の精神的回復支援ならびに畜産復興支援の目的で活動を行った。

わんにゃんレスキュー号の移動診療

私たちは、何とか被災動物たちを救護できないかと検討を続け、本学動物病院の産業動物用検診車を活用することにした。この検診車を移動診療車「わんにゃんレスキュー号」と名付けた(写真1)。移動診療に向かった先は、盛岡市から片道3時間半を要した岩手県最南端の地域である。この地域は内陸からの応援がなかなかたどり着かなかったし、最も人口の多い大船渡市の動物病院は津波被害により休診していた。

写真1 わんにゃんレスキュー号

写真1 わんにゃんレスキュー号

移動診療を始めたのはガソリン供給不足が解消し、道路もある程度通行できるようになった4月に入ってからであった。わんにゃんレスキュー号は運転者を含めて8人乗りで、発電装置を備え、血液の自動分析装置も常備している。この車に機材と支援物資を詰め込み、獣医師と動物看護士、学生が一緒に沿岸を目指した。当初被災地での安全性の確保が不透明であったため、学生の参加は見送ったが、その後加わった。避難所にいる人々に、移動診療の情報が伝わりにくく(テレビや新聞などを見ることができない)、知らない人が多かったが、ホルスタイン柄の白黒に塗られた大型検診車は人々の注意を引き、次第に知られるようになった。

被災地での救護活動
写真2 移動診療会場

写真2 移動診療会場


  写真3 診療の様子

写真3 診療の様子

わんにゃんレスキュー号は4月1日から5月18日まで5回派遣し、延べ131頭(犬100頭、猫30頭、その他1頭)の診療(写真2、3)と、支援物資の輸送・支給を行った。

まだ雪の舞う野外での診療にもかかわらず、多くの被災者が動物を連れて移動診療の会場で診療車が到着するのを待っていてくれた。

多かったのは、慢性的な病気で内服薬が必要な伴侶動物を抱えている人々で、内服薬や処方食の需要が高かった。また、皮膚疾患、爪切りや外耳炎、肛門嚢の処理などの日常的な獣医療の要望が多かった。津波と避難生活の長期化により、動物が神経質になり、下痢も目立った。加えて、高度な診断や外科的処置の必要な症例もあり、後日大学でのCT検査と外科手術を行った例もあった。その中で、津波で大腿骨の開放骨折を起こした猫を動物病院に搬送して外科手術を実施し、継続入院とリハビリテーションを継続した。大学の附属病院では日常的に紹介症例に対する二次診療を実施しているが、被災地の現場ではこのような一次診療の実施が緊急の課題となっていたのである。

被災した方々は誰かに自分の動物の健康状態を話すことができて、一時的ではあるが安心した表情をされる方が多かった。その伴侶動物が「津波で流されたお父さんの形見だから病気にさせるわけにはいかない、長生きして欲しい」という強い願いや、「津波が来たとき、銀行の通帳もハンコも取らないで、この子だけを抱えて走ったんだ」という方もおられ、その表情はとても満足そうであった。過去に大きな津波に繰り返し襲われてきた三陸には「てんでんこ」という思想がある。津波から逃げるときには振り返らずそれぞれが自分で逃げ切って命を守っていかなければならないということなのだが、多くの飼い主が自分の動物たちを助けに自宅に戻ったと考えられる。取るものも取らずに、とにかく動物たちを助けて一緒に走ったのである。そのようにしてともに逃げ切ってきた動物たちは、被災後の苦しい生活の中で、被災した方々の心のよりどころとなっていると強く感じた。

一時預かり・里親ボランティアの募集

私たちは移動診療とともに、被災動物の一時預かり・里親ボランティアの募集も行ってきた。約2カ月で県内外から358名の応募があり、遠くは九州や沖縄からの問い合わせも届いた。しかし、これらのボランティアリストは、岩手県ではあまり利用されなかった。主な原因が、被害が大き過ぎて救助された動物の数が想像していたよりも少なかったこと。また、前述のように動物と一緒に逃げ延びてきた人々は、どんな環境になっても家族である動物を手元に置いておきたいと強く願っていたこともあった。従って、どうしても離れなければならなくなると、地元の方に「一時預かり」をお願いする場合が多かったのである。

このボランティアリストはボランティアの皆さまにご理解をいただいた上で、宮城県や福島県の避難動物の一時預かりや里親の縁組みに提供させていただいている。この中から、何組かの里親が決まって、被災動物たちは新しい家庭に引き取られていった。

また、岩手大学農学部附属病院では7月から9月までの間に、被災したご家庭から被災アヒルの一時預かりも実施した。アヒルは動物病院の中庭で学生さんたちによって飼育され、職員の方からビニールプールをプレゼントされて満足そうであった。今回の救護活動では犬、猫以外の動物は数少なかったが、その1例である。

今後の支援活動

6月から大学の実習が始まり、移動診療車は本来の集団検診車として牛群検診に使用されている。しかし、被災地からは、その後も時々、移動診療の依頼が届いている。今後、継続して実施するためには、専用の移動診療車が必要となるが、私たちの活動に賛同してくれた飼料・食品総合メーカーから小動物専用の移動診療車が寄付されることになっている。

被災地の復興は何年かかるか分からないが、今後も獣医療を通じた被災地支援を継続してゆこうと考えている。そして被災して打撃を受けている沿岸の獣医療の底上げのためにも、今後は沿岸の拠点病院への学術的支援が大学の大きな責務になってくるものと思われる。移動診療や被災地での症例検討会・学術セミナー開催など、これからも拠点病院と連携しながら支援事業を継続していきたい。これらの支援事業は1つの大学だけでなく、全国的な取り組みとして獣医学関係者全体で行われる必要がある。それと同時に、国民の一人一人が今回の震災のことを忘れずに、息の長い支援をすることが重要であると思う。