2012年9月号
特集 - 新産業創造
大阪大学産業科学研究所 特任教授 川合知二
技術の解決課題を軸にロードマップを描け

1946年神奈川県生まれ。1969年東京大学理学部化学科卒業。東京工業大学助手、国立分子化学研究所助手、大阪大学助教授を経て、1983年大阪大学産業科学研究所教授、2004年から同所長、2006年日本学術会議連携会員、2007年大阪大学総長補佐、2010年大阪大学産業科学研究所特任教授。現在、国が創設した最先端研究開発支援プログラム(FIRST)「1分子解析技術を基盤とした革新ナノデバイスの開発研究」に取り組んでいる。

次世代シーケンサー(ゲノム解読装置)をめぐって、世界の研究者がしのぎを削っている。より安価に高速に解読できる測定原理が見つかれば、「1000ドルゲノム」つまり約8万円で個人のゲノムを解読できる時代が来るからだ。そこには大きな医療市場が開かれている。ここに名乗りを挙げたのが、大阪大学産業科学研究所の川合知二特任教授だ。ゲーティングナノポア法といって、直径数ナノメートルほどの穴の中にDNAを電気的に引き込み、入り口部分につけた電極で「トンネル電流」を測定して、直接、ATGCという塩基の違いを読んでしまうのだ。現在、FIRST(最先端研究開発支援プログラム)で研究を重ねており、企業の方でも実用化に向けた取り組みが進んでいる。世界もこの方法に注目しているが、実際に作る技術が、まだ追い付いてこれない。日本の研究開発、技術開発の反攻体制を整えるためにいったい何が必要なのか、川合教授にお聞きした。

(聞き手・まとめ:松尾義之)

1分子解析技術でDNA解読

―川合先生はさまざまな研究テーマに取り組んでおられますが、特にFIRST(最先端研究開発支援プログラム)においては、どんな研究を進めておられるのですか。

川合 総合科学技術会議は今、ライフとグリーンという大きな柱を立てて研究開発を推進しています。その中で、われわれのテーマは、ライフの中の予防診断の研究と位置付けています。ライフには3つの重要な分野というか視点があると考えます。1つ目は、とにかく病気にならないこと。そのために、可能な限り早く予防したり診断したりする。

2つ目は、不幸にして病気になってしまった場合は、なるべくその場所だけを治すこと。例えばDDS(ドラッグ・デリバリー・システム)のような治療法です。それでもどこかが欠損してしまった場合は、3つ目として、再生医療で元に戻す。

僕自身は、この中の1番目と関わっています。インフルエンザにしてもがんにしても、自分の体が持っている遺伝的な傾向をなるべく早く本人が理解しておくと、病気にかかるのを防いだり、かかったときに有効な治療に結び付けたりすることが可能になりつつあります。医学では長い間、予防診断が重要だという主張がなされてきました。これを今やろうとするのが、全ゲノム解析、つまりその人の全てのDNA塩基配列を分析しようというものです。ただし、現段階では、何百万円とか金額がかさむわけです。インフルエンザ・ウイルスの解析なども、予防や治療を考えるときに重要ですが、やはりコストの問題があります。こうした中で、ナノテクノロジーの技術を使って、DNAやRNAをなるべく高速に、しかも少ない試料で分析できるようにしたい。そのための技術開発、あるいはその原理を見つけることがFIRST(最先端研究開発支援プログラム)におけるわれわれのプロジェクトの目的です。

この考え方を分かりやすく明確に提示するために、「1分子」という言葉を使っています。ともかくDNAが1分子あれば、端から端まで一挙に読めてしまう技術です。例えばRNAが発がんと関連していて、そのRNAがちょっとでも増えたら警告できる、しかもそれを本当に少量の試料ですぐに判定できる、そんなデバイスを開発したいと考えています。

だから、研究タイトルは「1分子解析技術を基盤とした革新ナノバイオデバイス」とうたっているのです。

―調べる対象が1分子で十分ということは、ちょっと想像を超える技術ですね。

川合 皆さんがそう思われますが、1分子という意味合いを誤解されているのではないかと思います。1分子というと、アボガドロ数つまり、10の23乗個という膨大な数の分子の中の1個というイメージがあると思いますが、僕らの体の中では、結局のところ、全ては1分子でやっているのではないかと思います。例えばリボソームは、本当にアミノ酸を1分子ずつつなげていって、タンパク質を作っているわけです。細胞の数は多いけれど、基本的には1分子ずつ作っている。これと一緒で、僕らの分析器もすごく小さいんです。小さいけれど1000個、1万個とあって、それら全体として、大量の分子を一度に分析できるわけです。しかし基本は1分子ずつ。

1分子で解析するということ自体は、体の中で本当に普通に行われていることです。だから、特別不思議なことでもない、と常日頃言っています。たぶんみんなが大変だと思うのは、太平洋みたいな海の中で、どこかにある1分子を探すようなイメージを持っているからかもしれません。これだと大変です。

―太平洋に1個だったら病気も起きませんね。1分子とはいえ、かなりの量があるというわけですね。

川合 実際には、いろいろな濃縮技術を使って、発見頻度を高めていきますが、非常に少なくて、小さな体積の中に1つの分子しかなくても、それを見つける技術です。

―今、次世代のDNAシーケンサーとかが登場し、1分子ずつつかまえるなんて話も出ていますね。

川合 ええ。まさにDNAシーケンサーに使える技術を、われわれは開発しているわけです。ヒトのDNAをほぼ全部読んでしまう作業は、2001年から2002年あたりで完成しました。そのために、米国だけでも3千億円と13年間がかかったと推定されています。しかしその後、解析技術(シーケンス技術)はどんどん進んできました。今アメリカでは、「1000ドルゲノム」つまり、8万円出せばあなたの全ゲノムを読んであげます、という時代を実現しようと研究開発が進められています。

それがどんどんエスカレートして、最近では100ドルでできる、というのも出てきた。本当に100ドルでできるのか、これはかなり怪しいと思いますが、僕の正直な気持ちとして、8万円だったらまだ高いという人が多いと思います。でも、その半分の3~4万円ぐらいなら、多くの人がお金を出すのではないか。もし1万円だったら、人には教えないで自分だけ知っておくために、お金を出すと思います。

―100ドルだ、1000ドルだと言えるレベルまで、本当に技術は進んできているのですか。

川合 ええ、どんどん進んでいます。世界中の研究者が、みんな1分子に向かっているんですよ。そうした中で、僕らは細い穴にDNAを入れて、それをトンネル電流で識別するという方式で研究開発を進め、技術レベルでは世界で最も進んでいると評価されています。

―それには、パイプみたいなものを用意するのですか。

川合 そうです。まずシリコンならそこに穴を開ける。DNAが何個か液体の中に入っていて、穴の電極に電場をかけると、DNAは電場に引かれてスルスルと、まるでミミズが穴にもぐり込むみたいに入っていく。入ってきた入り口のところに、1ナノメートルぐらい離した電極を置いておき、そこのトンネル電流を常に観測しています。ですから、DNAが入ってくると、それを検知できるのです。しかもそのとき、ATGCの違いでトンネル電流が変わってくるので、それで4種類の塩基の違いを読みとることができる。そういう解析法です。

―穴に落ちるスピードは重力とは無関係ですか。

川合 電場に引かれて穴に入っていくのです。DNAというのはマイナスを帯びているので、穴の反対側をプラスにしておくと、それに引かれてスーっと入ってくるのです。

―入ってくるDNAは短く切ってあるのですか、それとも長いままですか。

川合 原理的には相当長いものまでできると思いますが、今僕らがやっているのは、比較的短く切っています。

―ATGC4種類の違いは、本当にトンネル電流だけで判別できるのですか。

川合 ええ、そうです。もう少し詳しく言うと、ATGCって、一応違った分子ですよね。違った分子だから、違ったエネルギーレベルを持っている。実は、電極のエネルギーレベルとその分子のエネルギーレベルが近ければ近いほど、流れるトンネル電流は大きいのです。グアニンというのが一番壊れやすくて酸化されやすいものですから、このトンネル電流が一番大きい。次にアデニン、チミン、シトシン。GATCという順番で、電流の大きさが変わりますので、それで読み取れます。

STM研究からゲーティングナノポア技術へ

―何か魔法みたいですね。これはどういうアイデアから出てきたのですか。

川合 僕自身は前から、DNAを平らに並べておいて、それをSTM(走査トンネル顕微鏡)の針の先で読む研究を、20年ぐらいやってきました。これはSTM分野の夢だったんですが、誰もうまくいかなかった。しかし、20年かけて僕らが成功させた。その方法を利用したのです。STMによる観察では、DNAの上に針を置くわけですが、今言ったDNAを穴に入れて測る方法は、それを横にして通すだけで、トンネル電流という意味では同じなんですよ。これは今、「ゲーティングナノポア」と呼んでいますが、新しいアイデアじゃなくて、ずっと昔からのやり方をタテからヨコに変えただけなのです。

―なるほど。STMのティップ(探針)を固定しておく。

川合 そうです、1ナノメートルとか2ナノメートルとかに固定しておきます。

―それで、トンネル電流の信号変化をとればいいわけですね。実用化試作機みたいなのはできているんですか。

川合 この原理を使って、東芝と東レとパナソニックが、それぞれデバイス開発を進めています。例えば東レですと、DNAの小さなものとかRNAを分析して、がん診断に使うことを目指しています。それから、DNAとRNAを分析して、ウイルスの診断にも使おうとしています。

―東芝や東レの機械はまだ売ってはいないのですね。

川合 売ってはいません。売るというのはすごく大変ですね。東レの「3D-Gene®」というのは一種のマイクロアレイで、これでDNAの検出ができますが、われわれは東レと何年も共同研究をしています。NEDOのプロジェクトでやり始めたのはもう10年ぐらい前です。それでやっと2、3年前から売り出して、幸い、だんだんと売り上げが伸びています。その後、やはり東レと一緒にやったマイクロTAS。これは小さな流路にサンプルを流して分析するものですが、製品が出るのは、来年とか再来年くらいになると思います。それだってマイクロアレイの後の2003~4年ころから始めたもので、もう9年経っていますね。

マイクロTASのTASというのは、トータル・アナリシス・システムで、小さなチップの中にいろいろな分析器を入れ込んでしまい、トータルに分析するようにしたものです。

―シリコン上に、例えばいろいろなキャピラリー(ガラス毛細管)を作ったりして、一発で診断する装置までいってしまえ、という感じのものですか。

川合 そうです。マイクロアレイの場合はガラス製です。マイクロTASの場合、たぶん来年とか再来年に出るものはポリマー、つまり高分子製になると思います。ただ、シリコン上に作る装置も研究しています。シリコン上のほうが安く大量にできるからです。

―このあたりの製品、例えばDNAシーケンサーなんかもそうですけど、残念ながらアメリカなど外国に押されていますね。今は光を使った方法ですが。

川合 そうですね。

―先生の場合はトンネル電流だから、そういう意味では、きちんと別の原理から攻めておられるわけですね。

川合 そうです。さっき言ったのですが、なぜゲノム解析が高価になってしまうかというと、DNAを光で見るために、光らせるものを入れたり、いろいろな試薬をたくさん使ったりするからです。それから、ある程度の量がないといけないので、増幅する必要がある。しかし、僕らの方法は、そうしたことが一切必要ないわけですよ。DNAは光らないわけだから、光るためにいろいろな修飾をしなきゃいけない。しかしわれわれの方法はそれが必要ない。米国立衛生研究所(NIH)も、われわれの方法が最も進んだ形であり、これが一番いい方法だと言っているのです。言っているけど、今まで誰も実現できなかった。

―縦の穴というのは、先生のお話からすると、やはり直径が1ナノメートルくらいになるのですか。

川合 縦の穴はもう少し広くてよく、例えば5ナノメートルとか10ナノメートルだと思います。

―それでも、10ナノメートルなんて細い穴を開けることはできるんですか。

川合 開きます。ほかの人はそれができなくても、僕らはできる。しかも、穴を開けた上に、さらに電極をつけました。

―マイクロファブリケーションとかの時代からすれば、直径10ナノメートルの穴というのは、信じられない細さですね。

川合 今はもう、単に穴を開けることならほかにもできる人がいます。でもそこに電極をつけることはできない。

―何か特殊なノウハウがあるわけですね。

川合 あります。それはまさに日本人に向いている能力ですね。ああいう細かいことがきちんと作れるのはやはり日本人です。

―でも、せっかくいいアイデアがあって、ある程度のものができるのに、事業化というのは厳しいのではないでしょうか。既存の市場もあるし、あるいは、国家を挙げてありとあらゆる裏の手段を駆使するところもあるようですから。日本はもう、無手勝流ではダメだと思いますね。

川合 先ほど述べた「1000ドルゲノム」というのも、アメリカ人らしいなと思うんですね。3千億円とか200億円とかかかっている時代に、10万円で読めますよという発想は、日本人にはなかなか出てこないんです。そういう大胆な目標が掲げられると、アメリカでは本当にやってしまう人が出てくるのですね。

次世代シーケンサーについては、米国の国立衛生研究所(NIH)が、ハーバード大学、カリフォルニア工科大学(カルテック)、カリフォルニア大学(UC)、それからアリゾナ州立大学、IBM、インテルなどに巨額の資金をまいて取り組んでいます。その中心技術がナノポア。これをどんどん応援しています。日本は、僕ら大阪大学のグループが一番大きなところです。

―普通のナノポア法というのは、どういうやり方なのですか。

川合 ナノポアという穴の開いたところにDNAミミズが入ってきます。そうすると一応穴がふさがれるから、そこを通る電流を見ていると違いが分かる。それがいわゆる普通のナノポア法です。

しかし、穴の詰まらせ具合だけで見るのは、実はすごく難しいのです。だからATGCの違いが読めていない。しかし僕らの方法は、トンネル電流で見ているので、実際に読むことができたわけです。だから、門(ゲート)がついたナノポアで、われわれの方法を「ゲーティングナノポア」と呼んでいるのです。

日本生まれの研究が、なぜ日本企業で実用化されないのか

―名前は大事ですよね。先生のこの技術が、日本のメーカーによって実用化されることを祈らずにはいられません。というのは、日本生まれの研究が、日本企業で実用化されないことが少なくないからです。東京工業大学の細野秀雄教授がアモルファス酸化物による透明半導体電極を作られました。しかし、日本企業に呼び掛けてもどこも手を挙げず、結局、それを実用化するのは韓国のサムスンです。

川合 確かに、細野さんの例もそうだし、それから産業技術総合研究所の湯浅新治さんによるトンネル磁気抵抗素子TMRもそうですね。マグネティックラム(M-RAM)という素子でよいデータを出しているんだけど、その技術で実際に作っているのは韓国のハイニックスです。ただ、この2つについては、僕は理由があるような気もします。それは、いずれも日本メーカーのシェアや力がどんどん落ちている分野ですね。だから仕方のない面もあると思うんですよ。

産学連携をやるときに大事なのは、本当に両者が必要としていることをきちんと認識し合うことだと思う。それなしにやると、大学のほうは、やったというアリバイ作り、あるいはちょっとした小遣い稼ぎの感覚にとどまってしまう。一方、企業のほうは、うまくできるならやりたいという態度です。今はもう、そんな余裕もないけど。いずれにせよ、両者に随分とすれ違いがあるように思うんです。

企業はニーズを隠さずに表に出して、「ここの部分を解決したい」とはっきりと大学側に示すべきです。研究開発でどの部分が困っているのか、ロードマップのどこを突破しないといけないのか、はっきりと示さないといけない。僕は大学の側にいるから分かりますが、包括提携協定を結んでも、実際にたくさんの企業と手を組んでいるので、まあ適当にやればいいじゃないか、となってしまうわけですね。

だから、企業は、将来の市場を見据えて、どこがカギであるかを納得させる必要がある。それが分かれば、大学側もやる気を出しますよ。その努力が足りないんじゃないかと思っています。

―その努力には、どんなアプローチの仕方があるでしょうか。

川合 2つあると思います。1つ目は、経営者側が、次はここらあたりが大事だよ、と社員にきちんと示すことです。そして2つ目は、現在使われているロードマップを作り変えることです。部長クラスにしても研究者クラスにしても、今の企業の人は、ロードマップを作っています。ところが、そのロードマップというのは、上司から「何年までにやれ!」と言われて、「それなら何年までにできますよ」と応えた形のロードマップでしかないのです。ほとんどがそうなのです。僕は幾つかの会社を見ているので分かるんです。何年までに開発をやると、何年までに製品化ができると言いますが、技術課題の解決に対するシナリオが抜けています。しかし、本来のロードマップというのは、そうではありません。研究開発にめどを付けるまでには、どのあたりに技術的に大変なことがあって、そこを解決すれば次に進めることができ、また、ある段階まで開発すればどこどこまで行く、というのがロードマップです。

―技術課題抜きで、時間軸だけのロードマップになっているという意味ですね。

川合 これではロードマップじゃないと思う。何が解決すればどこまで行くかを示すような、本当のロードマップに変えないといけない。

―今の日本の企業は、大きな落とし穴に入り込んでいる可能性がありますね。結局のところ、十分な意思疎通ができていない、目的の共通化ができていないということではないですか。

川合 そうです。大学の側とすれば、単なる時間ロードマップを見せられてもどうしようもないじゃないですか。どこを解決すれば進めますというのを示してくれたら、大学の人の知恵で、それはこの技術で行けます、となる。

研究者は当事者能力を取り戻せ

川合 僕は幾つかの会社の技術顧問の経験がありまして、社長や重役の立場で企業を見ることで、初めてそれが分かりました。それまでは、技術課題の議論は当然内部でやっていて、その上で、大学に接してきていると思っていた。ところが現実には、どの会社もほとんどそれをやっていない。ただ、上のほうからいついつまでにやれと言われて、適当に応えているにすぎないのです。

企業の側の問題を指摘しましたが、大学や国研の方にもやっぱり問題がある。日本の役所が典型例ですが、大学や国研にもやっぱり縦割りというのがあって、特にアメリカと比べるとそれが強いことが分かります。アメリカは個人主義ですが、何か1つ課題が与えられると、横と組んでやることが結構スムーズに行われているのです。ところが、講座制という伝統からなのか、残念ながら日本の大学では、自分たちの中だけに留め置くことが多いのです。

―わが国では、同じ大学の別の学科の人と共同研究することさえ少ない。大切なのは横のつながりですか。

川合 ええ。例えば有名なベル研究所に行ったときに見た光景ですが、研究者がお昼を一緒に食べているのでどんな話をしているか、耳をすましてみたのです。すると、彼らが話している内容というのは、「例の件は、今度こういうことでやりましょう」とかいった共同研究の打ち合わせばかりでした。

明確なコンセプトを立てて、包括提携をしなければならない

―ところで、そもそも先生のご専門は何なのですか。

川合 僕はもともと理学部の化学だったんです。触媒の研究室に所属していたのですが、触媒というのは材料の表面に置きます。だからSTMのような表面上にある分子をきちんと見ていく道具という点で、STMが出発点となったわけです。その表面の上に物を積めば薄膜になって電子デバイスになるので、そういう研究もしましたが、やっぱりDNAという生命で最も基本的な分子をきちんと見たいという望みが常にありました。

―ある種の象徴ですね、研究対象として。病気という意味では、ウイルスも重要な対象ですね。

川合 ええ。いろいろなウイルスがいるわけですから、なるべく少ない試料で、どんなタイプなのかを瞬時に見分けることができれば画期的で、東芝が今、その技術を使って追いかけています。そしてもう1つがやっぱりがんですね。

―がんはどうにかなりますか。

川合 どうにかしたい。僕らがどうにかなると言う場合、さっき言った3つがあって、がんを見つけること、がんになったときに薬で助けること、それでもダメなら切り取ってしまい、後で再生させること。僕らは最初が大事だと思っていて、がんになる前に見つけたい。

さまざまなマイクロRNAを調べて、その中のある種のものが増えたら、例えば乳がん、別のマイクロRNAだったら胃がんという具合に、すごく特徴的なものが見つかってきた。これは本当に少量で、細胞が数個あればいい。マイクロRNAはたくさん含まれていますから、そのタイプを定量すれば、乳がんになりかかっていることが分かり、そのときは精密検査する。初期の段階で分かれば、助かる可能性が高くなる。

―そういうところに、先ほどのTASだとかが出てくるわけですね。がんというのは、結局、研究すればするほど種類も増えちゃって、結局、にっちもさっちも行かないような状況のように見えます。生理学者とかの目では、もうなかなか新しいことは見つかりにくく、先生のような全く別の専門家のほうが、本質が見える可能性があるかもしれません。

川合 基本的にはバイオマーカー、つまり抗体など体から出てくる特徴的な物質をなるべく速く、なるべく少量で安価に解析できること、それが一番の出発点だと思います。

ゲノムビジネスの決着は、まだついていない

―どうにか頑張って、何か1本でもいいから、DNA解析の領域に釘を打ち込みたい気分です。

川合 そうですね。DNAは今、1人とか2人とかの時代から、100人とかが分かる時代になりました。この先、個人のDNAを読む需要がどれだけあるか? 地球上の3分の1ぐらいの人がDNA解析をすると、20億人ぐらいになる。1人1万円とすれば、20億で20兆円です。

実はそれで終わりではなく、成長とともに追跡する必要がある遺伝情報が微妙に変化するエピゲノムがあります。われわれの遺伝子がオンしたりオフしたりすることを、例えばメチル化、シトシンにメチルがついて、そこのところがまた変わる。そうやってどんどん変わっていくのです。だから、一応20億人のゲノム解析がベースにはなりますが、その後のエピゲノム解析を考えると、やっぱり安くて気軽にできる方法が必要になる。僕らのトンネル電流法では、直接メチル化が分かるんです。

―それはすごい。

川合 論文を発表したら、すごい反応がありました。

―そうですか。エピゲノムをそのまま読めるのですね。

川合 いや、エピゲノムにはいろいろあって、メチル化に関してだけです。またグアニンの酸化も非常に大きなトンネル電流が流れるので、直接読めます。このあたりのエピゲノム関係で、大きく発展する可能性があります。それに加えて、マイクロRNAです。

―分子が修飾されて変わるから、それによってトンネル電流が変わるわけですか。そういう意味では、まさに本質論ですね。

川合 非常に本質的で、電子状態が変わります。

―光で見る現在の方法は、余計なタグをつけている。しかし先生の方法は、本質的な生物分子の変化をそのまま捉えているわけですね。これは素晴らしい。

川合 言いたいのは、DNAを1回読んだらおしまいというわけじゃない、ということです。それと、マイクロRNAがすごくいいがんマーカーになることです。大阪大学医学部はC型肝炎の優れた研究を進めていますが、それは普通、HCV抗体をはかって検査します。しかし、それがどれくらい信用できるかという問題がある。阪大医学部からきちんと論文も出ていますが、要するに簡易検査でしかないのです。検査はマイクロRNAでやってください、と言えるようにするのが僕らの目標です。

―先生が大阪大学におられる意味は、医学部と連携することもありますね。

川合 関西は、特に強い研究者がいっぱいいますし。

―先生のお話を聞いていて、日本のバイオ分野にも、少し希望が見えてきました。

日本が反攻体制を整えるために必要なこと

―先生の研究の周辺に目を向けると、どんな状況でしょうか。

川合 ナノの領域では、日本はナノエレクトロニクスが強かったと思います。しかし、韓国、台湾、中国がものすごいお金とエネルギーを投入し、しかもエレクトロニクスがコモディティ(一般商品)になってしまった。デジタル製品で技術的にあまり差がなくなり、価格や汎用品の競争は非常に厳しいと思います。しかし、日本からエレクトロニクスがなくなったら大変です。少しでも先を行く製品を伸ばしていかなければいけないと思います。

もう1つ、ライフ分野がこれからの勝負どころだと僕は思っています。韓国は今、エレクトロニクスで日本と同じようなやり方で、力を入れ始めているんです。サムスンなどがです。そのことを日本の人は気が付いてほしいと思う。エレクトロニクスの中に、DRAMとかにとどまらないで、「beyond CMOS」というテーマがあるのです。それは、バイオとつなげるとか、新しい展開です。そこに新しい産業があることは、キヤノンなども気が付いていろいろやっていますし、日立もしているんだけど、相変わらずサムスンのほうがスピードが速いんです。気が付いたら近くに迫っている。ここで負けるのはまずいです。

だから、課題はナノバイオではなくて、むしろバイオナノテクノロジーですね。バイオロジーは免疫とか、いろいろなところで頑張っていますが、それをナノのテクノロジーで半導体技術と結び合わせるところで、韓国に負けないように頑張らないといけない。

グリーンという分野は、日本のナノテクノロジーを生かせる可能性をもった分野だと思います。しかし、人間に近いバイオナノテクノロジーのところは、韓国や中国の上海なんかできちんとバイオ振興策がとられ、それと電子技術を結び合わせることを国がやっているので要注意だと思います。

―でも、不思議なのです。日本企業は時価会計によって余るほどのキャッシュを持っているのです。今年もすでに10兆円以上、外国企業を買っている。あんなにお金があるのなら、自分で研究開発するのに使えばいい、と思う。

川合 研究のクオリティやいろいろな工夫という意味では、日本のほうが上なんです。韓国の人も、日本のほうがまだ上だと認めています。しかし、昔は圧倒的な差だったのがだいぶ近づいてきた。ある程度近づいたら、値段が安いとか、早く手に入るほうがいいじゃないですか。それで日本は負けている。

オープンイノベーションというのは産学官連携の基本の言葉ですが、日本ではそれが有効に働いていないのではないか、と疑っています。うまく働いていないと批判するのではなく、なぜ働いていないかを突き止めることが大切です。繰り返しになりますが、企業側は明確な問題点や課題技術を、きちんと提示しなければならない。大原則として、企業と大学の双方が、役割分担の意識を持つことがカギだと思います。

―仕事人が少なくなってしまったことが、大学でも企業でもモラルハザードを起こしている可能性がありますね。世界はまだまだ日本を高く評価しているのですから、改善すべき点は改善し、もう一度、早く立て直す必要があるかもしれません。貴重なご意見をいただき、どうもありがとうございました。