2012年9月号
特集 - 新産業創造
岡山大学 教授 髙田潤
酸化鉄の新領域を追い求めて

岡山大学教授・髙田潤の研究対象は酸化鉄。いま、微生物由来酸化鉄という酸化鉄の新しい領域を切り開き、イノベーションへの期待がかかる。

(敬称略、本誌編集長 登坂和洋)

今年6月、京都市の寺田薬泉工業が、陶磁器の絵の具である、高彩色の橙色系赤色ベンガラを売り出した。ベンガラは赤色顔料の1つで、酸化第二鉄が主要発色成分*1。陶磁器は、耐久性を持たせ、鮮やかな赤を出すために釉薬に鉛が使われていたが、無鉛化の方向へ進んでいる。無鉛釉薬に絵付けしても鮮やかな赤色を出せるのがこの新製品の特徴だ。高級化粧品、化学触媒への用途拡大を探っている。

岡山大学大学院自然科学研究科教授・髙田潤の研究成果が基になっている。2009年から髙田と同社と京都市産業技術研究所が連携して量産・低価格化の研究を行ってきた*2

吹屋ベンガラを科学的に分析

ベンガラに関心を持ったのは15年ほど前。最初の研究は、岡山県の吹屋(現在、高梁市成羽町吹屋)地域で1974年まで生産されていたベンガラを科学的に分析することだった。この地域は「吉岡銅山」として知られたが、18世紀の初め、銅山の副産物である硫化鉄からベンガラをつくる方法*3が発見され、日本で最初に人工的にベンガラが作られるようになった。用途は磁器、漆器、建築材などで、全国に販売された。吹屋ベンガラが用いられた有田焼の「赤絵」は欧州へ輸出され、王侯・貴族たちに珍重され、欧州で彩色磁器が作られるきっかけとなった。

1974年に製造を終えたのは、製造途中で亜硫酸ガスや酸性廃水が発生するためだ。

有田の陶工作家から吹屋ベンガラの鮮やかな色調を求める声が強かった。「なぜ吹屋ベンガラの赤は鮮やかなのか」を明らかにするため、吹屋の豪商の子孫を訪ね、保存されている貴重なベンガラ5種類を少しづつ分けてもらった。調べた結果、①不純物(アルミニウム、ケイ素、硫黄)が少し混ざっている ②ベンガラ粒子が100~200ナノメートルと細かい ③粒子が細かいほど赤い色が鮮やか――ということが分かった。

そこで吹屋ベンガラの再現を試みた*4。酸化鉄とアルミニウムを原子レベルで均一混合できる作製方法を用いると*5、④加熱温度*6によってベンガラ粒子のサイズが大きく変化し、それに伴って赤色の色調が著しく変わる ⑤加熱温度が低いほどベンガラ粒子は小さくなり、鮮やかな赤になる ⑥ベンガラにアルミニウムが加わることで色調が一段と良くなる――ことを見いだした。

最も美しい赤色は、ベンガラの粒子が100ナノメートルと微細で、5%のアルミニウムを添加し750度で加熱したときに得られること、すなわち、吹屋ベンガラが再現できることを明らかにしたのである。

これは研究初期の知見だが、研究を続け今回の製品につながった*7

各種ベンガラで色付けをした陶片について説明する髙田潤教授。柿右衛門の「赤絵」の研究もしていた父・利夫(京都大学教授)が作ったものだ。

製造工程で生じる亜硫酸ガス等が問題になったあと、無公害の「湿式合成法」を確立し、トップブランドになったのが戸田工業株式会社(広島県大竹市)である。同社に技術移転したのは、京都大学教授だった髙田利夫(故人)。潤の父親だ。京都大学化学研究所長も務めた著名な学者である。同研究所における「固体化学」研究は、半世紀前、利夫のチームが酸化鉄微粒子の研究を開始したことに始まる。多くの遷移金属酸化鉄や水酸化物に関する研究は学術のみならず産業界でも重要な価値を持った。その一方で、名陶・柿右衛門の赤絵に関する研究などもある*8

父親の研究を引き継いでいる形だが、この話を向けると、「金属の新規材料の研究開発に取り組んできたが、いつの間にか、父と同じテーマの研究も」と語り、研究室の書棚から、さまざまなベンガラで焼いた陶片を取り出した。利夫が作ったものを整理したものだという。説明する髙田が相好を崩す。幸せな研究者である。

微生物酸化鉄の驚くべき機能

髙田の研究対象は酸化鉄で、そのコンセプトは独創的な材料研究開発である。研究テーマは4つ。ベンガラ研究は「伝統技術・文化・歴史と材料科学の融合領域研究」である。その前から取り組んできたのは、「高機能先進セラミックス」と「金属/セラミックス系フロンティア複合材料」の2つだ。後者では、フェライト酸化鉄の研究成果の一部が炭素系電磁波吸収体材料として株式会社メイト(岡山県和気町)で事業化されている。

注目されているのが4つ目の研究テーマ「微生物由来酸化鉄の創製および微生物の単離・培養」である。道路の側溝や工場などの排水溝で見られる褐色の沈殿物が、微生物がつくる酸化鉄だ。通常の酸化鉄は直径約0.2ミクロンの微細粒子だが、微生物由来は直径1ミクロンほどのチューブ状であることを明らかにし、Biogenous Iron Oxide(BIOX)と命名した。人工合成では作れない酸化鉄だという。これまでの研究で、驚くべき新機能(従来材料を大きく超える触媒の機能[BIOX固定化酵素触媒、同Pd触媒]/リチウムイオン二次電池負極材として、グラファイトの約3倍の容量/ヒト細胞との高い親和性)を発見している。

リチウムイオン電池への応用が可能になればイノベーションに大きく貢献する。「なぜそうなるのか」の解明を含め、研究は途上だが、「世界初の新機能性材料を作りたい」と、多くの研究者と学際的な研究に精力的に取り組んでいる。

●参考文献

髙田潤.ベンガラの歴史と材料科学的研究.チルチンびと.風土社,2003年冬季号.

*1
ベンガラは人類が最初に使用した赤色の無機顔料。いずれも1万7千年ほど前に作られたラスコー洞窟(フランス南西部)やアルタミラ洞窟(スペイン北部)の赤色壁画などが知られる。わが国でも、縄文前期の青森県三内丸山遺跡などから出土する土器にその痕跡がみられるという。その名はインドの地名ベンガルに由来しているとされ、わが国では「弁柄」あるいは「紅殻」と書かれる。

*2
2009~2010年度の科学技術振興機構=JST「地域ニーズ即応型」(テーマは「アルミニウム固溶ベンガラの湿式合成法による量産化」)を活用。

*3
硫化鉄を出発原料として、これを焼いて中間生成物の淡青色のローハ(硫酸鉄水和物)を作り、さらにこれを焼いて酸化させ、粉砕、水洗いして赤色のベンガラ粉末にする。

*4
出発の原料として市販のローハと酸化アルミニウム(いずれも99.9%)を使用。

*5
ローハを原料とした場合、酸化鉄にアルミニウムが少量しか入らず、美しい赤色が出なかった。そこで、「錯体重合法」と呼ぶ方法で多量のアルミニウムを酸化鉄に入れることに成功。その後、均一に混合する。

*6
空気中で650~850度の温度範囲で1時間加熱。

*7
外部資金は、JSTの2000年度「地域研究開発促進支援(RSP)事業」、2007~2008年度のシーズイノベーション化事業「顕在化ステージ」を経て、2009~2010年度の「地域ニーズ即応型」*2につながった。

*8
京都大学化学研究所物質創製化学研究系精密無機合成化学(島川研究室)ホームページ参照。
http://www.scl.kyoto-u.ac.jp/~shimakgr/