2012年9月号
特集 - 新産業創造
磁気エネルギー回収の電気回路
―汎用技術として知財を海外展開―

志賀 雅人 Profile
(しが・まさひと)

株式会社MERSTech 代表取締役社長/
東京工業大学 特任教授


東京工業大学の嶋田隆一教授が発明した磁気エネルギー回生スイッチ(Magnetic Energy Recovery Switch:MERS)は電気回路の新技術だ。現在、世界中で使われているPWM(パルス幅変調)に比肩するほどのプラットフォーム技術という。この技術で起業した株式会社MERSTechは知財経営で注目される。現在、米国、中国に売り込んでいる。

(聞き手・本文構成:登坂 和洋)

株式会社MERSTech(マーステック)

1998年に東京工業大学の嶋田隆一教授が磁気エネルギー回生スイッチ(Magnetic Energy Recovery Switch:MERS)という電気回路を発明し、翌年の1999年に「スナバーエネルギーを回生する電流順逆両方向スイッチ」として特許が日本で成立。それから7年間は嶋田教授自らが企業や研究機関との共同研究を進めていたが、MERSの実用化と普及を推進するため、2007年1月に東京工業大学理工学振興会・TLOから10件の特許の譲渡を受け、株式会社MERSTechを設立。

―コア技術について分かりやすく説明してください。

志賀 コア技術はMERS(マース:Magnetic Energy Recovery Switch)と呼ばれる電気回路です。もともとは、磁気エネルギーを回生するスイッチとして発明されました。

磁気エネルギーは、一般的に厄介者扱いされています。しかし、MERSは驚くほど単純な回路構成と共振現象の利用で磁気エネルギーを上手に回収し、再利用します。

MERSは内部にコンデンサーを備え、このコンデンサーに磁気エネルギーを回生させます。MERSのコンデンサーは、吸収した磁気エネルギーに応じて電圧を持ちます。従って、電源電圧に対しての電圧の高低を選択的に得ることができます。また、MERSのどの端子に接続するかによって交流・直流を選択することができます*1

―MERSはどんな用途が見込まれますか。

東京工業大学嶋田隆一教授(左)と
MERSTech 志賀社長

志賀 電力に関する全ての分野で使えますが、強みを発揮する応用はいくつか明らかになっています。代表的なものは、MERSの可変コンデンサーとしての機能を応用したものです。蛍光灯調光やモーター・発電機のリアクタンス補償から送電線のリアクタンス補償まで、さまざなな応用が見込まれています。

また、MERSは、例えば、双方向のAC(交流)/DC(直流)変換器として機能させることが可能です*2

このほか、当社では次図のようなさまざまな応用を見込んでいます。

―平成24年度「産業財産権制度活用優良企業等表彰」で「特許庁長官表彰(特許活用優良企業)」を受賞しました。「MERS技術の特許権及びノウハウ並びに販売権などのライセンスが収益の大部分」とのことですが・・・。

志賀 具体的には、以下のような契約を締結しました。

・国内のメーカーAと、蛍光灯調光について、販売した装置の定格電力1W当たりに対してランニングロイヤリティを支払ってもらう契約を締結

・国内のメーカーBと、とあるシステムの非接触給電のためのMERSを用いた電源部分について、ライセンス契約を締結

・国内のメーカーCに対して、国内のあるメーカーDが使用するある装置の製作・販売のライセンスを締結

・国外の企業Eに対して、MERSの独占販売権を与える契約が現在進行中

・国外の研究機関Fから、研究依頼を受領

―企業設立当初から、こうしたビジネスモデルで進めてきたのですか。

志賀 MERS技術は、電気回路の汎用技術で、世界中で使われているPWM(パルス幅変調)技術に比肩するほどの汎用性を持つプラットフォーム技術であると認識し、これを、世に出すためには長い期間と資金が必要だと認識していました。

会社設立後2年間は、事業計画の策定、特許戦略の実施、および当社の技術を評価し出資もしてくれた新日本製鐵での実証試験に専念しました。2008年に事務所を開設し、2010年1月から米国での売り込みを開始しました。皮切りは、最新技術に鋭敏で、研究初期段階の技術を育成するプログラムを持つ「米国海軍科学技術本部」です。米国を選んだ理由は、米国にはこのような全く革新的な技術を育成するための多くの道筋が用意されているからです*3

―全社員の特許への意識が高い、とのことですが、どんな取り組みをなさっているのですか。

志賀 取り組みというわけではありませんが、新しい発明をすることはもちろん、知財部門から他社技術・特許の紹介および注意喚起があるだけでなく、技術部門からのさまざまな情報提供があります。最近では、当社の技術に類似する特許情報が技術部門から知財部門へ提供され、当社の発明に抵触するかどうかについて検討しました。検討の結果、問題点を発見することはできませんでした。さらに、相手方のビジネス形態・技術を技術部門・営業部門・知財部門で検討した結果、将来にわたっても競合する可能性は高くないだろうと判断することができました。

―研究開発型ベンチャーの可能性についてどう思われますか。

志賀 日本企業の成功モデルは「偉大なるフォロワー」でした。リスクの高い新規技術による新規市場の開拓という先行的な投資はしてきませんでした。これはありとあらゆる統計データが示しています。多くの投資は、既存技術、既存市場の防衛、すなわち現在の延長線上に対して行われてきています。改良特許が多いのはそのためだと思われます。

この成功モデルは新興国の追い上げで窮地に立たされています。今こそ、リスクをとり革新的技術で新市場を開拓することが日本の有望な選択肢でありますが、長年染み付いた企業文化を変えるにはまだ時間がかかります。

日本企業はもっと先端技術に投資し、事業化して市場を開拓すべきです。IPやサービスの商品価値を高めるため、「もの造り」は他国に任せても高収益を上げられるような事業モデルに転換してゆくべきです。すなわち「もの造り」から「もの創り」への転換です。残念ながら、多くの企業はいまだにハードとしての「もの」を「造る」ことを目指しています。「もの造り」は「ご注文どおりに誰よりも最高品質で造ります」と「HOW」を売っているのです。市場をつくる「もの創り」は新しい「WHAT」を創りだすことです。アップルはiPhoneを創りましたが、自社で機器そのものは1台も造ってはいません。

重要なことは、「もの創り」は既存組織からは生まれることはないということ。既存組織は自己防衛のために創ること、すなわち改革に拒絶反応を示します。これはクレイトン・クリステンセンの『イノベーションのジレンマ』にもあるように広く知られた事実です。

米国では開発研究型ベンチャーを産業革新のドライバーとして育成するさまざまな仕組みが提供され、優秀な人材を惹きつけています。日本では、既得権益の擁護の仕組みが張り巡らされ、新興勢力にとって極めて閉鎖的な市場が形成されています。業界地図が30年も40年もほとんど変わらない国なのです。そこでは、ベンチャーは新市場の開拓者どころか由緒なき脱藩者のように見られがちです。下剋上を排除する江戸幕藩体制のパラダイムは生き続けています。

―今後の展開は。

志賀 ベンチャー企業は、わが国の事業環境の変化を待ってはいられません。自らの技術を必要とする成長市場において、適切なビジネスパートナーと、経営資源を集中し市場を獲得する戦略が活路であると考えています。

当面、米国と中国をターゲットとしており、試練を乗り越えて、有形の成果を得られつつあります。

―ありがとうございました。

*1
誰もが見たことのあるようなさまざまな回路でも、少し手を加え、MERS動作となるように動作させると、見たことのない動きをする。例えば、コイルとコンデンサーの大きさ(インダクタンス・キャパシタンス)をかえて、スイッチのタイミングをずらせば、MERSの特長を持った回路になる。

*2
例えば、HEMSやBEMSのような外部からくる交流商用電源とシステム内の直流母線との接続への応用が見込まれる。

*3
MERSの舞台である重電業界はわが国では極めて保守的で、既存の技術と競合する革新的な技術には機会が閉ざされていると判断せざるを得なかった。
現在、MERSTechは、米国と中国で大型有望案件を開発し、国内においても当初計画になかった応用分野で開発プロジェクトが計画され、さらに頓挫していた資金調達も再開しようとしており、「MERS™を世界のプラットフォーム技術に」というミッションを達成するための正念場を迎えている。