2012年9月号
特集 - 新産業創造
「外」に薬の種を求める医薬品メーカー
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谷田 清一 Profile
(たにだ・せいいち)

財団法人京都高度技術研究所 産学連携事業部 医工薬連携支援グループ プロジェクトディレクター


・1990年代半ばから薬の種の枯渇が目立ち始め、2000年代後半から2010年代にかけて市場に出る新薬の品ぞろえに陰りが見えた。加えて、医療費抑制策が市場の成長率を鈍化させ、そこにブロックバスターの特許失効が追い打ちを掛ける。

・種の枯渇に対応するため、海外大手メーカーはM&Aに走った。技術革新によって危機の克服を目指す動きもある。さらに、オープンイノベーションによる「種」の獲得戦略も活発になった。わが国の大手メーカーは相次いで公募による共同研究のプログラムを立ち上げた。

・一方、アカデミアから仕掛けた産学連携の新しい仕組みづくりも深化している。

はじめに

薬づくりはいま、大きな転換期に差し掛かっている。この業界で、かつてのような自前主義が立ち行かなくなり、薬の種を「外」に求める動きが過熱しているのだ。この傾向は内外を問わないが、近ごろ目立つのは、国内メーカーの動きだ。

流れをさかのぼっていくと、1990年代にその源流を探り当てることができる。このあたりから語り始めて、アカデミアの取り組みをのぞいてみたい。

薬の種の枯渇

薬づくりを取り巻く環境が様変わりしたのは、1990年代半ばあたりからだろう。新薬創出力に陰りが見え、医薬品メーカーは薬の種の枯渇に危機感を募らせていた。この時期の「種」が医薬品として開花するのは10年から15年先になるわけだから、2000年代後半から2010年代にかけての新薬の品ぞろえに陰りが見えたことを意味する。

医薬品産業の近年の成長は、世紀をまたぐころに生まれたブロックバスターと呼ばれる大型医薬品(年間売上高が千億円を超える医薬品の通称)に支えられてきた。1993年に世界で8品目だったブロックバスターは、2008年に100品目を上回り、世界市場は2011年で9千億ドルの規模に迫る。しかし、この右肩上がりの成長シナリオにほころびがみえてきたのだ。

医療費抑制策が市場の成長率を鈍化させ、そこにブロックバスターの特許失効が追い打ちを掛ける。いわゆるパテントクリフだ。最近の事例を挙げると、アルツハイマー病治療薬ドネペジルだが、特許の切れた翌年の2011年に米国での売上高が前年の10%程度にまで落ち込み、経営を圧迫する事態を招いた。

とにかく、薬の特許は排他性が強い。自動車や家電製品などでは、ひとつの新製品に数百、時には数千の特許が存在し、特許1件の影響力は小さく、他社特許が開発を妨げるケースは少ない。ところが薬となると、ひとつの新薬に基本特許1件というのが通例で、これがブロックバスターを支えているのである。

医療事情の変化

言うまでもないが、薬づくりは医療事情を直截的に反映する。そしていま、医療事情に大きな影響を及ぼしているのが、高齢化の問題だ。総務省の推計によれば、2011年10月現在の65歳以上の高齢者は2,963万2千人で、総人口の23.2%を占める。ピークは2025年あたりと予測されていて、高齢化はさらに進む。これに伴って疾患の構図が変わり、長期服用型の薬が増え、有効性・安全性に対する評価が厳しさを増すことにもなる。

その一方で、ゲノム情報やバイオマーカーに基づいて体質を知り、発症を予測することが可能になりつつある。患者ひとりひとりの体質に合わせて最適な医療を選択し、提供する個別化医療(personalized medicine)や、発症前に積極的に介入する先制医療が現実味を帯びているのだ。これらは、薬づくりにも転換を迫る。例えば前者では、あらかじめ層別化した患者を対象とするコンパクトな治験が実現し、上市後も高い市場占有率が確保できると期待されている。しかし一方で、投与対象者数が減少するために、高い収益は望めないとも見られている。

いずれにせよ、ここにはブロックバスター戦略からの脱却を迫る流れが読み取れる。薬づくりはいま、希少疾患やアンメット・メディカルニーズ(有効な治療方法がなく、いまだ満たされていない医療ニーズ)を起点に変わり始めている。バイオマーカーを体外的に診断するコンパニオン診断薬の同時並行開発の動きもその現れだ。診断薬開発のルールづくりが規制当局に提言され**1、薬づくりの方向が少しずつ定まりつつあるようにも見える。

危機克服に向けた模索

話を「種」の枯渇に戻そう。それを乗り切るために海外大手医薬品メーカーは、こぞってM&Aに走り、巨大化が急速に進んだことは記憶に新しい。ちなみに、バイオ医薬品へのシフトが顕在化するのもそのころだ**2

一方、技術革新によって危機の克服を目指す動きも激しかった。筆者もその渦中にいたひとりだ。薬の標的分子の発掘に狙いを定めてゲノム解読競争が繰り広げられ、「種」を発掘する新たな装置として高速スクリーニング(high-throughput screening)技術が生まれた。後者は、さらに洗練度を高めてコンピュータ解析技術と連動した仮想スクリーニング(virtual screening)や新しい分子デザイン(fragment-based drug design)、イメージング技術を取り込んだ高コンテントスクリーニング(high-content screening)などへと進化を遂げ、薬づくりの初期過程は様変わりした。

そして第3の道がオープンイノベーションによる「種」の獲得戦略だ。自社のアイデアや技術とアカデミアのそれらとを有機的に結合させて、革新的な新薬の開発を目指すのが狙いだ。国内で公募による「種」獲得の先陣を切ったのは協和発酵工業だったと記憶する。世紀が変わって間もないころだった。医薬品メーカーの多くが「種」の枯渇にあえいでいた時期だったから、公募の形を取らないまでも「外」に活路を見いだす動きは方々に見られた。

オープンイノベーションのキャッチフレーズのもとに、公募型の流れを拡大させたのが、2007年に塩野義製薬が立ち上げた公募プログラムである。これを追うように、2011年からは、アステラス製薬、第一三共、エーザイなどの大手が相次いで同様のプログラムを立ち上げ、業界を挙げて国内アカデミアの「種」の囲い込みに走る。対象疾患や研究費・研究機関などは各社各様だが、薬の種をアカデミアなどから広く集める形態は、いずれも共通している。

このように、国内事情はやや過熱気味にみえるが、そこに理由を求めれば、国内バイオベンチャーが医薬品メーカーの投資にかなう力量を備えていないからだと言えなくもない。米国などでは、バイオベンチャーによって育まれた「種」が結実を迎えるころに大手メーカーが投資し、刈り取る構図が定着していることを思えば、力量の差は歴然としている。

アカデミアの取り組み

ここでアカデミアの取り組みをのぞいてみよう。薬づくりの分野で、アカデミア側から仕掛けた産学連携として際立っているのが、京都大学のメディカルイノベーションセンター(以下、MICと表記)の事例だ**3。オープンイノベーションに軸足を置きつつ、公募型とは一線を画した大型の事業である。関係者に聞くと、そもそもの発端は、やはり世紀をまたぐころにさかのぼる。独立行政法人化による公的支援の減少への備えとして、医学系トップが軸となり、民間資金の注入を模索していたのだ。そこには、基礎医学分野で世界のトップ集団を走りながら、臨床医学とのバランスを欠いているとの認識が働いたと聞いている。

医学系トップの世代交代の後も意思は受け継がれ、2007年にアステラス製薬との共同事業(AKプロジェクト)が実現する*1。大手医薬品メーカー数社との個別交渉に臨んだ末のことだった。前年のフィージビリティースタディーでは、海外大手への聞き取りなども行い、後のMICにつながる仕組みのイメージが出来上がったそうだ。

次の一手は、2010年6月に開催されたクローズド・ワークショップ。医薬品メーカー各社のトップが席を並べたこの会合を経て、半年後にMICが設立され、3本のラボが立ち上がる*2。京都大学の基礎医学研究と臨床医学研究に潜在する薬の種を産と学が連携して掘り起こし、育成するのが狙いだ。本来ならバイオベンチャーが担うべき役割をも併せ持つ事業と見ることもできる。

参画企業の関係者に聞いてみると、MICは自社のグローバル戦略の中で高い位置にあるということだった。アカデミアの基礎医学と臨床医学のポテンシャルを活かした薬づくりを通して、短期の成果に走りがちな企業風土を補完することをも狙っているという。そこには、自社技術の空洞化を防ぐ狙いも垣間見える。薬の標的分子やバイオマーカーの掘り起こしと臨床サンプルを活用した独創的な治療法の開発などはMICで、ということのようだ。ここに集う研究者たちにどのような意識や行動が生まれるのか興味深いところだが、産と学のカルチャーの溝は浅くないようで、ガバナンスの難しさを語る関係者の声も聞こえてくる。雑居ビルの弊害を回避して機能的な組織運営を実現するために、ヘッドクォーターの力量が試されることにもなりそうだ。

アカデミアと医薬品メーカーとの個別・単発の連携は古くからあり、中にはトシリズマブ(抗IL6受容体モノクローナル抗体医薬品)のように大きな成果に結び付いた例もある。また、AKプロジェクトに近い形態としては、北海道大学と塩野義製薬による「未来創薬・医療イノベーション拠点形成」事業が挙げられる**4。しかし、MICのように大掛かりな産学連携は、国内では他に例を見ない。合意に至るまでにはさまざまなコンフリクトがあったに違いないが、産と学の双方にそれを乗り越えさせる大きな危機意識と熱い想いが働いたことは、想像に難くない。

いずれにせよ、ここに取り上げたアカデミアの取り組みに成否の判断を下すのは、臨床試験でPOC(proof of concept)が確認される段階まで待つべきだろう。

結びにかえて

世紀をまたぐころ、薬づくりの世界では、処を変え、時を同じくしてダイナミックな動きがさまざまな形を取って現れた。ここに見てきたように、京都大学でMICに通じる道が開かれたのもそのころだった。多彩な動きが同じころに独立して生まれ、それが時とともに同調し、凝集する様を眺めていると、人の営みの不思議を思わずにはいられない。

いま、国も大きく動こうとしている。6月に発表された「医療イノベーション5か年戦略」**5では、高齢社会の実情に合わせた質の高い医療の提供や、国際競争を勝ち抜く医療産業の育成がうたわれている。そのために環境を整備し、創薬支援ネットワークを構築して研究開発の初期段階を集中的に支援する狙いが見えてくる。MIC事業などは、この5か年戦略を先取りしているところも少なくない。このような仕組みの中から、産と学の多元的な集合知が開花・結実し、新薬創出力の回復につながるライフイノベーションのうねりが生まれることを期待したい。

●参考文献

**1
家次恒;池田勲夫.“個別化医療を推進するためのコンパニオン診断薬のインフラ整備に関する提案書”.社団法人日本臨床検査薬協会.
http://www.jacr.or.jp/osirase/shiryou/doc/111021teiansyo.pdf,(accessed2012-07-24).

**2
谷田清一.“バイオベンチャーの明日”.産学官連携ジャーナル.
http://sangakukan.jp/journal/journal_contents/2011/09/articles/1109-03-2/1109-03-2_article.html,(accessed 2012-07-24).

**3
寺西豊;早乙女周子;室田浩司;成宮周.“創薬におけるオープンイノベーション ~京都大学医学研究科メディカルイノベーションセンターの取り組み~”.産学官連携ジャーナル.
http://sangakukan.jp/journal/journal_contents/2011/05/articles/1105-04/1105-04_article.html,(accessed 2012-07-24).

**4
“北海道大学との共同研究施設「シオノギ創薬イノベーションセンター」の開設について”.塩野義製薬.
http://www.shionogi.co.jp/ir/news/detail/080530.pdf,(accessed2012-07-24).

**5
医療イノベーション会議.“医療イノベーション5か年戦略”.首相官邸.
http://www.kantei.go.jp/jp/singi/iryou/5senryaku/siryou01.pdf,(accessed2012-07-24).

*1
文部科学省「先端融合領域イノベーション創出拠点の形成」プログラムに採択されたプロジェクト。3年を経て薬の標的分子を14種見いだし、そこから創薬プログラムが5本稼働したと公表されている。**3

*2
中枢神経系制御薬研究ラボ(武田薬品工業とのTK プロジェクト)、悪性腫瘍制御薬研究ラボ(大日本住友製薬株式会社とのDSK プロジェクト)、および慢性腎臓病治療薬研究ラボ(田辺三菱製薬とのTMK プロジェクト)を指す。京都大学と各社が、それぞれに1対1の関係を築き、個別に運営される。MIC棟は、2010年度の経済産業省イノベーション拠点立地支援事業の支援を受けて2013年4月に完成する。フロアごとにセキュリティーが施され、ラボごとの独立性が保たれる。