2012年9月号
特集 - 新産業創造
東京医科歯科大学 連携プロジェクトの狙い
顔写真

森田 育男 Profile
(もりた・いくお)

東京医科歯科大学 理事(研究担当)・副学長、研究・産学連携推進機構長、大学院医歯学総合研究科 教授 

東京医科歯科大学は先端医療の推進を目指し、多種多様な業種の企業等と本格的な医歯工連携を行う包括連携スキームを形成している。ここで言うところの包括連携は、特定の創薬・医療機器の開発を対象とするようなスポット型の連携、はたまた形式的な連携ではない。同大学が有する医歯学研究力と、企業が有する技術力や開発力とを融合することで、新たな展開や付加価値をもたらし、医療イノベーションを創生しようという仕組みである。同大学にとっては、大きな可能性を秘めた新しい活動基盤であり、深化した産学連携だと言う。その代表的なプロジェクトの1つが、ソニーとの「ビジュアライズド・メディスン(Visualized Medicine)」をテーマにした包括連携プログラムである。ソニーとの連携を中心に、プロジェクトの背景、狙い等について、同大学の森田育男理事・副学長に話を聞いた。(聞き手:登坂和洋)

―現在取り組んでいるソニーとの連携について説明してください。

森田 本学は、昨年9月にソニーと包括連携協定を締結しました。今年4月からは、4つの連携プログラムに基づき、同社のエレクトロニクス技術の生命科学・医療分野への応用を探るとともに、こうした研究を推進するための人材育成等を展開しています。体制としては、両機関において研究開発等の方向性や将来性を判断できる立場にある者を含む構成員12名で組織する連携協議会を定期的に開催し、活発な議論を展開することで、本連携の管理運営を行っています。包括連携の下で推進している、4つのプログラムをご紹介します。

● 研究プロジェクトを支えるファンドの設定=連携による効果を見いだし、実用化の可能性を有するテーマに対して、ソニーが研究費を拠出し、医療機器・臨床プロトコル開発などの基礎、臨床研究を加速しようというもの。その1つとして、ゲーム機等に用いられる同社の3D(3次元映像=立体映像)ヘッドマウントディスプレイ(頭部に装着するディスプレイ装置)技術の3D内視鏡腹腔鏡手術への適用がある。

● 医療人材養成プログラム=ソニーの社員を1年間「大学院特別研究生」として受け入れる。今年度は4名のソニー社員が本学内の分野に所属し、研究教育が行われている。

● ソニースカラーシップ=ASEAN諸国からの私費留学大学院生に財政支援を行う(年2人以内、4年間実施)。医歯工連携によるエレクトロニクス技術の適用などを視野に入れた教育支援を目指す。

● クリニカルサミット=「ビジュアライズド・メディスン」に関連した課題を抽出し、その分野の有識者が、ソニー社員や東京医科歯科大学とセミナー形式で討議する。当該サミットを契機に、研究プロジェクトが形成される可能性も高い。

―国立大学に限定しても、大学と大企業の包括連携はたくさんありますが、機能しているもの、成果が出ているものはごく一部だと言われています。貴学とソニーの包括連携は、何が違うのですか。

森田 そもそも本学は、包括連携について、従来型の特定テーマに絞った産学連携の枠に収まらない協業を実現可能にする、有効な方法論であると捉えています。包括連携下では、本学および企業等が有する全ての研究分野・開発分野・技術力が主体となり得、相互組織が協働し得るテーマを満遍なく見つけ、技術革新に挑みたいと考えています。

ソニーと東京医科歯科大学の連携関係

この背景には、真理を追求する場である大学にとって、実用化という視点で研究に取り組むことは不得手である、という性質があります。他方、企業においては、医療産業等に新規参入する場合や中小企業等が大学と組む場合に高いハードルが存在します。そこで、組織間のパートナーシップを築き、産学相互が補完し合う体制作りが肝要と考えました。本学が包括連携において求めるテーマは、医療機器や創薬といった大規模なものから、企業が有する既存技術の改良や医療現場での適用拡大まで、対象は広範にわたります。すなわちイノベーションの大小でバリアを設けず、現下において相互が有する英知で、何ができるのか、効果的・効率的な組み合わせはどれかを熟慮した上で、プロジェクトチームを形成できるのが、包括連携の醍醐味(だいごみ)と考えています。

そして、このような連携は、相互に相手の要求、方向性等についての理解を礎にした信頼関係なくして実現しません。そこで必要となるのは、物理的な条件、つまり本格的な連携に必須となる時間・空間・人材を共有できる環境作りと考えました。本学は、2004年4月の独立行政法人化に伴い、学内に「オープン・ラボ」*1を整備しました。現在、オープン・ラボには、医歯学関係以外の業種の企業が入居し、多岐にわたる医歯工連携が展開しています。

ソニーとの連携についても、2004年同社のオープン・ラボへの入居が契機となっています。その後、細胞・血液分析(誘電分析)、先端バイオイメージング、遺伝子分析、脳波測定・解析等について、ソニーと学内の多くの部署との横断的な連携が実現し、研究の実績を着実に創出しています*2。2009年10月には、連携大学院を開設し連携関係が拡充し、プログラムマネジャーを含め多数の研究者をプロジェクトチームとして常駐し、ラボのスペースも約1,100㎡に拡充しています。オープン・ラボでの地道な連携活動が熟し、現在、連携の新しいステージに入ったとも言えます。

―大学、あるいは企業を取り巻く環境の変化も連携が深化する要因になりましたか。

森田 大学はいま、改革が求められています。大学には多様な機能がありますが、おのおのの大学は特徴をアピールする必要があります。本学の研究者の一論文当たりの平均引用率はアジアでトップです*3。本学は高い水準の研究力をもって社会に貢献する必要があり、それには産業界との連携を効率的に行い、研究を先端治療に直結させる、トランスレーショナル・リサーチを行うことが能率的と考えました。

医療イノベーション創出の新たな基盤

この点、全国の大学を見渡すと、産学連携に対する意識には格差があり、大学の理念や方針と乖離(かいり)している状況が散見されます。本学も数年前までは決して意識が高いとは言えない状況にありましたが、本学の強みを活かすには、研究・産学連携を一体に捉えた支援体制が必須と捉え、2011年に改組が実現しました。現在、包括連携等により産学協働活動が良好に展開できているのは、当該基盤が確立できていることにゆえんすると言えます。

―デバイス・ラグの問題以前に、わが国で医療機器等の研究開発そのものがなかなか進まない要因はいろいろ指摘されています。産学連携で取り組む場合、大学の研究者が「出口」=事業化の意識を共有していないことや、治験に大学病院の臨床現場の協力を得られない――ことなどが挙げられます。その点、貴学が医学、歯学だけの医療系の大学であることは、求心力を生み、共同研究開発を進めやすいのではないかと思います。

森田 確かに、総合大学より大学のトップと現場の距離が近いとか、共通理解を得やすいという面はあります。学際的研究や、ほかにはない包括連携が順調に進んでいるのも、医療系総合大学ならではかもしれません。この利点を生かしつつ、井の中の蛙にならないためにも、本学を中心に医学系大学産学連携ネットワーク協議会(medU-net)を設立し、他の大学との連携も図っています。

―本格的産学協働が展開できる環境基盤の今後の展開について聞かせてください。

森田 現在多様な業種の企業やわが国が誇るモノづくり産業等が、軒並み医療産業へ名乗りを上げています。本学はこの潮流を追い風に、彼らの優れた技術力と連携を深めることで、質の高いわが国発の医療を、世界へ提供する一役を担えると信じています。

本学と企業が有するポテンシャルを最大限引き出し得る包括連携スキームを通して、イノベーションの可能性を貪欲に追求していきたいと思います。

―ありがとうございました。

*1
2012年7月現在、企業8社と4機関が入居している。

*2
国際学会の発表は2009年度2件、2010年度7件、2011年度8件。国内学会は2009年度7件、2010年度13件、2011年度9件。

*3
QS Asian University Rankings by criteria in 2012