2013年3月号
特集 - 大震災から2年 産業復興に支援の輪
IT人材育成・起業支援による被災地の雇用創出
-自立的復興を支える産学官連携モデル-
顔写真

与謝野 有紀 Profile
(よさの・ありのり)

関西大学 社会学部
社会システムデザイン専攻 教授、
社会的信頼システム創生センター長

コミュニティ主体の復興の1つは地域でビジネスを創出し、それが大きく育ち、雇用が生まれること。こうした理念の下、東日本大震災の津波で被害のあった岩手県大槌町で、関西大学と大阪市のIT企業2社が、同町と連携し、IT人材の育成と起業を支援している。

すすめ!大槌プロジェクト:SHIP

関西大学は、被災地の自立的な復興を支援する柱として「雇用の創出」を掲げ、岩手県上閉伊郡大槌町と共同で「すすめ!大槌プロジェクト」を展開している。大学が自治体と企業の結び付きをコーディネートし、プロジェクト全体の枠組みをプロデュースすることで「大槌町内のIT企業の起業」と「起業を通じた雇用創出」の2つをこの2月に実現した。この成果は、プロジェクトが始まったばかりの段階の小さなものだが、大学全体として、大きな夢、すなわち、若者の定着・流入と文化の復興・展開の実現へと力を傾注している。

このIT関連の雇用創出プログラムの名は、SHIP:Sledge Hammer Inspiration Project。 Sledge Hammerは、「大槌、大鎚」を意味する語だが、「強力、圧倒的な」という意味も持っている。Inspirationの語は「新鮮なひらめき」「士気」「創造的思考や仕事の産物」を意味するものとしてここでは利用しており、新規産業としてのIT分野で、大槌地域が力強く、創造的な復興を遂げてほしいとの期待が込められている。また、「ひょっこりひょうたん島」のモデルとなった島は大槌湾内にあるが、かつてNHK総合テレビの人形劇のテーマ曲に出てくる「すすめ」にちなみ、邦語では「すすめ!大槌プロジェクト」と称している。幸いにも、プロジェクトはこの名を裏切らない船出を遂げることができた。今後の本格的展開のために、われわれの研究成果を利用し、大学が被災地支援のハブとして一層の機能を果たせるよう、現在、企図している。

被災地をITのニア・ショア開発の地に

このプロジェクトは、2011年、関西大学の「東日本大震災からの復興に関する研究」助成を受けてスタートした。社会学、開発学、建築学の学際チームによる「被災地のコミュニティの再生」をテーマにしたこのプロジェクトは、被災各地の課題把握のフィールドワークから始まった。このフィールドワークから明らかになったことは、「人々の孤立状況を回避し、コミュニティを復興するための要件は雇用の確保である」ということであった。このプロジェクトは、2012年度以降も関西大学・社会的信頼システム創生センターのメンバーを中心に展開され、信頼創生をめぐる学問的知見が被災地の雇用創出に対してどのように適用できるかが検討課題となった。自治体、企業、NPOへの聞き取りを繰り返しながら「どのエージェントを結び付ければこの課題にアプローチできるのか」について試行錯誤があったのだが、この状況をブレークスルーできたのは、スマートフォンプログラム開発企業(株式会社アーティフィス)の次の言葉をきっかけとしてであった。

「インド、中国からの技術者の紹介を他企業から要請されているのですが、被災地の人材を生かせませんか?」

3.11の被災地、特に沿岸地域は、高い可能性を持つ人的資源を豊富に抱えながらも、震災以前より雇用の受け皿が減少したことが問題となっていた。ソフトウエアなどの開発業務を海外に委託することをオフ・ショアというが、「オフ・ショア開発からニア・ショア(比較的距離の近い遠隔地の事業所に委託)開発へ」という流れが昨今見え始めている。被災地の豊富な潜在資源に訓練を施すことで「被災地をITニア・ショア開発の拠点にできるのではないか?」という夢は、前述のIT企業代表の言葉とともに初めて芽吹いたと言える。被災した沿岸地域の地理的条件は、新規産業の興隆の重石となっていたが、ITニア・ショア開発地としてはこの地理的条件はほとんど障害とならない。逆に、経済コストばかりでなくコミュニケーション・コストまでを考慮すれば、海外との競争力が十分にあるとわれわれは判断した。

行政・企業・人を結び付ける信頼のハブ=大学

株式会社アーティフィス、アプリル株式会社という2つの企業がCSR(企業の社会的責任)の一環として無償でのIT訓練の負担を申し出てくださり、それを受けて大学は2012年から復興プランと地域とのマッチングに向けて活動を開始した。「地域外の企業の誘致ではなく、地域に新規のIT企業を創生したい」という提案に対し、もっとも鋭敏な反応を示したのが大槌町であり、2012年春から被災者支援室を中心に具体的な調整が急ピッチで進んでいった。また、同年7月には、学長が現地を訪問し、震災からの復興支援を中心とする連携協定が町と関西大学の間で締結され、この協定の基礎の上に前述2社のコンテンツが乗ることでSHIPはスタートした。

写真1 研修の様子

写真2 App Store でリリースされた電子書籍『インディアンの森』

第1期の研修員はUターン2名を含む5名。町の公民館を利用し、大学が用意した機材を利用しながら、プログラミングに関しては企業の提供するe-ラーニングキットとSkypeでの指導、また、起業については企業代表が毎月約1週間滞在して直接指導する形で研修が進展した(写真1)。研修スタートからちょうど5カ月後の本年1月21日、研修生の作製した電子書籍『インディアンの森』(写真2)がApp Storeでリリースされ、研修成果を具体的に世に出すことができた。

また、このソフトの作製に関わった就業希望者2名については、参画したIT企業の客観的な適性判断のもと、SHIPの支援で起業された地元企業である社団法人KAI OTSUCHIで本年から常勤雇用されることとなった。また、先の電子書籍は、絵本作家が自らのコンテンツを無償提供して制作が可能となったもので、この橋渡しを大学が仲介した。自治体、企業から個人に至るまで、さまざまなエージェントの持つ資源を大学がハブとなってつなぐことでSHIPは雇用問題に取り組んでいる。

SHIPの今後

このプロジェクトの船出は、まだ岸をほんの少し離れたばかりのところにある。本年5月以降に非常勤職員の雇用を5名増員し、KAI OTSUCHIの助力で人材育成事業を充実していくこととしている。また、KAI OTSUCHIの受注活動も進んでいるが、中期的には、2014年度末までに、20名の雇用と1億円の売り上げのある企業を地域で実現することを目標にしている。小さな一歩ではあるが、この取り組みが核となり若年層が定着、流入するような地域の創造をわれわれは目指している。また、高校生や中学生まで拡大した人材育成も視野に入れており、企業、NPO、自治体などの資源を大学がつなげながら、被災地域がITニア・ショア開発拠点となる日の夢を紡いでいる。