2013年4月号
単発記事
GPS津波計・波浪計・潮位計開発の現状と展望
顔写真

寺田 幸博 Profile
(てらだ・ゆきひろ)

高知工業高等専門学校
環境都市デザイン工学科 教授


高知工業高等専門学校の寺田幸博教授らの研究グループによる「GPS津波計」は、3.11の時に釜石沖のブイの観測データが気象庁よりも早く津波を捉え、警報値を上方修正したということで話題になった。2012年10月24日から、同高専を含む産学官の共同研究グループが技術試験衛星Ⅷ型「きく8号」(ETS-VIII)を用いてGPS津波計からのデータ伝送実験を行っている。GPS津波計のさらなる沖合展開と被災地域の通信網寸断に対する対策が狙いである。

プロローグ

2011年3月11日の東北地方太平洋沖地震による津波は、2万人にのぼる死者行方不明者を出し、2年を経過した今も避難生活を強いられている多くの方々がいる。起稿に当たって、犠牲になられた方々のご冥福をお祈りするとともに、被害に遭われた方々にお見舞いを申し上げたい。

GPS津波計を開発してきた研究者にも、多くの教訓と解決すべき課題が提示された。とりわけ、「データの続きを見せよ」と「もっと沖合に設置せよ」が重要であった。大震災発生時には、既に国土交通省港湾局がGPS波浪計として全国に15基を配備し、リアルタイムでデータが公開されていた。各種マスコミで報じられたとおり、釜石沖のGPS波浪計のリアルタイム観測値は6.7mを示し、気象庁はこのデータを含む複数のデータを根拠に大津波警報を最大級に引き上げた。残念なことに、第1波の観測データを発信した後、被災地域の停電によって通信網は寸断され、それ以降のリアルタイムデータが発信されなくなった。ただ、観測データそのものは高台に設置された基準局において、バックアップ電源の下、完全な津波波形が保存されていた。また震源域を含む海域への設置が強く望まれ、GPS津波計を配置する際の離岸距離を伸ばすために、GPS精密測位法のさらなる改良が喫緊の課題となった。現在、この2つの課題の技術的克服にめどが立ち、実用化のための取り組みを展開中である。

GPS津波計の開発経緯

津波の発生を止めることはできないが、その襲来の予測と情報の適切な伝達によって、被害を少なくできる。この視点で津波防災システムが構築でき、正確な観測値に基づく津波の検知・伝達・監視によって避難・誘導に活用できるようになれば、津波災害の可能性がある住民に計り知れない安心感を与え、地域発展の基盤として大きい貢献が期待できる。このための開発コンセプトを図1に示す。「いつでも、だれでも、どこからでも」このデータにアクセスでき、防災の三助(自助、互助、公助)に役立てられるシステムである。また、日本だけでなく世界の大洋上に多数設置してネットワークで結べば世界的な災害軽減にも貢献できる。

図1 GPS津波計開発の目指すもの

筆者は、阪神・淡路大震災の被災者である。その惨状を目の当たりにして、それまでに培ってきた自身の技術を地震防災のために役立たせたいと考えるようになった。ほどなく、東京大学地震研究所の加藤照之教授と面談の機会があり、写真1に示すブイを洋上に設置して津波を観測するシステムを開発するスタートを切ることができた。すなわち、従来の加速度計測ブイ方式や海底水圧センサー設置方式とは全く原理を異にした津波計を考案し、GPS津波計と名付けて開発を推進することになった。

写真1 GPS 津波計の設置

全長17m、直径4.5m、重量38tのGPS津波計設置工事の状況。全長380m、重量79tのチェーンで27tのダンフォース型アンカーに係留。

その基本原理は、海面の動きに追随できるように設計製作したブイの最上部にGPSアンテナを取り付け、アンテナ位置の鉛直方向精密測位結果の時系列データを海面高の変位とすることにある。計測されたデータには、秒単位で変化する波浪および半日単位で変化する潮汐(ちょうせき)を含むことから、これらをフィルタリングし、数分から数時間の周期で変化する成分を抽出して津波データとしている。このことは、開発できたGPS津波計が幅広い周波数帯域を持つ海面高の変化を1つの測器で精度良く観測できることを意味し、実用化への大きい技術的特徴となった。

実用化においては日常的な活用の可否が重要なポイントとなる。波浪、潮汐、高潮、水温、洋上風などの情報を発信でき、漁業活動や海運などの海にかかわる地域の経済活動の支えとなる海洋観測ステーションとしての機能も備えることにした。この点に注目したのが、独立行政法人港湾空港技術研究所の永井紀彦元理事である。防波堤防や港湾施設の設計施工のために不可欠な波浪データの常時観測機を研究していた。本開発の成果を活かし、波浪観測に加えて津波発生の非常時にも機能することを目指して、国土交通省港湾局のGPS波浪計として導入することに尽力された。

開発に当たって、国内3カ所の海域を実験サイトに設定した。1997年に東京大学地震研究所油壺地殻変動観測所のある相模湾で最初の基本機能実験を実施した。続いて、大船渡市沖の外洋での実用化実験、観測システムとしてのリアルタイムデータ公開の機能を全て備えた室戸岬沖での実証実験へと展開した。これらの一連の実験を通じて、図2に示す2004年の紀伊半島沖地震津波など、いずれもその波高が10cm程度の津波を数件観測し、その精度と機能を実証的に示すことができた。これらの結果に対して、国土技術開発賞最優秀賞、日本産業技術大賞特別賞および全国発明表彰発明賞を受賞したことは、開発成果の社会的認知が得られたと認識している。

図2 室戸岬沖GPS 津波計で観測した紀伊半島沖地震津波

波形図の横軸は、2004年9月6日の午前0時からの1時間を示している。図の縦軸は1目盛り20cmである。青線が観測値であり、10cm余の津波が観測できている。また、赤線で示したシミュレーション結果が良い対応を示している。このことから、GPS津波計による観測データを用いて震源と津波の初期状態が推定可能になり、観測値で検証した再計算によって各地の海岸到達高さを正確に予測することができることを実証した。

課題の克服

図3 技術試験衛星「きく8号」を用いたGPS津波計データ伝送実験

GPS津波計で計測された津波データを、通信衛星「きく8号」を経由して、津波被害対象外地域として設定した茨城県に送り、ここから被災地に送り返す通信実験システム。

被災地域の通信網寸断への対策の基本は、観測された津波データを、全世界に向けてリアルタイムに発信することができる――被災の無い――地域に送ることである。これには、通信衛星の利用が期待でき、技術試験衛星Ⅷ型「きく8号」を利用して図3に示す通信システムを構築した実験で、良好な結果が得られた*1。将来、「きく8号」と同等以上の基本性能を有し、さらに通信速度の早い「防災等に資する次世代情報通信衛星」が実現されれば、本課題は全面的に解決されることになる。

GPS津波計のさらなる沖合展開のため、測位法のRTK法の改良と新たな測位アルゴリズムの導入の2つに取り組んだ。RTK法では測位誤差を引き起こす対流圏の影響の補正をより良くすることにより、100kmを超える離岸距離での測位の安定性を確保した。また、洋上のブイのGPS観測データだけで測位する単独測位法の検討を進めた。周期が秒単位の波浪については超精密単独変位計測(PVD)法、周期の長い津波・潮汐の観測には、国土地理院の電子基準点データから精密暦(衛星の軌道と時計)を求め、洋上のブイで測位する超精密単独測位(PPP-AR)法を開発した。これらの新しい測位法は、図4に示す室戸岬沖GPS津波計実験システムに適用してデータを公開中*2であり、継続的に良好な結果が得られている。

図4 室戸岬沖実験システム(科研費基盤研究(S)21221007)

エピローグ

GPS津波計の開発を産学官連携で進めて実用化に至ったのは、①研究対象とした技術のエクセレンスと発展性 ②良き研究パートナーと市民の協力 ③継続的な公的研究費の確保――による。これらのいずれかが欠けても実用化は成し得なかった。この幸運とご協力いただいた多くの方々に深く感謝している。今後も、さらなる技術開発をもって防災情報社会資本整備の礎を築きたい。