2013年7月号
特集1 - お米消費 ニューウェーブ
甘酒を乳酸菌で発酵させたヨーグルト風味飲料
顔写真

小栁 喬 Profile
(こやなぎ・たかし)

石川県立大学 生物資源環境学部食品科学科
食品微生物学研究室 准教授


石川県金沢市の酒造会社が売り出したヨーグルト風味の飲料は、甘酒を乳酸菌で発酵させたものである。乳製品にアレルギーのある人でもヨーグルト感覚が楽しめる。「なれずし」など石川県の伝統的な発酵食品を研究する産学官連携プロジェクトから生まれた。

プロバイオティクスとしての乳酸菌の存在はますます重要性を増して、「乳酸菌」といえば健康や美容がすぐに連想されるほど認知されるに至っている。その乳酸菌の分離源として欠かせないのが伝統発酵食品である。日本ならではの発酵食品では漬物やしょうゆ、みそといったものがまず頭に浮かぶが、筆者が身を置く石川県を含む北陸地域には大変面白い発酵食品文化がある。能登地方の魚醤油(うおしょうゆ)「いしる」や魚のぬか漬けである「こんか漬け」、発酵寿司の「なれずし」や「かぶらずし」などで、他の地域ではなかなか見られなくなった麹や米・野菜・魚を最大限生かした農水産発酵食品が市民生活に強く根付いている。

白山麓など石川県下の良質な水を用いて製造される多くの日本酒や、金沢大野地区の伝統あるしょうゆ文化も見逃せない。

地域の発酵文化を研究

これらの食品群に注目し、石川県立大学を中心として2009年度から2011年度の3年間、文部科学省の地域イノベーション戦略支援プログラム(都市エリア型)に採択されて「地域伝統発酵食品に学ぶ先進的発酵システム構築と新規高機能食品開発」と題した研究開発事業を行った。当プロジェクトは石川地域の豊かな発酵文化を微生物と食品機能の両面からあらためてつまびらかにしようという壮大なもので、金沢大学ならびに県下の公設試験場の力を結集し、地元企業20社以上が協力した。

まず、プロジェクトの研究統括である石川県立大学の熊谷英彦教授(現学長)のグループが発酵食品を県内各地から集め、乳酸菌を分離して遺伝子配列を基に菌種を決め、また、糖資化性などの基本性状を基にグルーピングを行い、最終的に400株以上の乳酸菌のストックライブラリーを確立した。その後、金沢大学・太田富久教授のグループで動物実験や遺伝子発現網羅解析を基にした免疫調節機能等の有無が調べられ、有用菌株の絞り込みが行われた。

また、分離された菌株を用いた新しい発酵食品の試作が各企業で実施され、約30種の試作品が作られた。この中には、現在上市への準備が進んでいるものも多数ある。さらに、石川県立大学・野口明徳教授のグループでは、超音波や通電処理を培養槽に適用して発酵特性を最適化するといった、これまでに類を見ない工学的アプローチも試みられ、発酵を迅速化することに成功した。

「アジのなれずし」から菌株を分離

全てのメンバーが最も待ち望んでいたのが、分離乳酸菌を使った新しい発酵製品の発売であった。金沢の老舗酒造会社である株式会社福光屋*1が中心になり、主に金沢大学と石川県工業試験場がサポートし、甘酒を乳酸菌で発酵させたヨーグルト風味飲料「ANP71」が出来上がった(写真1)。ANP71は、塩と酢に漬けたアジと米飯を原料とする発酵寿司である「アジのなれずし」から分離した菌株「ラクトバシラス・プランタルム ANP7-1 (Aji-Narezushi lactic acid bacteria isolated during fermentation Process)」から名付けられたものである(写真2)。甘酒を原料としながらも爽やかな酸味を持ち、かつ濃厚な風味を持つ製品に仕上がっている。上市に努力された方々の製品化への苦労は大変なものだったと思うが、菌株の分離同定を主に担当した筆者にとっても、一生懸命分離した菌のうちの1株が光り輝く商品開発につながったことは、本当に大きな喜びであった。

写真1 ヨーグルト風味飲料「ANP71」

写真2 ラクトバシラス・プランタルム ANP7-1 株
(石川県立大学 古賀博則教授 撮影)

いま一度立ち返って考えると、そこには産学官の垣根を乗り越えて、というよりも垣根を取り払って、みんなが元気になる成果を世の中に送り出したいという一つの強い願いの下にさまざまなグループが結束してチームワークを発揮したことが最も大きな成功要因であったと感じる。もう一つ忘れてはならないのが、伝統発酵食品をいにしえの時代から今日まで絶えることなく作り続け、毎年、「今年もおいしいものが出来た、ありがたい」と、ささやかな喜びとともに製造現場を支え続けてきた、名も知らぬ先人たちの伝統を大切にする心ではないかと思う。

言うまでもなく、公的な資金を活用する産学官連携プロジェクトはドライなシステムが基本にあるが、関与するメンバーがどれだけ「温かな心」を持って互いの思いをぶつけ合い、あるいは尊重し合って、持てる力を引き出し合うかで結末が全く違ってくる。これからの産学官連携は、各機関の間の「垣根を取り払う」という意識から、互いの領分を理解し尊重した上で、共通の目的に向かって直ちに合一するという、「産即学、学即官、官即産」のステップに進まなければならないのではないだろうか。そうすることによって必ずや、これまで思いもよらなかった大きな成果と喜びが全国各地で生まれてくると思う。伝統発酵食品が私たちにその可能性を教えてくれたと、強く思っている。