2013年9月号
単発記事
JST「委託開発」で実用化
生体親和性ポリマーを活用した長寿命人工股関節
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京本 政之 Profile
(きょうもと・まさゆき)

京セラメディカル株式会社研究部/
東京大学大学院工学系研究科 マテリアル工学専攻、医学系研究科関節機能再建学講座

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茂呂 徹 Profile
(もろ・とおる)

東京大学大学院 医学系研究科
関節機能再建学講座


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石原 一彦 Profile
(いしはら・かずひこ)

東京大学大学院 工学系研究科
マテリアル工学専攻


産学官連携で開発を進めた、生体親和性ポリマーを活用した長寿命人工股関節は、2010年に製造販売承認を厚生労働省に申請し、2011年にAquala®ライナーとして認可を取得した。科学技術振興機構(JST)の「委託開発」を活用して実用化された成功例である。Aquala®ライナーを搭載した人工股関節の2012年の売り上げは約50億円。約90%が欧米製品で占められていた国内の人工股関節市場に変革をもたらす、日本発の革新的な大型製品だ。

開発の背景

医療技術の進歩と生活環境基盤の整備による平均寿命の増進とそれに伴う高齢者人口の増加によって、日本は世界のどの国もこれまで経験したことのない超高齢社会をつくり出している。国内の要支援・要介護者数は約500万人(2010年)と急増しており、このうち20~30%は運動器官の機能障害が原因であることから、その対策が可及的速やかに求められている。人工股関節置換術は疾患や骨折などにより機能を失った関節を人工関節に置き換える手術である。痛みを取り除き、歩行能力を回復させる優れた手術として確立している。しかし、人工関節の寿命は一般に15~20年と言われており、手術を受けた患者は、生涯のうちに人工関節の入れ換えの手術(人工関節再置換術)が必要となる可能性がある。再置換手術は初回手術より難度が高く、高齢により手術が受けられず寝たきりになる場合や、将来の複数回の再置換手術への危惧から人工関節置換術を適用できない若年の場合など制限も多く、回避しなければならない重要な課題である。従って、人工関節の長寿命化(長期耐用化)が社会的にも医学的にも強く求められている。

開発コンセプトと人工股関節への応用

生体の関節軟骨は、体重の数倍の負荷を受け続けるにもかかわらず、少なくとも数十年にわたり関節面を保護し、その潤滑機構を改善している。人工股関節の構造、形状は、生体本来のものに近付くように設計されているにもかかわらず、関節面に関してそのような試みは全く行われていない。われわれは、生体関節軟骨表面で潤滑性を担う数ナノメートルのリン脂質分子層に着目し、生体親和性リン脂質ポリマー、2-メタクリロイルオキシエチルホスホリルコリン(MPC)ポリマーを用いて人工関節の表面に関節軟骨類似構造を構築させた。これにより、生体関節の優れた潤滑機能を人工関節の設計に反映させることができ、人工関節の耐用年数が飛躍的に向上すると考えた。このアイデアを具現化するため、人工関節の関節面を構成する架橋ポリエチレン(CLPE)表面に光開始表面グラフト重合によりMPCポリマーを固定化する技術を開発した(図1)。この処理により、CLPE表面に厚さ約100 nmのMPCポリマー層が形成すること、CLPE表面が疎水性から親水性に変化すること、それにより動摩擦係数が10分の1以下に低減する特徴を見いだした。水和潤滑機構を獲得した人工股関節の実現は世界初で、わが国が誇るべき先端技術である。

図1 生体関節軟骨を模倣したMPC-CLPE(Aquala®)ライナーを擁する人工股関節
生体関節軟骨の構造を模倣した表面ゲル層をCLPE表面に創製し、水和潤滑という潤滑機構を獲得する。

MPCポリマー処理CLPEの摩耗特性

人工股関節置換手術後、比較的短期間から始まる関節面の摩耗に誘引される骨溶解とこれに続発する人工股関節の弛み、すなわち固定不全は再置換手術が必要となる深刻な合併症である。手術後の歩行運動を再現する股関節シミュレーター試験(ISO14242-3規格)で、人工関節の摺動による摩耗粉の産生抑制効果を評価した(図2)。MPCポリマー処理CLPE(MPC-CLPE)ライナーの摩耗量をその重量変化で検討すると、MPC-CLPEライナーの摩耗量は未処理CLPEライナーに比べて著しく少なかった。CLPE表面に形成したMPCポリマーによる水和潤滑ゲル層が低せん断性を発揮して潤滑機能を果たすことにより、高い耐摩耗特性の獲得に至ったと考えられた。また、試験に使用した潤滑液から摩耗粉を回収して解析をしたところ、MPC-CLPEライナーからの摩耗粉発生数は、未処理CLPEライナーからのそれに比べ、約1%以下にまで低減されていた。人工股関節周囲の骨溶解は摩耗粉の量に依存した生体反応であることから、MPCポリマー処理による弛みの抑制を期待させる重要な知見となった。

図2 人工股関節シミュレーション試験によるMPC-CLPEライナーの摩耗特性
(A) ヒトの歩行周期を模擬する人工股関節シミュレーション試験機、(B) 重量測定による摩耗量の評価、(C) 血清から分離回収した摩耗粉のSEM観察。試験は、ISO14242-3規格に準じて行なわれ、約10~15年分に相当する(1.0 x 107サイクル)の歩行を模擬している。

産学官による開発プロジェクトと臨床への応用

本開発は、「深刻な合併症である弛みを阻止し、再手術不要の生涯型の人工股関節を実現したい」という医師・患者側のニーズと、「日本独自の生体親和性ポリマーとそれを用いた表面処理技術」というシーズがマッチングした日本発の医療機器に関するものである。東京大学で進められていた医工連携研究に株式会社神戸製鋼所の医療材料部門(現在の京セラメディカル株式会社)が参加して体制づくられた産学共同開発プロジェクトは、2005年に科学技術振興機構(JST)の委託開発に採用されたことで臨床への応用が加速的に進められ、2007年より臨床試験(治験)を実施した。その良好な治験結果に基づき、2010年に製造販売承認を厚生労働省に申請し、2011年Aquala®ライナーとして認可取得、実用化した。

この経過をたどれば分かるように、医工・産学官連携による基盤研究と日本の「ものづくりの力」を結集することによって企業化に至っている。これまでに、8,500症例(2013年7月末現在)を超える患者に使用されており、医療の現場における期待も高い。現在も継続した臨床成績(有効性、安全性)を評価するため、治験症例に対する追跡調査を実施中である。既に、最長で術後6年が経過しており、その成績は非常に良好である。また、世界へ広く情報発信していくため、多施設共同の大規模臨床試験(AQUALA study;国内の基幹大学を中心に約20施設)も開始した。

国内の人工股関節市場は約90%が欧米製品で占められていたが、Aquala®ライナーを搭載した人工股関節の2012年の売り上げは約50億円に達した。これまでの市場に変革をもたらす、日本発の革新的な大型製品となっている。本年中には、骨との固着を改善した新しい人工股関節製品への搭載も決まっており、水平展開によりさらなるシェア拡大が期待できる。また、欧州、米国など、人工股関節の主要な市場への数年以内の販売を計画している。さらに、この技術を発展させた次世代の人工関節材料の研究開発(戦略的イノベーション創出推進プログラム[S-イノベ])も開始しており、これを実現することでわが国の医療機器産業の国際競争力を復活させ、さらに強化することに多大な貢献を確約するものである。

Aquala®ライナーは、再手術不要の生涯型の人工股関節の実現を成し遂げる可能性が高く、患者・家族に対してはもちろん、社会に対しても多くのメリット(労働人口の社会復帰や介護費用を含む医療費の大幅削減)を有する。Aquala®ライナーを搭載した人工股関節は、医療イノベーションをもたらす日本発の長寿命型人工股関節として、国内はもとより、広く海外においても用いられることを確信する。