2013年9月号
連載 - 研究の現場から
岡山理科大学 准教授 山本俊政
海水に依存しない養殖システムの確立

海から離れた山村地域でも、真水をベースに海水魚を育てられないか――こんなユニークな発想から、海水でも淡水でもない、第3の水を作り出した研究者がいる。岡山理科大学工学部の山本俊政准教授だ。魚の浸透圧調整に関わるナトリウム、カリウム、カルシウムの3つの成分に着目し、その最適な濃度を特定。この3成分のわずかな濃度の電解質を淡水に加えるだけの、世界一安い“海水”だ。「好適環境水」と名付けている。この水を使った養殖の研究が進んでいる。拠点は岡山市の丘陵地にある同大学「生命動物教育センター」。山本先生にこの研究を始めるようになった背景や研究の進展状況について語っていただいた。

(聞き手・本文構成:本誌編集長 登坂和洋)

―研究を始めるようになったきっかけは?

山本俊政氏

私は大手金属会社でレアメタル、レアアースの研究をしていましたが、転勤が嫌で会社を辞め、親がつくった会社に入りました。“家業”は、海に生息する魚介類を陸上で飼育・養殖する装置を専門に製作したり、輸入しています。ここで魚や水のことをいろいろ勉強しました。アクア・アートといった新しいことにも取り組んでいたとき、当学園(学校法人加計学園)の理事長に声を掛けていただき、2002年から岡山理科大学で閉鎖循環式の養殖の研究を始めることになりました。

カリウム、ナトリウムなどから好適環境水

―なぜ真水をベースに海水魚を育てるのですか。

ここで研究を始めるには、大きな課題がありました。本学のこのキャンパスは海から30キロメートルも離れた丘陵地にあることです。海水を運べば1トン6,000円かかります。人工海水は1トン1万円もします。実験には合わせて数百トン規模の水槽などが必要です。しかもその一定量を毎日新しい海水に入れ替えなければなりません。一研究者が負担できる金額ではありません。

そこで新しい発想で、淡水をベースに、海の魚が生息できる“水”をつくることから始めました。海水にはおよそ60の成分が含まれていますが、少なくともその中のどの成分がどれくらい含まれていれば、海の魚は生きられるのか、という問題意識です。海水を参考にしないで、ゼロベースから積み上げる方法や消去法などいろいろ試みました。そして、魚の浸透圧調整に関わるナトリウム、カリウム、カルシウムの3つの成分に着目し、その最適な濃度を特定。2006年12月に4つの特許を出願しました。私は「好適環境水」と名付けています。海水でも淡水でもない、第3の水です。

好適環境水はナトリウム、カリウム、カルシウムのわずかな濃度の電解質を淡水に加えることで生み出されます。これを利用すれば、海水の無いところでも、真水を使って海水魚を育てることができます。海水魚を飼育するための世界一安い“海水”です。特許出願時に比べると、われわれの好適環境水は進化しています。

3年前に「生命動物教育センター」

―好適環境水を開発してから「生命動物教育センター」開設までの経緯は?

好適環境水を使って養殖の実験に移りました。

第1ステップは500~5,000リットルの水槽で予備実験を行いました。飼育したのはトラフグ、ヒラメ、マダイ、シマアジ、クエです。養殖ができそうだということが分かりました。

第2ステップとして2007~2009年、もう少し大きな水槽で飼いました。水族館からもらった水槽や、自分たちで設計・製作した手作り水槽でこの第2ステップを支えました。2008、2009年ごろにはわれわれのユニークな研究はメディアでも報道されるようになり、さまざまな業種の多くの企業から共同研究開発の出資の申し出がありました。しかし、こうした資金提供の話は全て断り、理事長の英断で大学(学校法人)が3億5,000万円出して専用の研究施設をつくることになりました。

それが、2010年3月に完成したこの「生命動物教育センター」です。床面積は約1,200平方メートル。一番大きな水槽はクロマグロ蓄養槽(140トン)で、海水を使わず海水魚を養殖する閉鎖循環式としては全国最大級の水槽です。この水槽と種苗生産室を含めセンター内の水槽の容量は合わせて370トンになります。このセンターでの実験が第3ステップです。

ウナギとトラフグの2つに絞る

―養殖の実験は順調のようですね。

昨年から魚種をトラフグとウナギに絞り込みました。2012年7月28日、当センターの好適環境水で養殖したトラフグ52尾を岡山市中央卸売市場に初出荷し、残りの2,300尾が出荷待ちとなっています。今年は2年目です。ウナギの出荷は今年からで、シラスウナギ1キロから成ウナギ約800キロの生産の見通しが立ち、現在、出荷がほぼ終わったところです。この2つに絞った理由は、生産効率がいいことと、高く売れることです。

このセンターでは、18カ月水の入れ換えをしていません。というのは、好適環境水のpHは7でアンモニアがほとんど発生しないためです。ろ過も簡単です。多くの魚を入れられるのも好適環境水の特徴です。2003年度トラフグ生産試験における生産密度は1立方メートルに45キロを達成できました。同じ容量の水に、水族館は5キロ、養殖でも多くて10キロ程度です。さらには無投薬の魚が生産されました。

好適環境水によるシラスウナギの養殖

水産白書に盛り込まれた陸上養殖

―先生の研究はアカデミアの従来の発想からは決して出てこないものですね。

私のように工学部の教員が魚の養殖を研究しているケースは他にないでしょう。水産は農学部の先生が研究していますが、魚工場の概念は水槽設備を利用することから化学工学、流体力学、熱力学、分析化学などが必要不可欠となります。これらの技術は工学部の学問エリアにあります。しかし工学部は魚をつくる発想はありません。一見、相いれない方向性の異なる分野に見えますが、科学の進歩の行く先は「科学の力により人類を豊かにすること」に変わりはありません。あえて分野の垣根を越え、技術を結集すれば新たな技術が創出します。これからのアグリビジネスは、水産のみならず異業種との密なる連携がキーワードになると思います。

かつてわが国における水産業は、国を支える基幹産業として長きにわたり君臨してきました。現在、乱獲による資源の枯渇、漁業規制、漁業就労者の高齢化により危機的な状況にあります。このような状況の中で、水産庁は今年7月1日に「水産白書」を公開しました。その中ではじめて陸上養殖(閉鎖循環式魚類養殖)への取り組みが盛り込まれました。これらの背景には高生産性が期待できることや、生産場所に限定されず震災に強い魚工場の利点が注目されたものと考えます。水産白書に示される国の方針は、東日本大震災により傷跡が残る東北地方への福音になるはずです。さらには東南海大地震への備えになると確信し、早期目標達成に向け全力を傾注する所存です。

―ありがとうございました。