2013年11月号
特集 - 加速するオープンイノベーション
デザイン思考を活用した「イノベーション仲介」モデル
顔写真

及部 智仁 Profile
(およべ・ともひと)

株式会社TBWA博報堂 経営企画室
新規事業開発グループ グループマネージャー


用途開発の対象となる技術を探し、活用したい領域とビジネスモデルを考えて、企業にフィードバックする。新事業の背景にはデザイン思考がある。

はじめに

発明がイノベーションに結び付く過程で直面する「死の谷」の問題に対して、 株式会社TBWA博報堂(以下「TH」)が提供している“イノベーションの仲介”のサービス・モデルを説明する。

“イノベーションの仲介者”とは、「他者」から資源動員(ヒト・モノ・カネ・情報)を引き出す役割を担う仲介企業のことである。つまり、技術シーズの用途開発を支援し、潜在顧客(イノベーションシーカー)からフィードバックを獲得することで、イノベーションを加速化させる役割を担う仲介者のことである。 

松本(2011)が指摘しているように、イノベーションの「死の谷」が広大であればあるほど、技術の有用性を示すための試行が必要であり、その結果、想定外のイノベーションに結び付く可能性が高まる*1。しかし、技術の有用性を試行錯誤するには、研究所や設計部門だけでなく企業内外のさまざまなプレーヤーを巻き込んで、その資源を動員しなければ成し遂げられない。武石ら(2012)の先行研究にもある通り、資源動員には多様な関連主体からなる「他者」の資源(ヒト・モノ・カネ・情報)が動員されなければならない*2。イノベーションの実現は不確実性が高く成功の見通しが立たないなか、同時に「他者」の資源を動員しなくてはならないという壁がある。「死の谷」を超えていくには、この壁を乗り越えていかなければならないのである。

この壁を乗り越えていくために、「他者」から資源動員を引き出す役割を担う“イノベーションの仲介者”が、用途開発のプロセスを加速化させる役割を担うことができるのではないか、と考え、TH で立ち上げたのが Human-Centered Open innovation®*3事業の「技術の顧客開発プロセス」サービスである。

サービスモデルの概要

主要なサービスモデルの一つに用途開発サービスモデルがある。用途開発ではまず対象となる技術の探索/収集を行う。当事業では、産学連携として各大学のTLOや、各大学の研究室、国立研究機関、国内企業のR&Dセクションと連携するだけでなく、業務提携パートナーである株式会社ナインシグマ・ジャパン等からも収集し、優良技術の発掘を行う。モデルを図1で説明する。

①のステージでは、単なる技術的特徴の情報であり、ベネフィットが明確化されていない状態である。

②のステージでは、収集した技術(特許やユーザーインターフェース等の意匠権、プログラミング等の著作権等含む)を、誰が閲覧しても理解できるように、当該技術の機能と可能性、将来性等について分かりやすく「用途仮説」を明確化する。

③のステージは、ショーケース開発である。つまり技術を顧客利便性に置き換えるため、ユーザー目線で、開発者とユーザーと共創しながら、デザイン思考を活用したプロトタイピングを通じて技術の「見える化」を行い、用途仮説の可視化と実現可能性の提示を行う。

④のステージでは、当該技術を開発した技術ホルダーの社名等の秘匿性を担保しながら、THのネットワーク外部性の効果を最大限に活用し、取引先で可能性のある顧客候補にショーケースをプレゼンテーションする。

⑤のステージでは、さまざまな顧客企業側からのフィードバックをもとに、ベネフィットの方向性を修正したり、技術を改良したり、実験を繰り返すことで技術のバリューアップを行い、用途開発の成功率を向上させていくというモデルである。

図1 技術の顧客開発プロセス

この「デザイン思考」を活用したプロトタイピングを行うことで、さまざまなイノベーションシーカーとの対話を促進することができる。特に、ベンチャーや中小企業で、さまざまなB to C企業とのネットワーク能力が盤石でない企業や、自社業界以外の異業種とのネットワーク力が盤石でない技術開発系企業には、外部の資源動員のためにこのモデルは有効性が見込めると考える。

デザイン思考

では、そもそも「デザイン思考」とは何なのか? 「デザイン思考」の生みの親は、デザイン・コンサルティング会社のIDEOのティム・ブラウン氏である。また「デザイン思考」の学術的な研究は、イノベーション教育で世界的に著名なスタンフォード大学d.schoolが中心である。

「デザイン思考」を簡単に言えば、“人々の生活や価値観を深く洞察し、ユーザーが何を潜在的に求めているのかを感知しながら、プロトタイピングを通じて、新しいユーザー体験を提供するイノベーション・プロセス”であると言える。

THでは「デザイン思考」が“異なる知性がコラボレーションできる状況を創り出す「集合知」のツール”としていち早く注目して研究を行ってきた。そして、人間を中心としたオープン・イノベーション事業を推進するTHでは、国内の会社ではいち早く社内にCADシステム、3Dプリンター、レーザーカッター、CNCルーターなど、デジタル・ファブリケーション・ツールをそろえたデザイン思考のための工房を設置し、デザイン思考研究の第一人者である奥出直人教授(株式会社オプティマ/慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究科教授)らと連携しながら手法を開発し、イノベーションを求める企業に提供している。

そもそも、デザイン行為とは、価値や意味が存在する心理空間から、物質の状態や属性が存在する物理空間への写像行為である、と筆者らは考えている。つまり、心理空間から物理空間へ的確にニーズを反映することで人間中心のデザインが具現化すると考えている。

この“的確な写像行為”を行うには、さまざまな部門の壁を横断してデザインしていく必要がある。デザイン行為は元来、機能横断的であり、調整役としてのデザインの価値については過去、十分に研究されてきている。R&D機能とマーケティング機能の融合は以前から叫ばれてきた話であるが、その融合に必要なのは各々の部門で共有する思考体系である。筆者らは、集合的な創造性に必要な思考体系こそが「デザイン思考」であると考えている。

ビッグデータは機械学習などで大量の形式知を分析することで、今まで見たこともない、または、見ることができなかった集合知が生まれることがある。一方で「デザイン思考」は、ツールやワークショップ等のデザイン・プロセスを通じて暗黙知を形式知化する、もしくは、暗黙知と暗黙知を集合的にぶつけ合うことで、新たな暗黙知・形式知を産み出すプロセスであると言える。

まとめ

技術シーズは、顧客企業候補へのアクセス数が多ければ多いほど、また顧客企業候補からの想定外の素早いフィードバック数が多ければ多いほど、想定外のイノベーションに結び付く可能性が高まると考えられる。

われわれが日々考察していることは、多様な「他者」からのフィードバックが素早く獲得でき、さらに数多くの想定外のフィードバックが動員されればされるほど、非連続のイノベーションを生み出す確率が向上するのではないか、という視点である。つまり、「他者」から資源動員を引き出す役割を担う“イノベーションの仲介者”が、仲介者としてのネットワーク外部性がもたらす効果を活用することで用途開発を加速化できる一定の役割を担えると考えている。

*1
松本陽一.イノベーションの資源動員と技術進化:カネカの太陽電池の事例.組織科学.2011,Vol.44.

*2
武石彰;青島矢一;軽部大.イノベーションの理由 資源動員の創造的正当化.有斐閣,2012,540p.

*3
株式会社TBWA博報堂が推進する「人間中心のデザイン(Human-Centered Design)を起点としたイノベーション事業」について:デジタル・ファブリケーションをそろえたデザイン思考の工房や、世界トップクラスの技術探索企業である株式会社ナインシグマ・ジャパンとの業務提携などを通じて、オープン・イノベーション事業を推進。詳細についてはhttp://www.hcoi.jpを参照。