2014年1月号
特集2 - より強く より高く
国際生物学オリンピック
2020年日本開催を目指して裾野拡大を
顔写真

松田 良一 Profile
(まつだ・りょういち)

国際生物学オリンピック日本委員会 コーディネーター、東京大学 教授


日本は2004年に国際生物学オリンピックに参加し、2005年の第16回北京大会から代表の高校生を派遣している。こうした活動を通じて、生物好きな高校生たちにチャレンジと交流の機会を与えるとともに、国内の中高校生に生物学の面白さを伝えている。

はじめに

国際生物学オリンピック(International Biology Olympiad=IBO)は、各加盟国内で選抜された高校生を毎年1カ所に集めてIBO大会を開き、生物学の理論問題および実験問題への取り組みをテストする科学系オリンピックの1つである。わが国も2004年にIBOに加盟して以来、生物好きな高校生たちにチャレンジと交流の機会を与えるとともに、国内の中高校生に生物学への啓蒙活動を行っている。その現状と今後について概要を述べる。

日本の参加

2004年、日本にIBO参加への機運が高まり、同年の第15回IBOブリスベン(オーストラリア)大会において日本のIBO加盟が満場一致で認められた。文部科学省では日本生物教育学会と協議の結果、国際生物学オリンピック日本委員会(JBO)が立ち上げられた。

2005年の第16回IBO北京(中国)大会に日本から初めて参加した代表生徒4名のうち2名が銅メダルを獲得した。それ以降毎年、予選として理論試験を、本選で実技試験を行い、代表選抜試験で国際大会に派遣する代表4名と次点2名を選抜している。2013年には100の予選会場で3,149名が受験し、2014年バリ(インドネシア)への出場を目指した。

2009年IBO大会の日本開催

2006年末、財政上の理由から2009年IBO大会のキャンセルが報告された。加盟国からは2009年大会の開催国候補は現れず、IBO存続の危機を迎えた。JBOでは激論の末、ついに筑波大学を会場に2009年IBO国際大会を日本で開催することを表明し、IBOから受諾された。つくば大会ではIBO史上、最多の56カ国から221名の代表生徒が参加し、日本の代表生徒のうち大月亮太君(千葉県立船橋高等学校3年生、現京都大学)が日本で初めての金メダルを獲得した。日本側が提案したサブグループ会議の設置(会期直前に問題を吟味する数名の国際委員からなる問題検討会議)と生徒の答案成績の統計的解析が有効に機能し、それが高く評価された。その後も日本の代表生徒の成績は上昇を続け、2011年の台北(台湾)大会では3個の金メダルと1個の銀メダルを獲得し、国別成績でも4位という高い成績を収めた。

IBOはなぜ必要か?

わが国では教育機会の平等と「落ちこぼれ」防止を念頭に教育政策が進められてきた。その一方で特定分野における才能の発掘と育成はスポーツ分野あるいは芸術分野にとどまり、学問分野では国レベルでの取り組みは十分とは言えなかった。しかし、IBO加盟国では科学技術がその国の産業力の根幹を成すとの認識から、それを支える次世代層の科学教育に力を注ぎ、生物学における突出した才能の発掘と育成に並々ならぬ力を注いでいる。科学分野における才能を個人の属性に帰するのではなく、社会で共有財産として育てていこうという発想である。日本においてもJBOが発足して以来、生物学に関するさまざまな啓蒙活動(日本生物学オリンピックフォーラム)や国内選抜、代表生徒の特別訓練等を通じて、中高校生たちに生物学の面白さを伝える新しい流れができた。生物学に傾倒することに社会が価値付けをすることで、それまで生物好きな変わり者扱いされてきた生徒が自信を持ち、それが人生の転換につながった例が幾つも出てきたことは誠に望ましいことである。国の内外に広がる同好の仲間のネットワークが構築され、それを生かした将来の発展も期待される。

2012日本生物学オリンピックフォーラム in 岩手
(2012年3月31日 岩手大学工学部で開かれたJBOの啓蒙活動)

JBOの責任は重大

2013年IBOベルン(スイス)大会に参加した代表生徒の文部科学大臣表敬訪問(前列左より真田兼行、下村博文大臣、新宅和憲、後列左より中村絢斗、横山純士)

多くのIBO加盟国において国内選抜やIBOにおける評価が大学進学や奨学金の受給等に連動しているのに対し、日本では、必ずしも連動しておらず、このような科学系オリンピックへの参加のインセンティブにつながっていない。東京大学は高校生時代の多様な能力や実績を評価すべく、2017年度から入試後期日程に推薦評価を導入することを決めた。これを契機に多くの大学でも科学系オリンピックでの成績が推薦の基準の1つになると思われる。

このように生物学オリンピックにおける成績が大学入試と連動してくると、国内選抜における問題の機密保持等に入学試験並みの管理体制が求められ、JBOの責任は重大になる。 

しかるに高校や大学教員のJBO参加はボランティアベースであり、機密保持や管理体制の向上・厳格化はJBO関係者に過重な負担を与えることが懸念される。もとよりJBOに限らず、科学系オリンピックを支える国内組織は決して安定しているとは言えない。各科学系オリンピック運営母体の組織基盤の強化と予算の増加、協力している教員に対する高校・大学の評価等、とるべき対策は多い。

2020年を科学系オリンピックイヤーにして日本の理科教育を活性化しよう

オリンピック・パラリンピックが2020年、東京で開催されることが決まった。これに向けて、国内では既に初等中等教育における体育やスポーツクラブへのさまざまな強化策が打ち出されている。JBOではこの2020年に向けた取り組みを理科教育にも波及させるべく、2020年のIBO大会の日本招致を目指している。幸い、2013年11月に開催されたIBO運営会議において2020年IBO大会の日本開催が予備承認された。2020年にIBO代表生徒になる世代は現在の小学生たちである。そこで小学生にも生物学啓蒙活動の範囲を広げ、理科教育の強化につなげていきたい。東京オリンピックとIBO大会が開催される2020年を「スポーツと科学教育の振興を通じて国際親善に貢献する日本の姿勢」を示すメモリアルイヤーにしていきたい。

本稿をまとめるにあたり浅島 誠JBO組織委員長、石和貞男JBO運営委員長、鳩貝太郎副委員長、山下雅道広報部会主査、齋藤淳一国際部会主査ほかJBO委員の皆さん、日本科学技術振興財団の大野 力様にご協力を賜りました。ここに深く感謝いたします。

2013年8月に開かれた日本生物学オリンピック本選(広島大学)の参加者

●目的
 生物学は21世紀の人類の生存を左右する重要課題である食糧、医療、環境問題に対する基幹的な学問である。生物学分野の担い手の育成は各国の重要課題である。IBO加盟国は生物学的才能のある高校生を国内選抜し、その過程で彼らの生物学に関する才能を伸ばし、将来の生物科学者を育てることを目的としている。その過程で各国は生物学教育を国際比較することにより自国の生物学教育を改善する上での有益な情報を得ている。

●歴史
 1990年、ユネスコは旧チェコスロバキアに初回のIBO開催を要請した。賛同した6カ国(ベルギー、ブルガリア、旧チェコスロバキア、旧東ドイツ、ポーランドおよび旧ソビエト連邦)は1989年IBOを創設し、1990年7月にオロモウツで第1回IBO大会を開催した。プラハには運営責任母体としてコーディネーターセンター(IBO CC)が設立された。現在は、タイ王国カセサート大学のPoon Kasemsap教授が第3代目のIBO総長を務め、IBO加盟国は62カ国を越えている。