2014年5月号
特集1 - 「マッチング」を解読する
光触媒を用いた内装用の高性能抗菌塗料技術
顔写真

北村 透 Profile
(きたむら・とおる)

株式会社ピアレックス・テクノロジーズ
代表取締役社長


光触媒コーティング剤メーカーのピアレックス・テクノロジーズは、その画期的な技術により外装用塗料の世界では知られていた。一方、九州工業大学の横野照尚教授は紫外線のない可視光下で卓越した反応性を示す光触媒の開発に成功していた。両者の共同研究により、光触媒の新しい領域の扉が開かれた。

光触媒の研究というと、酸化チタンをはじめとする金属酸化物の組成や結晶形に関することばかりだというイメージがあるが、広範な用途での実用化とその普及のためには「かんたんな工程で膜にする」という造膜技術の開発が実は同じくらい重要である。私見では両分野の技術がそろわないと光触媒は遠くノーベル賞に届かない。株式会社ピアレックス・テクノロジーズ(以下「当社」)が九州工業大学大学院の横野照尚教授と連携して開発した新製品は、その組み合わせの典型的な成功例として挙げることができよう。

成分はフッ素樹脂アイオノマー

最適のコラボレーション

当社は光触媒コーティング剤のメーカーとして、従来からフッ素樹脂アイオノマーをバインダー成分とする独自の造膜技術を追究していた。一般的な光触媒コーティング剤には、乾燥に時間がかかる、白濁する、接着力が足りない、裏反応を避けるための工程が煩雑――などの課題があったが、当社の光触媒コーティング剤はこれらの課題を一挙に解決した画期的なものとして、塗料・建築業界などでは特に外装用として有名になりつつあった。採用した光触媒自体は学術論文にも記載されている汎用アナターゼ型酸化チタンであった。

一方、九州工業大学の横野教授は、紫外線のない完全な可視光下で卓越した反応性を示す新規な光触媒の開発に成功していた。貴金属修飾や酸素置換ドープ法からかけ離れた独創的な製法で極めて反応性の高い光触媒微粒子の大量生産に目途が付きつつあった。ただバインダーとの組み合わせ方法が未開発のため、それを内装用コーティング液にすることができなかった。換言すれば内装用の製品とすることができずに困っていた。

塗料商社の部長が仲介

ここに両者を結び付ける仲人の役割を演じたのが塗料の大手商社、株式会社西井塗料産業の斉藤暢生部長である。斉藤氏はTOTOの技術畑に居た方で、光触媒技術万端に造詣が深く、当社技術の本質をすぐに理解し、氏の勧めで西井塗料産業は当社外装用光触媒コーティング剤の九州地区総代理店となっていた。斉藤氏はさらに横野教授とも年来の友人であり、横野教授の「内装用のコーティング液の開発」に当社の技術が転用できることを着想し、当社に横野教授との提携を持ちかけてきた。そして両者の共同研究が始まった。今般の共同開発とその完成は、斉藤氏の存在とその努力に負うところが非常に大きい。

内装用光触媒で真価発揮

顧みれば当社が特長とするバインダーのフッ素樹脂アイオノマーは、外装よりもむしろ内装用光触媒でその真価が発揮されることが明らかになったのは僥倖(ぎょうこう)であった。

外装用光触媒は求められる唯一最大の機能がセルフクリーニングである。極論すればごく薄い表層のみが超親水性になっていれば許容されるので、バインダーは「光触媒反応で分解されない」ことだけが重要視されてきた。しかし、実質的に3次元反応が求められる内装用光触媒は活性酸素による酸化分解反応を活発に起こすことが必要となる。光触媒反応は水の分解が基本であるため常時大量の水を供給しなければならず、また反応は光触媒の表面積つまり微粒子の単位面積濃度に比例するため薄膜ではなく相当厚い光触媒層が必須となる。さらに、反応種や生成種の自由な泳動の障害になってもならない。

従ってバインダーはこれらの条件をもクリアする必要がある。フッ素樹脂アイオノマーは結晶水を体積の3割以上取り込んでいる点や、主鎖間が平均60nm以上のゆるゆるの網目構造であらゆる低分子化合物の透過や泳動を妨げない点でバインダーとしてはほぼ最適である。加えてプラスチックや繊維に接着する特性も併せ持っている。

「床材用」など4用途の技術確立

提案製品群

かくのごとく理論上は最適な組み合わせであるため、製品開発は専ら各用途に絞ったこれらの最適比率の検討になった。塗着素材を「壁」の一点に絞れる外装用と異なり内装用は身の周りのあらゆる素材が塗布対象になり、かつ要求性能も「フィルター用」「床材用」「スチール家具用」「衣料用」など塗布対象によって千差万別。その意味では技術的な開発も市場開拓も未だ道半ばである。取りあえずは上に挙げた4つの用途は技術的には確立したので、おのおのの専業メーカー(海外企業も含め)との製品化のための協力を進めている。

さらに内装や室内産業全般に応用範囲を広げ、日本発の光触媒技術がさらに世界で評価されるよう微力ながら貢献したい。

新しい光触媒実用化のお手伝いをしたい
西井塗料産業 斉藤暢生氏に聞く

九州工業大学と光触媒コーティング材メーカーの株式会社ピアレックス・テクノロジーズが共同開発した「光触媒を用いた高抗菌性塗料」。シーズは、横野照尚・九州工業大学大学院教授の世界最高レベルの可視光応答型光触媒の技術である。この産学を結び付け、画期的な新製品開発に導いたのが塗料商社の株式会社西井塗料産業(本社・福岡県福岡市)営業本部新機能コーティング材担当部長の斉藤暢生氏である。斉藤氏に経過を聞いた。

(聞き手・本誌編集長 登坂和洋)

斉藤 暢生 氏

私の専門は化学で、TOTO株式会社でセラミックなどの新規事業に携わってきました。TOTOは1995年に光触媒の超親水性を発見して特許化し、これを事業化するため98年に光フロンティア事業部を設立しました*1。私はここで工業分野向けの部長でした*2。2003年に早期退社し、西井塗料産業に入りました。

2007年、北九州市の産学官で構成する光触媒研究会の会合で、九州工業大学大学院教授の横野照尚先生の講演を聞きました。今までと違った観点からの新しい光触媒の研究で、面白いと思いました。横野先生は、約10年前に光触媒励起反応で生じた電子と正孔の再結合をいかに抑え光触媒反応を高めるかという観点で光触媒材料開発研究を行っておられて、実際にこの研究手法で酸化チタン系の可視光応答型光触媒を開発されていました。それがSドープ型可視光応答光触媒です。当時開発された可視光応答型光触媒の中では可視光下で最高の酸化分解力を生じていたにもかかわらず、残念ながら世間ではあまり認められませんでした*3。また横野先生は、光触媒の結晶面によって酸化反応と還元反応が違うという事に注目され、新光触媒材料も開発されていました。

横野先生のこの研究成果を実用化するのにぜひとも役立ちたいと思いました。TOTOで光触媒ビジネスを立ち上げた経験が生かせるのではないかと考えました。

当時、西井塗料産業は新ルート開拓を進めており、食品工場のカビ対策に光触媒を活用できるのではないかと考えました。光触媒に侵されない塗料化に必要なバインダーとしての高分子材料は、シリケート系とフッ素系(ナフィオン系)の2つしかありません*4。TOTOの基本特許はシリケート系。株式会社ピアレックス・テクノロジーズはナフィオン系を使っていたので、同社に横野先生との共同研究を提案しました。

産学で、低照度で高い抗菌性を示す可視光応答型光触媒塗料(防カビ剤入り)を開発し*5、3年前からピアレックス・テクノロジーズが「ピュアコートV」、西井塗料産業が「モルドブロックシステム」の名称で販売しています。防カビ剤との組み合わせでスタートしましたが、今は光触媒だけでも高い抗菌性を示すものが開発できています。

光触媒業界は、主に親水性の防汚効果に注目していろいろと商品化を行い、抗菌効果についてもその延長で対応してきました。しかし、抗菌性については、細菌なりカビ菌は水を介して繁殖するので*6、われわれは親水性とは逆発想の疎水性塗膜を実現しています。このようにわれわれの技術は、通常の光触媒業界の流れとは違ったものです。

流通企業主導の産学共同開発ですが、ディーラーは現場に近いという有利さがあるものの、資金、研究開発力、人材が十分ではありません。これまで述べてきた新しい発想を特許化していますが、特に海外出願費用やその維持費用を、海外展開が期待できない中小企業が捻出(ねんしゅつ)するのは厳しいです。

*1
この技術を応用した製品には塗料、タイル等の建材がある。光触媒の分解力で、表面に付いた汚れの付着力を低下させて、高い親水性で雨水が汚れを浮かせて洗い流す。

*2
光フロンティア事業部は、コンシューマー事業とインダストリー事業(工業分野向け)に分けて事業を推進した。

*3
横野先生の光触媒は、カチオンのSドープに特徴があったにもかかわらず、世間ではアニオンのSドープの研究からSドープ型可視光応答光触媒は駄目とレッテルを貼られ、酸化タングステンに注目していた。

*4
光触媒の強い酸化活性エネルギーに勝てる原子間結合力を有する材料としては、Si-OとF-H結合を有する材料しかないと考えていた。

*5
2007、2008年度は福岡県の補助金を活用して「超高感度可視光光触媒塗料(防カビ剤入り)」の研究開発を進め、2010年度に経済産業省の「新規産業創造技術開発費補助金」を活用して、低照度で高い抗菌性を示す可視光応答型光触媒塗料(防カビ剤入り)を開発。「従来の光触媒だけ」「防カビ材だけ」「従来の光触媒と防カビ剤の組み合わせ」のいずれと比較しても高い抗菌性を示す。現在新しい光触媒開発中。

*6
親水性は好ましくないとのフィールドテスト結果が出ている。