2014年7月号
単発記事
感染症研究の国際ネットワーク推進
日本の大学・研究機関がアジア・アフリカで貢献
顔写真

水野 環 Profile
(みずの・たまき)

岡山大学 インド感染症共同研究センター
特任助教


アジア・アフリカの国々に、日本の大学・研究機関と現地の大学・研究機関が共同研究拠点を建設し、日々感染症研究を行っている。それぞれの国における人材育成にも貢献している。

はじめに

図1 インドコルカタ市の岡山大学インド感染症共同研究センターが設置されているNICED新研究棟

2007年、岡山大学は文部科学省の「新興・再興感染症研究拠点形成プログラム」に採択され、インド東部のコルカタ市のNICED(インド国立コレラおよび腸管感染症研究所)内に岡山大学インド感染症共同研究センターを設置した(図1)。2010年からは第2期の「感染症研究国際ネットワーク推進プログラム(J-GRID)」に継続されている。

コルカタ市の衛生環境

写真1 豚や野犬、烏がゴミに群がる様子

インドは総人口が12億人を超え、経済的に急速に発展している。当センターがあるコルカタ市は、その周辺も含めると1,400万人の人口過密地域である。この地域はインフラ設備の整った地区と、スラムが混在している。道路等の公共の場にゴミが捨てられ、野犬や牛、豚、烏がゴミを漁るといった不衛生な環境である(写真1)。また、この地域は冬季(12~2月)を除き高温多湿な気候に加え、標高が低いので水害の多い地域でもある。

コルカタ市の感染症

有史以前からコレラがあったとされるインドの中でも、コルカタ市は水害が多く、コレラや赤痢等の下痢症の多発地域である。加えて、高温多湿な気候および劣悪な公衆衛生環境から、多様な感染症が存在する。デング熱のほか、多くがワクチン接種で予防可能なジフテリア、破傷風、狂犬病等にかかる危険性も高い。

写真2 ポリタンクを持って飲料水供給を待つ人々(左)と ため池の水を汲む人(右)

汚染された生活水が原因となるコレラ等の下痢症対策として、インド政府は上下水道施設がない地域には、朝夕のみ供給される公共の水道の設置や給水車の供給を行い、安全な飲料水の提供に努めている。しかしながら、供給される水には限りがあり、洗濯や水浴び、食器洗い等には不衛生なため池の水が使われることが多い(写真2)。特にスラム地区の住民は、自身が使用している池にゴミを捨てることもあり、今後は住民らの衛生観念の向上も不可欠である。

当センターの取組み

当センターは、コレラ等の腸管感染症を主な研究対象としている。

世界保健機関(WHO)の統計(2012年)では、インドの5歳以下の小児の死亡の11%(約20万人)が下痢症である*1。しかし、インドでは検査体制が未整備であり、病原体の詳細は不明であった。

当センターでは、コルカタ市内の西ベンガル州立感染症病院とB.C.Roy小児病院の急性下痢症患者を対象として、問診と下痢便の採取を行い、下痢病原微生物25種類の検査体制を確立した。現在は、J-GRIDの長崎大学ベトナム拠点、神戸大学インドネシア拠点に技術移転を行い、アジアの下痢症の検査体制の充実と、インド全国での検査体制構築を進めている。

なお過去には、地域社会の公衆衛生向上に貢献するため、ヤクルト中央研究所とともにインド人ボランティアの協力のもと、乳酸(プロバイオティクス)飲料がヒト腸内に及ぼす効果を調査した。

開発途上国で生命を脅かす赤痢については、安価な赤痢ワクチンの開発・実用化が急務とされる。当センターでは、赤痢菌の4種6亜種すべてに対して有効な加熱死菌ワクチンの開発研究を実施している。すでにマウスやモルモットへの経口投与により有効性を実証済みである。

コレラの主要な感染源である環境水中のコレラ菌は、コレラの流行地でも単離が困難である。その原因として、コレラ菌が環境水中で生きているものの増殖できない(VBNC)状態で存在している可能性があると考えられている。VBNCコレラ菌はヒトの腸管内で増殖可能な状態へと復帰し病原性を発揮するが、最近はヒトの腸管上皮培養細胞との共培養でも培養可能な状態へと変化することを明らかにした。現在は、VBNC状態の更なる解析および培養細胞破砕物を用いた環境水からのVBNCコレラ菌、およびコレラ流行との関連性を調べている。

おわりに

今後も現地の気候や人々の習慣、感染症の実態と向き合いながら、われわれの研究成果が少しでも現地の人々の健康向上につながるよう研究に取り組んでいきたい。

感染症の制御には研究機関だけではなく、多様な企業との連携体制が大きく貢献する。シーズとニーズの両者が揃うインドの地で、日本の企業が私たちと共に感染症対策、人々の健康確保への活動に参加することを期待している。

文部科学省の感染症研究国際ネットワーク推進プログラム(J-GRID)*2

感染症が容易に国境を超えて侵入・伝播するのに対し、各種情報や研究材料の移動には制限があり、その入手は非常に困難である。そこでさまざまな新興・再興感染症の発生により、感染症研究の重要性が再認識されたのを受け、文部科学省は「新興・再興感染症研究拠点形成プログラム」(第1期:2005~2009年)を立ち上げた。

図2 J-GRIDの研究拠点*3

このプログラムでは、新興・再興感染症が多発するアジア・アフリカの国々に、日本の8大学・2研究機関が現地の大学・研究機関の協力のもと共同研究拠点を整備し(図2)、両国の研究者が情報や研究材料を共有し共同研究を行うことを目的としていた(表1)。

表1 J-GRIDの研究拠点とアソシエートメンバー*4の紹介
(*J-GRIDプログラム以外で、海外において感染症研究を恒常的に行っている研究拠点)

そして、現在の「感染症研究国際ネットワーク推進プログラム」(第2期:2010~2014年)は、第1期で整備された研究拠点を充実・強化することにより、永続的な研究活動を進める基盤の確立を目指している。そして、国内外の他機関との連携を深めながら、基礎・臨床・応用の幅広い研究を遂行し、日本と相手国に知見および技術の集積を進めている。さらには、国際的に貢献する研究者の育成を図ることで、わが国の科学技術を利活用した国際貢献を積極的に推進している。

*1
WHO 2014編. “INDIA, country health profile”. WHO. http://www.who.int/gho/countries/ind.pdf?ua=1,(accessed2014-06-02).

*2
独立行政法人理化学研究所 新興・再興感染症研究ネットワーク推進センター(CRNID)編.“感染症研究国際ネットワーク推進プログラム(J-GRID)パンフレット”2014, p.2-7.http://www.crnid.riken.jp/jgrid/booklet.html, (accessed 2014-06-02).

*3
独立行政法人理化学研究所 新興・再興感染症研究ネットワーク推進センター(CRNID)編.“感染症研究国際ネットワーク推進プログラム(J-GRID)リーフレット”. 2011,http://www.crnid.riken.jp/jgrid/booklet.html, (accessed 2014-06-02).

*4
独立行政法人理化学研究所 新興・再興感染症研究ネットワーク推進センター(CRNID)編.“感染症研究国際ネットワーク推進プログラム(J-GRID)パンフレット”2014, p.8-39.http://www.crnid.riken.jp/jgrid/booklet.html, (accessed 2014-06-02).