2015年1月号
インタビュー
山形大学の有機エレクトロニクス研究
伝統の強み生かし世界と戦う拠点整備

結城 章夫 Profile
(ゆうき・あきお)

山形大学 前学長/
独立行政法人科学技術振興機構 上席フェロー


シリコン半導体も、青色LEDの材料である窒化ガリウムも「無機」だが、「有機半導体」をベースとしたエレクトロニクス(有機エレクトロニクス)という新領域の研究、開発競争が世界的に激しくなっている。有機EL、有機太陽電池、有機トランジスタなどである。低分子や高分子などの有機半導体材料を、極薄の曲げられるプラスチック基板の上に、蒸着または塗布してつくる。この有機エレクトロニクスの国内有数の研究拠点が山形大学にある。大型外部資金を獲得して、人材獲得、施設整備を大胆に進め、研究を強化してきた。

伝統の強みを生かして、日本一、そして世界と戦う研究拠点をどうつくり出してきたのか。「学長」の決断と、その後の展開を聞いた。

(聞き手:本誌編集長 登坂和洋)

法人化で独立した経営体に

―結城先生が学長だったのは2007年9月から2014年3月まででした。山形大学における有機エレクトロニクスの研究体制、その産学官連携による産業化への取り組みなどについてお聞きしたいと思います。

結城 国立大学の法人化というところからお話しします。今から11年近く前の2004年4月に、全国の国立大学が法人化されました。国立大学にとっては本当に革命的なことだったと思います。

憲法で学問の自由が保障されていますので、以前から国立大学には学問の自由がありました。教育や研究をどう行うかは、大学の自治の問題だったのです。一方で、法人化される前の国立大学は、文部科学省に附属する国の機関でした。毎年の予算編成や幹部事務職員の人事といった経営的なことは文部科学省が担っていて、国立大学は経営のことを考える必要がなかったのです。それが法人化されて独立した経営体となり、各国立大学は、経営もしなさいということになりました。従来からあった「学問の自由」に加えて、「経営の自由」も与えられたということだと思っています。同時に、経営をした結果の責任も厳しく問われることになりました。今、国立大学を経営していく権限と責任は、学長に集中されています。

全国には86の国立大学法人があります。それぞれの国立大学法人が自らを改革して、その機能を強化することが求められています。国立大学は、国民の大事な税金で賄われていますから、与えられた予算を最大限に有効活用して、アウトプットを最大にしていかなければいけないのです。

―当時は文部科学省で法人化の方針を進める立場でした。

結城 私は、この法人化と非常に深く関わってきました。国立大学を法人化するための「国立大学法人法」という法律は2003年の通常国会で審議されたのですが、その時の遠山敦子文部科学大臣の下で官房長をしておりました。国会の中を飛び回って、法案を通してもらう努力をしてきたのです。従って、この法人化については強い責任を感じています。法人化して良かったのか、悪かったのか、うまくいっているのかどうかということを非常に心配しておりました。

法人化して1年ほどたった2005年1月から文部科学事務次官になりましたので、法人化した後の国立大学がうまくいっているかどうかが非常に気になって、事務次官の立場で全国の国立大学を回って、その状況を見たり、聞いたりしました。

法人化して、経営陣つまり学長や理事・副学長の意識は大きく変わり、どんどん経営マインドになってきているんですけれども、現場の学部・学科、さらには一人一人の教員や職員を見てみると、なかなか意識改革が進んでいない。まだまだ国の時代、国家公務員であった時代の発想、あるいは「官庁の文化」から抜け出せないでいるなというふうに、心配しながら見ていたんです。

世界と戦う研究分野

―それから山形大学の学長になられたわけですね。

結城 事務次官を退官した後、ご縁があって、私の生まれ故郷にある山形大学の学長に就任しました。山形大学は、典型的な地方の総合国立大学です。全国に同じような大学が30ぐらいあると思います。その標準的なというか、典型的な地方総合国立大学の一つである山形大学を、自ら経営することになりました。

―どんな方針で臨まれましたか。

結城 着任して考えたことは、次のようなことでした。大学の使命は、教育、研究および地域貢献と三つあります。その中の研究ということで言いますと、国立大学であれば、この分野はここでしかやっていない、この分野では日本一だ、日本を代表して世界と戦うという研究分野を幾つか持っていなければいけない。もしそれが一つもなければ、国立大学でいる資格はないと思っていました。では、山形大学ではそれは何かということをずっと考えていたわけです。そして浮かび上がってきたのは、有機エレクトロルミネッセンス(以下「有機EL」)をはじめとする「有機エレクトロニクス」というテーマだったんです。

―山形大学工学部のもとは、官立の高等工業学校の一つ米沢高等工業学校ですね。

結城 工学部は米沢市にありますけれども、1910(明治43)年に米沢高等工業学校として発足しています。米沢は、昔から繊維産業が盛んな場所だったんです。そういうことがあって、米沢高等工業学校も繊維から始まりました。帝人という会社をご存じですね。帝人株式会社はあそこから生まれてきています。繊維でスタートしたということで、工学部の教員が200人ほどいますが、今でもその半分近くが高分子やプラスチックなどの分野を研究しています。そういう伝統から、繊維、高分子、プラスチックといったことが強いという特徴を持った工学部だったんです。

そして、城戸淳二先生という教授がおられた。この方は1993年、世界で初めて白色有機ELを光らせる発明をしました。白色ですから、太陽光に近い光を出す面光源の素子を世界で初めて開発したということで、この分野では長く世界をリードしてきた方です。山形県庁も、有機ELの開発・実用化に非常に熱心で、山形県が米沢市の工業団地に有機EL研究所というのをつくりました。県の予算で40億円余りの研究資金を用意して、白色照明を実用化するための研究所でした。この研究所は、2003年から2010年までの7年間続き、城戸先生がその所長になり、「米沢を有機ELのバレーにしよう」そんな構想で進めていたんです。

そんなこともあって、この分野が山形大学の強み・特徴であり、まさに先ほどの日本を代表して山形大学が世界と戦うべき研究開発だと思いました。

米沢高等工業学校からの伝統

―選択と集中は企業では当たり前ですが、一般的に大学というと、妙な平等意識があって“うちの強みはこれだ”となかなか絞り込めないという声を聞きます。

結城 それは決断の問題です。大学全体を見回して、うちはここを伸ばすんだと決めれば、それはそれで進んでいくことだと思います。学長の決断一つじゃないでしょうか。

―なるほど。それで山形大学は有機ELを中心とする有機エレクトロニクスが強みであると判断された。

結城 そうです。学長になってから「結城プラン」というのを毎年つくっていました。

―毎年、課題と目標を掲げて山形大学の改革を進めていこうというものですね。当時話題になり、大学のホームページで拝見しました。

結城 2009年1月につくったのが「結城プラン2009」です。結城プランとしては2回目のもので、着任して1年ちょっとたったところでした。このプランの「研究」の項目のトップに、新たに「有機エレクトロニクスに関する世界的な研究拠点を整備する」ということを掲げて、これに取り組んでいくと宣言をしたわけです。地方国立大学としてどこまでできるか、選択と集中によってどこまでやれるかという一大実験に挑戦してみようというような気持ちでした。

次々に大型資金を獲得

―大学の目標、戦略に明確に位置付けられたわけですね。

結城 有機エレクトロニクスの世界的な研究拠点整備に向けた取り組みがスタートして、その後、それが次々と具体化していきました。一つは、科学技術振興機構(JST)の当時の北澤宏一理事長のイニシアチブで始まった「地域卓越研究者戦略的結集プログラム」に採択されました。2009年度のことでした。採択されたのは全国で山形大学と信州大学の2カ所です。

もう一つは、2009年の夏に国の大型補正予算があり、文部科学省から「有機エレクトロニクス研究センター」という新しい建物の建設に16億円ほどを付けていただきました。この研究施設は2011年に完成しています。

―研究の対象を有機ELだけでなく有機エレクトロニクスに広げているわけですね。

結城 そうです。県が支援していたときは有機EL――ELというのは、光らせる方です。これはかなりいいところまで来ているんですが、ご存じのようにLEDが出てきたでしょう。LEDとの競争になってきて、今は性能とか寿命では遜色ないのですけれども、問題はコスト、経済性です。

山形大学有機エレクトロニクス研究センターでは、研究対象を光らせるELだけではなく、「有機エレクトロニクス」に広げています。有機化合物に電気を通して光らせるのが有機ELですけれども、その逆のプロセスもできるわけで、有機化合物に光を当てて電気を起こす。これは有機太陽電池ということになります。また、有機化合物をシリコンの代わりに半導体として使って、有機トランジスタとか有機集積回路というものをつくっていく分野もあります。有機化合物を使ったエレクトロニクス全般という構えにして裾野を広くし、総合的、相乗的に取り組んでいくことにしたんです。

―研究強化の資金獲得、体制整備が進みました。

結城 有機エレクトロニクス研究センターができたあたりから好循環をし始めまして、その後も次々といろんな競争的資金が獲得でき、新しい建物を付けていただいて、だんだんと大きくなってきたというのが今の状況です。人も資金も集まってきて、いわば雪だるまが転がり始めたというような状況です。研究設備というハード面と研究者や研究資金というソフト面の両方がだんだんと充実し、研究開発のための舞台装置は整ってきました。あとは、成果を出していくことがこれからの課題だと思っています。

今、有機エレクトロニクスという研究分野では、山形大学の工学部は、間違いなく日本一になっていると思います。次は、世界一を目指すわけですが、その仕事は、2014年4月に次の小山清人学長にバトンタッチをいたしました。

実用化、応用研究のイノベーションセンター

―かつての県の研究所はどうなったのですか。

結城 県の研究所は7年間で廃止になって、その設備などは、山形大学の「有機エレクトロニクスイノベーションセンター」という、もう一つの研究施設に引き取りました。このイノベーションセンターは、工学部キャンパスが手狭だったので、大学の外のビジネスパークに建設しました。その用地は、米沢市が無償で提供してくれました。米沢市も山形大学のプロジェクトへの期待が非常に強く、とても協力的です。このセンターの建物は、経済産業省の補助金によるもので、規模は15億円です。しかし、経済産業省の補助金は3分の2しか出ませんので、残りの3分の1、5億円は自分で調達しなければいけなかったんです。5億円の半分、2.5億円を山形県が出してくれました。残りの2.5億円は、山形大学が自力で用意しました。従って、イノベーションセンターは山形大学の施設ですが、国、山形県、米沢市、山形大学の合作の施設です。

―有機エレクトロニクス研究センターと有機エレクトロニクスイノベーションセンターはそれぞれどんな役割があるのですか。

結城 工学部のキャンパスにある研究センターは基礎研究を、学外のビジネスパークにあるイノベーションセンターは応用研究と実用化研究をやるという、車の両輪体制になっています。

―補助金の出どころが違うので、切り分けしているというところはありますね。

結城 基礎研究は文部科学省、実用化は経済産業省が支援してくれています。まず基礎研究のための研究センターができて、2年ぐらいたって応用・実用化のためのイノベーションセンターができたということです。基礎から応用・実用化までを一貫して取り組んでいく体制をつくったところです。

企業との共同研究費で維持

―産業界、企業の動きも出てきていますか。

結城 イノベーションセンターでは、企業との共同研究を中心に運営をしています。今、20社ぐらい来ているんじゃないでしょうか。建物は国の補助金でつくりましたが、ここの運転維持費は、民間企業との共同研究で賄っていこうと思っています。

―企業から研究者が来ているのですか。

結城 イノベーションセンターには教授、准教授が10人ほどいるんですけれども、全員民間企業から来てもらいました。スーパーイノベーターと言っています。任期付きですけれども、山形大学で雇用して、山形大学の教授や准教授になってもらっています。

―大阪大学など大手の大学では新しい産学連携の仕組みが広がりつつありますが、山形大学のこのイノベーションセンターも非常に新しい形ですね。

結城 そうですね。大学がここまで実用化研究に乗り出すというのはあまり例がないと思います。これは山形だからできたのかなという気もするんですね。というのは、大学の周りに大きな企業はいないんです。基礎研究をしてもその成果を渡す相手がいなかったので、それならもう思い切って実用化研究まで自分でやる。そのための研究者は民間企業から引っ張ってくる。民間企業と組んで、研究資金も持ってくるという形をつくったということだと思います。

―運転資金は共同研究で賄うのですか。

結城 運転資金は、企業と共同研究契約を結んで負担してもらったり、民間企業を数十社集めてコンソーシアムをつくり、年会費を100万円ずつ負担してもらうなどして確保しています。

三つ目のCOIの建物

―有機エレクトロニクスの分野で、比較的出口、産業化に近いのはどの分野ですか。

結城 まずは有機ELですね。照明やディスプレーへの実用化が一番進んでいます。次に来るのが有機トランジスタだと思います。ぺらぺらの薄いフィルム上にインクジェットとかロール・ツー・ロールという方法で塗布・印刷して、有機化合物を載せていくんです。そうすると、非常に安く電子回路ができます。

―PETのフィルムの上に材料を載せる……。

結城 塗布や印刷法で有機半導体の回路を描いていく。真空蒸着とかエッチングとかをしないで、非常に大量に、しかも低い温度でつくれます。さっき有機ELでは城戸先生だと言いましたが、もう1人の立役者が有機トランジスタ研究の第一人者である時任静士先生です。この方は、NHK技術研究所から来ていただきました。城戸教授と時任教授がJSTの事業で支援していただいた地域卓越研究者で、おかげさまでこのお二人には破格の処遇をすることができました。

―トランジスタ回路は具体的にどんな使い方が想定されますか。

結城 有機半導体の電子回路が非常に安くつくれるようになって、1個1円以下ぐらいのチップになってきますと、それを例えばスーパーマーケットの野菜とか、お菓子の袋とかに張りつけていく。そうすると、通信ができるわけですから、商品をゲートに通すだけで全部集計ができる。レジでいちいち値段を打ち込まなくてもよくなります。そういう使い道があり、まさに革命が起こると思っています。

―大学として研究開発を維持するのは大変ですね。

結城 企業の方々が、有機エレクトロニクスの将来の有望性に着目して、また、山形大学の研究のポテンシャルを評価してくださって、米沢に来てくれているんだと思いますね。

現在、もう一つ建物を建てています。COI(センター・オブ・イノベーション)のための建物で、これも50億円ほどの予算を文部科学省からいただきました。ここでは、まさに民間企業が中心になって研究開発をすることになります。企業にここに来てもらって、山形大学の研究でつくった技術の芽を一つ屋根の下で実用化する。そのための場所が、この三つ目の建物です。

―テーマを設定して経営資源を集中し、その成果が評価されて、またCOIにつながったということになりますか。

結城 そうです。山形大学の工学部がある米沢は、有機エレクトロニクスの研究と開発の世界的な拠点になってきました。思い切って選択と集中をしてきた結果だと思います。

―ありがとうございました。

1971年7月 科学技術庁入庁、82年2月 在オーストラリア日本大使館一等書記官、87年6月 科学技術庁原子力局核燃料課長、98年7月 文化庁長官官房審議官(著作権担当)、2000年6月 科学技術庁研究開発局長、01年1月 文部科学省大臣官房長、05年1月 文部科学事務次官、07年9月 国立大学法人山形大学長に就任、14年3月 山形大学長を任期満了、退任、同4月 山形大学名誉教授。

現在、独立行政法人科学技術振興機構上席フェロー、公益財団法人山形県産業技術振興機構顧問、文部科学省科学技術・学術審議会委員など。