2015年5月号
特集2 - 医師の興した産学連携
産学連携で開発した
内視鏡外科手術の訓練機器
顔写真

川平 洋 Profile
(かわひら ひろし)

千葉大学 フロンティア医工学センター 准教授



外科手術といえば、名医がメスで華麗に手術する光景を思い浮かべる人も多いだろうが、最近は少し違う。従来の開腹手術から、内視鏡で臓器を映し出して手術をする内視鏡外科手術や腹腔鏡下手術が増えてきた。患者の負担が少ないからだ。ただ、機器を介して手術を行うので、これまで以上に習熟のための訓練が必要だ。

手術の練習機器の必要性と課題

腹腔鏡下手術は身体に小さな穴を開けて、トロッカーという筒を入れ、炭酸ガスで体腔内を満たして空間を作り出すことから始まる。外科医はトロッカーから先端の形状が異なる鉗子(把持鉗子〔はじかんし〕)、はさみ、持針器、電気メスなどを必要に応じて入れ替え、モニターを見ながら手術を行う。腹腔鏡下手術では、従来の開腹手術同様、あるいはそれ以上に、臓器を的確につかむ、切る、縫うという基本的な外科技術の習熟が求められる。鉗子を操作する手は震えてはならず、しなやかな鉗子操作が必須である。これを習得するには練習しかない。

腹腔鏡下手術において、最も難しい手技の一つが縫合結紮(ほうごうけっさつ。鉗子で針と糸を持って縫い合わせること)である。この手技は実際の手術(臨床)を想定して練習できるが、練習用の「持針器」は高価な臨床用しかない。私は迷うことなく臨床用を左右1 本ずつ購入したが、値段は1 本20 万円ほどもした。さらに、縫合練習のためには、腹腔鏡下手術体腔を模した練習用ボックスも必要であるが、これも結構高い。

もっと安くて手軽に使える訓練機器ができないか。これが開発の発想である。

私の考える練習機器のコンセプト

手術の技能訓練に高価な臨床用の機器を使用する必要はない。練習機器は練習する機能があれば十分で、手術後の洗浄に対する耐性や医療機器の認可も必要ないはずである。しかし、実際の手術で使用する機器とかけ離れたものでは困る。以上を勘案して、私の考える練習機器開発の必要条件は以下の通りとした。

 1)価格は臨床用の10 分の1(研修医でも購入可能)にする

 2)練習用持針器といえども、針を持つ、縫うという機能は臨床用(把持部は超硬チップ)と同等にする

 3)練習用ボックスは可搬型(どこでも練習可能)にする

練習用ボックスを可搬型としたのは、私がまだ駆け出しのころ、腹腔鏡下手術の練習をする医師はまだ少なく、医局内のこみ入ったスペースでは設置場所に困った経験があったからだ。可搬型なら、狭い医局スペースでも気兼ねなく練習できる。

パートナー企業の選定

千葉大学産学連携・知的財産機構(現 産学連携研究推進ステーション)にも協力してもらい、関連企業に練習用持針器開発について打診した。しかし、練習用持針器の先端部の超硬チップを加工したり、持針器本体をステンレス鋼から切削して作り出すにはコストがかさむため、値段が折り合わず、良い返事が得られ なかった。

あるとき、同じ千葉大学フロンティア医工学センター所属の中村亮一准教授と共に、日本高分子技研株式会社の井上雅司氏と別の打ち合わせをしていて、ふと練習機器の話題になった。中村准教授の専門は工学であるが、手術プロセスの解析や、手術ナビゲーションの開発に造詣が深い。トレーニング機器開発は外科医だけでなく、工学系でも大事、ということで話が盛り上がり、最終的に、医療機器の製造販売にほとんど経験のない井上氏に開発を引き受けてもらうことになった。

練習用ボックスについては、大阪商工会議所主催の第4 回次世代医療システム産業化フォーラム(2012 年12 月開催)で、医療側からのニーズ提言として発表した。フォーラム後、合計11 社が興味を持ってくれた。すべての企業が千葉大学まで来てくれて、この案件を検討した。その中で、フジモリ産業株式会社の甲藤頼憲氏は自社技術で作製した試作品を持ち込み、われわれを驚かせた。甲藤氏は同社の化成品事業担当で、私の発表を聴いて、「これだ」と思ったそうである。持ち込んでもらった試作品で、早速、縫合結紮を試した。初回の打ち合わせから開発がスタートしたのである。

臨床用持針器を10 分の1 の価格で販売するための工夫

開発は井上氏に持針器の機能を詳細に説明することから始まった。最初はおもちゃのロボットアームを想定していたようだが、持針器に必要な仕様を細かく説明したところ、われわれの意図を理解してくれた。話し合いの結果、練習用持針器を実現するためには医療機器製造メーカーに発注するしかないことが分かった。そこで国内外のあらゆるメーカーに連絡をとり、練習用持針器の製造を担当する企業を探すことになった。

われわれが提示した条件は、臨床用では使用できないようにするため、

 1)洗浄用の孔(あな)をふさぎ、実際の手術で使用できないようにする

 2)「NOT FOR MEDICAL USE」と刻印を入れる

 3)その他の機能は可能な限り臨床用と同じにする

であった。連絡したメーカーによっては、ゼロから持針器製造を計画したところもあったが、採算が合わず、実現しなかった。最終的に、自社の臨床用を練習用に改造すれば価格的に見合うものを納入可能であるという某医療機器メーカーに頼むことになった。ただし、10 本単位で、料金も先払いということが条件であった。井上氏も悩んだようだが、まずは10 本を発注した。コードネームCNK はそのまま商品名として採用した。

私が実演する練習用持針器CNK*1(写真1)の紹介動画をつくり、井上氏は2013 年の第26 回日本内視鏡外科学会企業展示ブースでCNK を紹介した。その後、2014 年3 月までに国内で1,000 本の受注があった。商品を知るきっかけになったのは、ネット検索も多いが、学会での企業展示ブース、口コミなど、さまざまである。

写真1 練習用持針器CNK(臨床用と違い、洗浄孔は省かれている)

練習用ボックス

可搬型の練習用ボックスはフジモリ産業と共同開発した。打ち合わせと試作を繰り返して製品化し、販売までこぎ着けた。試作品は、最初のビニール袋状から透明なアクリル板を利用したものへなど、5 回の試作を繰り返した。現行市販型*2(写真2)は手持ちのノートパソコンにウェブカメラを接続すれば、医局の机上でモニターを見ながら練習できる。

写真2 ノートパソコンを接続すれば即、練習可能

医療用練習機器の今後

現在の研修医はしかるべき訓練を受けた後に臨床を行うのが必然となっている。今回の取り組みは外科に特化しているが、すべての医学領域に応用可能と考える。今後、医学教育現場に実技試験が導入されれば、練習機器の導入も促進されると考えられる。個人が買えるような、コストを考慮した練習機器の開発は、医学教育のレベルアップにとって急務であり、わが国の医療レベルの向上に貢献すると考えてよいだろう。

*1
日本高分子技研株式会社 ステンレス製練習用持針器CNK シリーズ
http://www.jptc.co.jp/needle..html

*2
株式会社フジモリ産業 パーソナルドライボックス
http://www.fujimori.co.jp/news/index.html#dry_box2