2015年6月号
特集 - シーズを発掘して実用化する
新しい機能性ポリマー製造技術の開発
顔写真

嶋中 博之 Profile
(しまなか・ひろゆき)

大日精化工業株式会社
技術本部 基幹技術統括部
重合研究部 部長

長さのそろった高分子(ポリマー)をつくるのは難しい。大学で発明されたシーズ技術を、産学官連携で実用化技術まで育て上げたのが、ここで紹介する有機触媒型リビングラジカル重合法である。

高性能な色彩材料製造のための新しい技術

大日精化工業株式会社(以下「当社」)は顔料*1の国産化を目指して1931年に創業した。以来、顔料の合成・処理技術、樹脂合成技術、分散・加工技術の三つをコア技術として、機能性顔料、プラスチック着色剤、印刷インキ、ポリウレタン樹脂、天然高分子製品などを製造・販売している。

当社は、京都大学化学研究所の後藤 淳准教授の発明である「有機触媒を用いたリビングラジカル重合(以下「本技術」)」を色彩材料(色材)開発の中核技術として位置付け、世界市場で特徴ある色材製品を開発することを目的として、独立行政法人*2科学技術振興機構(JST)の研究成果最適展開支援プログラム(A-STEP)シーズ育成タイプの「有機触媒型リビングラジカル重合を基盤とした高性能高機能色彩材料の開発」として研究を進めた結果、実用化を達成できたので、ここで紹介する(写真1)。

写真1 有機触媒型リビングラジカル重合法用の重合装置

A-STEPを通して産学官連携が始まったのは、2008年に開催されたナノ材料新技術説明会での京都大学化学研究所の辻井敬亘教授(当時は助教授)の講演が発端である。講演の後の面談で辻井教授から後藤准教授を紹介され、当時発明されたばかりの本技術を提案された。その後、実験室レベルでの重合方法やポリマー解析などの教示を受けながら共同研究を行い、A-STEPまで進んだ。

本技術は、容易に入手可能な有機化合物を触媒に使用するので、コスト面で有利なことが特長の一つである。またさまざまな官能基をポリマーに付与できるので、対応可能な用途が多く、汎用(はんよう)性が高い。当社では、本技術が従来の色材製造に役立つだけでなく、情報技術(IT)、環境、エネルギーなどの幅広い分野への展開が期待できると考えた。そこで本技術の工業的製法の確立のため、A-STEPの支援を受け、

①本技術の性能の更なる向上検討

②本技術に適したパイロットプラントの設置

③本技術を利用した色材用機能性材料の開発

を目標として研究開発を進めた。

リビングラジカル重合の原理と特長

1種類または複数の低分子化合物(モノマー)を化学反応で結合させて高分子化合物(ポリマー)をつくることを重合という。ビニル系モノマー*3の重合では、ラジカル重合という方法がよく用いられるが、得られるポリマーは分子量分布が広く、構造の制御もできない。そこで考えられたのが、それを改良したリビングラジカル重合という方法である。この方法なら、分子量分布が狭く構造の制御されたポリマーを得ることができる。

図1にリビングラジカル重合の基本概念を示す。リビングラジカル重合では、ポリマーと保護基(X)が共有結合した休眠種(図1のPolymer-X)を用いる。触媒が作用すると、休眠種から成長ラジカル(図1のPolymer・)が一時的に生成する(活性化反応)。この成長ラジカルにモノマーが付加してポリマー鎖が伸びる(成長反応)。モノマーがなくなると、成長ラジカルは保護基と結合して、もとの休眠種に戻る(不活性化反応)。このサイクルを繰り返すことにより、ポリマー鎖はほぼ均等に成長し、分子量がそろう。さらに、ブロック共重合体(図2参照)などを容易に得ることができる。

図1 リビングラジカル重合の基本概念

リビングラジカル重合にはさまざまな手法があるが、それぞれ一長一短があり、使用するモノマーの性質や得ようとするポリマーに応じて使い分けられて いる。

新しい技術を利用した高性能分散剤の製造

本技術は、有機ヨウ素化合物を開始化合物とし、触媒に有機化合物を使用する。いずれも汎用の市販品を使用できるので、コスト的に有利である。有機ヨウ素化合物からラジカル成長種を発生させることを制御重合に利用した新しいリビングラジカル重合法なので、可逆的移動触媒重合と名付けられている(図2)。本技術は、さまざまな官能基を持つモノマーに対して有効で、色材製品に使用される機能性ポリマーの開発に適している。

図2 可逆的移動触媒重合によるブロック共重合体の作製

当社では、本技術で作製したポリマーの顔料分散剤への応用を検討した。顔料分散剤は顔料を水や油などに均一に分散させる役割を持つ。ポリマーの顔料分散剤の場合、図3に示すように、ポリマーは顔料へ吸着する部分(図では赤い丸)と、分散媒体に親和する部分(図では青い丸)とからなる。通常、ラジカル重合で得られる顔料分散剤は、顔料へ吸着する部分と分散媒体に親和する部分がランダムに配列したランダム共重合体(図3左)で、しかも分子量がそろっていない。一方、本技術で得られる顔料分散剤は、顔料に吸着する部分と、分散媒体に溶解する部分がそれぞれまとまったブロック共重合体になる。

図3 ランダム共重合体型分散剤(左)とブロック共重合体型分散剤(右)の分散イメージ

ランダム共重合体の顔料分散剤は、顔料吸着部位がランダムに存在して顔料に「点」で吸着するのに対し、ブロック共重合体の顔料分散剤は、顔料吸着部位が「線」になっているので、その分、顔料への吸着力が強い。同様なことが分散媒体との親和性にもいえる。この二つの作用により、本技術で作製した顔料分散剤を使うと、さまざまな環境・条件下において、顔料粒子を安定に分散することができる。

本技術により、顔料などのナノ粒子を安定に分散させる分散剤などの実用化に成功した。当社では、本技術による関連製品で年間売り上げ数十億円以上を目指している。後藤准教授が発明した有機触媒型リビングラジカル重合法による製品を世の中に数多く送り出すことで、社会に貢献したいと考えている。

*1
塗料などを着色する物質。無機顔料と有機顔料がある。

*2
当時。2015年4月1日より国立研究開発法人。

*3
ビニル基(H2C=CH−)を持つモノマーの総称。