2015年8月号
特集 - 独自技術を活かす
超高圧・極低温に耐える水素用金属パッキンの開発
顔写真

小柳 悟 Profile
(こやなぎ・さとる)

TOKiエンジニアリング株式会社
代表取締役社長


水素を利用する上で欠かせないのが高圧ガスの気密技術で、その鍵を握るのが継手などのパッキング材(シール材)である。独自の技術を活かして、超高圧・極低温に耐える水素用金属パッキンが開発された。

食品・医薬品用パッキンから水素用パッキンへ

TOKiエンジニアリング株式会社(以下「当社」)は食品・医薬品用やサニタリー用に対応したステンレス鋼製パッキン(以下「ステンレスパッキン」)やノンパッキン継手などの製造販売を行っている。

パッキン(シール材ともいう)は、パイプの継ぎ目などからの液体や気体の漏れを防ぐ部材である。水道などでは、ゴムやプラスチックなどがパッキンに用いられるが、食品・医薬品用では、劣化によってパッキンの一部が製品に混じると品質に関わるので、これを防ぐため、ステンレスパッキンが用いられる。

当社では、食品・医薬品用などのステンレスパッキン製造で培った技術を応用して、水素用のステンレスパッキンの製造に挑んだ。福岡水素エネルギー戦略会議が進めていた水素事業の開発項目として、水素用継手が挙がっていたことから、ハードルが高かったがチャレンジを試みたのである。

水素用ステンレスパッキン開発のための産学連携

燃料電池を中心にした水素利用は、石油に頼らないエネルギー源としてだけでなく、温暖化防止などの点で有望な対策である。しかし、水素を安全に低コストで利用するには技術的課題も多い。水素は分子が小さく、漏れやすい気体である上、750気圧(75MPa)以上の高圧で使用されることも多いからである。

水素エネルギーシステムの普及、発展に欠かせないのが「水素高圧貯蔵技術」で、これには「ガス気密技術」が重要な技術要素となる。特に高圧水素ガス下では信頼性の高いガス気密技術の開発が求められている。しかし、前述のように、水素は一番小さい分子であることから、従来のガス気密技術では解決できない課題がある。

新しい水素用ステンレスパッキンの開発では、従来品にない新たな構造により、ゴムやプラスチック製のOリングに見られる素材や製品の劣化・損傷による気密性低下や、通常タイプの金属パッキンに見られる塑性(そせい)変形によるメンテナンス性の悪さ(配管接合部に圧着してしまう)、コスト面の欠点(再利用できない)などを解決し、超高圧下での使用においても高い信頼性と再利用が可能な「弾性変形金属パッキン」の製品化を目指した。

水素用ステンレスパッキンの限界への挑戦

新しい水素用ステンレスパッキン「ハイドロブロッカー」の開発は、福岡水素エネルギー戦略会議、産業技術総合研究所九州センターの上野直広氏、九州大学工学部機械航空工学科の久保田祐信教授らと連携し、応力解析(写真1)、フレッティング*1解析による最適設計、耐圧・耐震の試験を行うことから始まった。

写真1 九州大学での応力解析例

まず、産総研九州センターの協力によって、ステンレスパッキンの耐圧・耐震の試験を行った。初回の試験で、超高圧水素ガス700気圧(70MPa)に耐えることができた。

開発した水素用ステンレスパッキン「ハイドロブロッカー」はリング状の形状である(写真2、3)。このリングは、自緊式「セルフシール」機能を持たせるとともに、金属の持つ「弾性」を活かし、シール先端の塑性を防ぐ機能を持たせた。これにより、締付トルクを小さくすることができた。また、平面でシールできるような構造にした。現状では316Lステンレス鋼を使用することにより、量産化も可能にした。

  写真2 「ハイドロブロッカー」の外観          写真3 「ハイドロブロッカー」の断面

「ハイドロブロッカー」は、水素エネルギー製品研究試験センター(以下「HyTReC」)において、同一製品で3度の試験を行い、水素ガス圧875気圧(87.5MPa)をクリアした。繰り返し試験で20気圧(2MPa)から875気圧(87.5MPa)に変化させる試験10万回をクリアした。水圧破壊試験においては、3,430気圧(343MPa)の試験を行ったが壊れず、漏れないタフなリングとして試験を終えた(表1)。

一方、宇宙航空開発研究機構(JAXA)からは、自緊式「セルフシール」の特性として強い圧力に対応できると想像できるが、弱い圧力時におけるシール性の確認をすべきことを指導していただき、種子島宇宙センターで試験を行った(写真4)。その結果、77K(−196℃)で1〜400気圧(0.1〜40MPa)の間で漏れないだけでなく、再度常温に戻しても漏れないことが分かった(表1)。今後は液体水素(−253℃)でのシール性能を期待されていて、目下それに挑戦中である。成功すれば、液体水素を利用するロケット用、ロケット発射施設用などに用途が広がる。

写真4 JAXAでの低温試験

「ハイドロブロッカー」は、液体水素や超高圧水素ガスだけでなく、ヘリウムガス(超伝導用)のシールとして期待されている。現在、「ハイドロブロッカー」はHyTReCの設備に採用され、実用されている(写真5)。

表1 「ハイドロブロッカー」の試験結果


写真5 HyTReC試験センターでの試験風景


製品の市場と今後の展望

配管の重大事故は「シール箇所からの漏れ」に起因することも多い。米国のスペースシャトル・チャレンジャー号の事故は、2本のOリングからの火炎の漏れが原因だった。福島第一原子力発電所の汚染水漏れはゴムパッキンの不具合によるものである。漏れなければ事故が起こらなかった例も多い。

配管接合技術はあらゆる産業の基盤技術の一つである。高圧環境下でも高い気密性を維持し、繰り返し使用可能なシール材である「ハイドロブロッカー」と関連製品が、水素エネルギー産業のみならず、液化天然ガス(LNG)やフロンガス、CO2、さらには超伝導に必要なヘリウムガスのシール材として、産業分野を問わず、高度技術化社会に寄与することを願う。

*1
接触する物体間に往復滑りが繰り返されたとき生じる表面損傷をフレッティングという。損傷には摩耗、腐食、疲労亀裂進展などがある。