2016年3月号
単発記事
産学官連携による放射線測定装置の開発と
それを用いた高校生による線量測定プロジェクト

山下 篤也 Profile
(やました・あつや)

国立研究開発法人科学技術振興機構
産学連携展開部 先端計測グループ

福島高校の生徒による放射線量調査は、生徒たちの被災地復興の思いに橋渡しされて、研究者や企業が震災からの復興の願いを込めて開発した「個人線量計」を使って行われた。

2015年3月にフランスで開催された国際高校生放射線防護会議(International Radiation Protection Workshop for High School Students)で、福島県立福島高校の生徒が、福島県の放射線量は国内外の他の地域に比べて著しく高くないことを科学的に調査した内容を発表した(写真12)。この発表は、多くの研究者の関心を呼び起こすとともに、福島県の評価を変える結果になった。

写真1 国際高校生放射線防護会議でのポスター発表

この調査は科学技術振興機構(JST)が活動を支援しているスーパーサイエンスハイスクール(SSH)の一環で行われたものである。国内外の高校生にも協力してもらい、それぞれの居住地の放射線量を測定し、結果を比較した。この調査で使われた放射線計測器は、JSTが2014年から取り組んでいる震災復興事業の成果の一つである「個人線量計」である。

写真2 国際高校生放射線防護会議での発表

これまでは放射線を計測するのは簡単なことではなく、一部の専門家のみが行ってきた。東京電力福島第一原子力発電所事故をきっかけに、被災地域の安全・安心を支える目的で、これまでは専門家のものだった「放射線量の計測」を誰でも簡単に行える装置として新たに開発したのが個人線量計である。研究者や企業が震災からの復興の願いを結晶化させた開発成果が、福島高校の生徒による被災地復興の思いに橋渡しされ、さらにその気持ちがスーパーサイエンスハイスクールの取り組みや福島高校の持つネットワーク経由で国内外の高校生の協力に広がり、その結果として福島県の現状を科学的に正しく伝えることができた。この一連の活動をJSTが支えることができたことは、経済効果などの数値で表されるものをはるかに超える復興への礎となったといえる。

個人線量計「D-シャトル」の開発

2011年3月の福島第一原子力発電所の事故により、東日本を中心に放射性物質が広く飛散した結果、「放射線を測定する」必要性が私たちの生活の中に生じた。JSTでは震災からの復興に寄与するため、復興事業の一環として2012年度から放射線計測に特化したプログラムを開始した。放射線計測はごく一部の専門家が利用する技術であり、市場ニーズも少ないことから、一般向けの測定装置はほとんど開発されていなかった。しかし、福島第一原子力発電所の事故をきっかけに地域ニーズや行政ニーズが高まり、信頼性のある計測分析機器開発の必要性が高まったのである。

このプログラムでは、これまでに米や魚などの食品放射能検査装置、除染に役立つ「放射性物質見える化カメラ」、海底の土の放射性物質濃度を測定するロボット、除染に伴い発生した汚染土の減容に寄与する装置など、食の安全や環境モニタリングに役立つ機器が数多く開発されている。

生活空間の放射線量を測定するための機器もその一つである。株式会社千代田テクノル(大洗事務所:茨城県大洗町)は国立研究開発法人産業技術総合研究所と連携して、誰でも簡単に放射線を計測できる個人線量計「D-シャトル」を開発した(プログラム名:研究成果展開事業(先端計測分析技術・機器開発プログラム)【放射線計測領域】チームリーダー:大口裕之(株式会社千代田テクノル)、サブリーダー:齋藤則生(国立研究開発法人産業技術総合研究所)、開発期間:2012〜13年度)。

このD-シャトルは携帯電話よりもはるかに小さいサイズで、わずか23グラムの重量しかないのに、電池駆動で1年間計測できる線量計である(図1)。使い方も簡単でデータログ(記録)も取れることから、既に2万個以上が福島県内の市町村で使われている。

図1 D-シャトルと表示器の外観、および表示例

福島県立福島高校のスーパーサイエンス部の取り組み

D-シャトルは被災地の住民の安全・安心のために開発されたものだが、それ以上の効果的な使い方で被災地の現状を正しく伝えようとしたのが、2007年に文部科学省からSSHに指定された福島県立福島高校のSS(スーパーサイエンス)部である。SSHは文部科学省が先進的な理数教育を実施する高等学校などを「スーパーサイエンスハイスクール」として指定し、独自のカリキュラムによる授業や、大学・研究機関などとの連携、地域の特色を生かした課題研究など、さまざまな取り組みを積極的に行っている。JSTはSSHの活動をサポートしている。

福島高校では、福島第一原子力発電所事故以降、SS部に放射線班が立ち上がり、放射線をテーマとする課題研究に取り組んできた。そんな中、D-シャトルを用いて国内外の高校生が個人線量を調査する課題研究「高校生線量測定プロジェクト」が、千代田テクノルも協力する形でスタートした(写真3)。

調査に協力してくれたのは国内12校 (福島県内6校、県外6校)、海外12地域(フランス3地域、ポーランド7地域、ベラルーシ2地域)で、参加人員は216人に上る。協力者には、常に線量計を首に下げてもらい、就寝中も枕元に置くなど、できるだけ体から離さないようお願いすることのほか、居住環境による測定の誤差が極力出ないような工夫もして、2週間の測定を行った。

2週間の個人線量積算値から各協力者の1年間の個人線量を算出した結果、福島県内の高校生の個人線量が、県外・海外と比べて著しく高い値ではないことが分かった(図2)。各校の測定結果の中央値で比較すると、福島県外0.55〜0.87ミリシーベルト/年、福島県内0.63〜0.97ミリシーベルト/年、海外0.51〜1.10ミリシーベルト/年と三者ほぼ同等であった。福島県外での値は日本の自然放射線によるものと考えられ、これと同等である福島県内高校生の個人線量は、ほぼ日本の自然放射線量のレベルにあるといえることが判明した。

写真3 D-シャトルのデータログを処理する福島高校スーパーサイエンス(SS)部の部員

図2 個人線量(年換算)の各校比較(片対数目盛)**1

人と地域、人と科学技術をつなぐ

JSTでは、東日本大震災からの復興に対する取り組みとして、科学技術の振興を通して蓄積してきた知見やノウハウを総動員した震災復興事業を実施している。

例えば、JST復興促進センターを核とする被災地に根付いた科学技術イノベーションの創出に向けた取り組みでは、新技術の開発やそれに伴う雇用の拡大につなげてきた。また、福島第一原子力発電所事故からの復興を目指した放射線計測技術の開発では、食や住環境の安全・安心を支えてきた。さらに、人と科学技術をつなぐことで、正しい知識を得るとともに、発信するための科学技術コミュニケーション醸成や学習促進にも取り組んでいる。

このようにハード面・ソフト面を含め、あらゆる方向から震災復興に寄与するため、震災復興のための新たなプログラムを立ち上げたほか、従来推進していた事業についても震災に注目して取り組むなど、JSTの各種事業の特徴を生かしながら、復興に向かって最短・最速で進むことができるように、JST全体で連携して支援の輪を広げてきた。今回の福島高校の生徒による取り組みは、JSTの復興事業の支援の輪が単なる成果創出のみを目指すものでなく、人と地域、人と科学技術をつなぐことの手伝いをしていることを示す例となった。

●参考文献

**1
原 尚志. D-シャトルと高校生線量測定プロジェクト. FBNews. No. 464. 2015. による。