2016年11月号
単発記事
究極の有機EL発光技術でディスプレーの未来を変える
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安達 淳治 Profile
(あだち・じゅんじ)

株式会社Kyulux 代表取締役CTO



株式会社Kyulux(キューラックス)は、九州大学の安達千波矢教授らの研究成果である熱活性化遅延蛍光(TADF:Thermally Activated Delayed Fluorescence)の実用化を目指し、2015年に設立された大学発ベンチャーである。現在、15人を超える陣容で、九州大学伊都キャンパスを核に構築された産学官連携クラスターを活用し、TADFを応用した発光技術のHyperfluorescenceTMの開発を進めている。

有機EL発光材料

有機EL素子内で電子と正孔が再結合すると、スピン統計則に従い、一重項励起*1状態:S1図1左)と三重項励起状態:T1図1右)が1対3の割合で生成される。S1から基底状態:S0に戻る際の発光が「蛍光」、T1からS0に戻る場合の発光が「リン光」と呼ばれる。この発光を実現する有機半導体材料をそれぞれ、蛍光材料、リン光材料と呼ぶ**1

図1 有機EL発光の基本原理(蛍光とリン光)


1987年に発表された有機蛍光材料は、第1世代の発光材料とも呼ばれ**2、1990年代に実用化された。蛍光材料は芳香族有機化合物であるため、材料設計に無限の自由度があり、これまで光の三原色である赤(R)、緑(G)、青(B)をはじめ、さまざまな発光色が実用化されている。また材料のコストも安いという特長がある。しかしながら、生成される励起状態の4分の1しか利用できないため、内部EL量子効率は最大で25%という欠点を持っている。

一方、1999年に発表された第2世代の有機発光材料であるリン光材料**3は、レアメタルであるイリジウムなど重金属との金属錯体(さくたい)であり、室温でリン光発光を実現した。さらに2001年には、S1のエネルギーをT1に遷移させるInter System Crossingを利用することで、内部EL量子効率100%を達成した**4。この研究に大きく貢献したのが、当時プリンストン大学の研究員であった安達千波矢教授である。このリン光材料は現在スマートフォンの一部に用いられている有機ELディスプレーを中心に赤色、緑色の発光材料として広く実用化されている。しかし、青色の発光材料は実用化できておらず、現在でも効率の低い蛍光材料を用いている。また、イリジウムなどのレアメタルを使用すると、材料コストが高くなり、大量普及を阻害し安定供給という面で課題を残している。

熱活性化遅延蛍光:TADF

2009年、内閣府が創設した最先端研究開発支援プログラム(FIRST)の中心研究者の一人に安達教授が選定され、九州大学は研究支援担当機関として、新たに最先端有機光エレクトロニクス研究センター(以下「OPERA」)を開設した。安達教授をOPERAのセンター長として「スーパー有機ELデバイスとその革新的材料への挑戦」をテーマに、のべ200人の研究者が結集した。その結果2012年12月に開発に成功したのが、第3世代の発光材料TADFである。

TADFは材料設計に工夫を凝らすことで、通常0.5〜1.0 eV*2といわれていたS1とT1のエネルギー準位の差⊿Estを小さくしてT1からS1へのエネルギー移動を可能にし、S1からの蛍光発光を実現した(図2)。

九州大学では、この材料設計手法により、内部EL発光効率がほぼ100%の発光効率を示す新しい発光分子のカルバゾリルジシアノベンゼン誘導体による緑色発光分子を創出し、内部EL量子効率で、ほぼ100%を達成した**5。さらに、2014年には青色発光のTADFにおいても内部EL量子効率100%を実現した**6。これにより、TADFは第2世代のリン光材料が実現できなかった高効率の青色発光を実現した。また、TADFはレアメタルを必要としない芳香族有機化合物であるため、蛍光材料と同様の低コストである。その上100%近い内部EL量子効率を同時に実現する発光材料でもあり、実用化への期待が大きい(写真1)。

図2 第3世代の発光材料TADFの原理と特長


写真1 TADF有機ELパネル


高効率、高純度発光色、低コストを実現

上述のように画期的な特性を有するTADFであるが、ディスプレーに応用するには課題があった。それが、発光スペクトル幅が広いという性質である。ディスプレーはRGBの発光色から種々の色を作りだす。このとき重要なのがRGBの色純度であり、この色純度を高くするにはスペクトル幅の狭い発光が必要となる。この特性においては蛍光材料がリン光材料、TADFに比べ優れているが、発光効率が低く、有機ELディスプレーにとっての課題となっている。

2014年、九州大学ではこの課題を解決する方法として、TADFと蛍光材料を組み合わせ、TADFが高効率に励起子*3を生成し、励起子のエネルギーをフェルスターエネルギー移動*4により近隣の蛍光材料に遷移させ、蛍光材料が発光するという画期的な発光メカニズムを開発した**7図3)。この発光技術は、蛍光材料が有するスペクトル幅の狭い高純度な発光色を、内部EL量子効率ほぼ100%で実現するだけでなく、さらに低コストをも兼ね備えた究極の発光技術である。内部EL量子効率25%が物理限界といわれていた蛍光材料を、4倍の効率で発光させるという観点からHyperfluorescenceTMと命名した。

図3 HyperfluorescenceTM究極の発光原理


このHyperfluorescenceTMによる発光は、高効率、高純度発光色、低コストだけでなく実用面で大きなメリットがある。それが高輝度発光、低消費電力である。図4に示す各発光原理の発光スペクトルの比較図で説明すると、HyperfluorescenceTMの発光スペクトルは、蛍光材料の発光スペクトルと同じ幅であるが、効率が4倍であるため発光輝度も4倍となる。一方、リン光材料、TADFの発光スペクトル幅はHyperfluorescenceTMに比べ幅が広くなる。このとき3種類の発光は全て効率が100%であるとすると、スペクトル曲線で囲まれた部分の面積は等しくなる。この時HyperfluorescenceTMはスペクトル幅が狭いため、高さ=輝度が高くなる。つまり同じ量の電気を流す場合では、HyperfluorescenceTMは輝度が高く、直射日光を受ける屋外使用時の視認性が高くなる。一方、屋内や夜間の利用では、発光輝度を下げても視認性は維持できるので、消費電力を小さくできる。この特性はスマートフォンなど携帯機器の大きなメリットとなると同時に、今後屋外での新たなアプリケーション開発につながることが期待される。

図4 発光原理とスペクトル、発光輝度の比較


ワールドクラスの研究開発クラスターとの連携で実用化

時間と高価な設備が必要な先端材料開発では、ベンチャー企業1社でTADF、HyperfluorescenceTMの実用化を進めるのは困難である。そのため、事業の成功確率を高めるには、産学官の連携が非常に重要になる。その点、九州大学、福岡県、福岡市は密に連携し、2010年のOPERA開設当初から世界トップクラスのR&Dクラスターを構築してきた。

2013年には、公益財団法人福岡県産業・科学技術振興財団が経済産業省の支援を受け、「技術の橋渡し拠点」として有機光エレクトロニクス実用化開発センター(i3-OPERA)*5を開設した。クリーンルーム、研究開発向け有機ELデバイス作製装置、寿命評価装置を導入し、量産化に必要不可欠なデバイス構造の最適化を進めている。また、公益財団法人九州先端科学技術研究所(ISIT)の有機光デバイス研究室*6では、有機半導体のポテンシャルを最大限に発揮できる革新的な共通基盤技術の研究開発を行っている。中心となる九州大学OPERAはFIRST終了後、国立研究開発法人科学技術振興機構(JST)のERATO事業で、安達分子エキシトン工学プロジェクト*7を推進、また文部科学省の「国際科学イノベーション拠点」*8の情報デバイスユニットとして研究陣容、設備の拡充が進んでいる。

Kyuluxは、このクラスター内に開設された福岡市産学連携交流センターに本社を構え、OPERAとは共同研究を、i3-OPERAとは委託開発を推進している。またISITと連携しながら、施設・設備を活用し材料開発を推進することで、実用化を加速させている(図5)。

図5 ワールドクラスの研究開発クラスター


飛躍が期待される有機ELディスプレー

有機ELディスプレーは液晶に替わる次世代ディスプレーとして期待されてきたが、高度な製造プロセス技術が必要であること、大面積ディスプレー製造における歩留まり向上に課題があるなどの理由から、普及が遅れた。その間、日本企業の多くは事業から撤退し、現在市場を寡占しているのが韓国メーカー2社である。このような状況において、昨年、米アップルが2018年に有機ELディスプレーをiPhone(アイフォン)に採用するとの報道があってから、韓国メーカー2社に加え、日本、台湾、中国のメーカーが量産に乗り出すとの発表が相次いだ。2020年には、中小型ディスプレーの半分から3分の2が有機ELに置き換わるといわれている。

この急激な市場の変化に対応して、パネルメーカーだけでなく、装置、材料、部材の各メーカーを巻き込んで、開発競争が激化している。Kyuluxは写真2に示すTADF、HyperfluorescenceTMという革新的な材料を武器に次世代の有機ELディスプレーへの採用を目指し、開発体制の強化を行い、パネルメーカー、周辺材料メーカーとの協働体制の構築を進めている。また、ベンチャー企業に対するJSTをはじめとした国の支援にも大きな期待を寄せている。

写真2 TADFのPL発光


最後に、有機ELディスプレーは現在進行しているIoT(モノのインターネット)社会の実現において、人と機器・ネットワークのインターフェースとして欠くことのできないデバイスとなると予測している。われわれKyuluxは、日本が得意とする先端材料によって国際競争力強化に貢献できるグローバルベンチャーとなることを目指している。

●参考文献

**1
安達千波矢編. 有機半導体のデバイス物性. 第1版, 講談社, 2012, p. 79-80.

**2
Tang, C. W.; VanSlyke, S. A. Organic electroluminescent diodes. Applied Physics Letters. 1987, vol. 51, no. 12, p. 913-15.

**3
Baldo, M. A.; Lamansky, S., Burrows, P. E.; Thompson, M. E. ; Forrest, S. R.
Very high-efficiency green organic light-emitting devices based on
electrophosphorescence. Applied Physics Letters. 1999, vol. 75, no. 4, p. 4–6.

**4
Adachi, C.; Baldo, M. A., Thompson, M. E. ; Forrest, S. R. Nearly 100% internal
phosphorescence efficiency in an organic light emitting device. Journal of
Applied Physics. 2001, vol. 90, p. 5048–5051.

**5
Uoyama, H.; Goushi, K.; Shizu, K., Nomura, H. ; Adachi, C. Highly efficient organic light-emitting diodes from delayed fluorescence. nature. 2012, vol. 492, p. 234–238.

**6
Zhang. Q.; Li, B., Huang, S.; Nomura, H.; Tanaka, H.; Adachi, C. Efficient blue
organic light-emitting diodes employing thermally activated delayed
fluorescence. Nature photonics, 2014, vol. 8, p. 326-332.

**7
Nakanotani, H.; Higuchi, T.; Furukawa, T.; Masui, K.; Morimoto, K.; Numata, M.;
Tanaka, H.; Sagara, Y.; Yasuda, T.;Adachi, C. High-efficiency organic
light-emitting diodes with fluorescent emitters. Nature COMMUNICATIONS,
2014, vol. 5, no. 4

*1
励起(れいき):量子力学において、原子や分子などの粒子があるエネルギーをもった定常状態に、外部からエネルギーを与えて、より高いエネルギーを持つ定常状態に移すことをいう。

*2
電子ボルト:エネルギーの単位。

*3
半導体または絶縁体中で電子と正孔の対がクーロン力によって束縛状態となったもの。

*4
近接した2個の色素分子または発色団の間で、励起エネルギーが電磁波にならず、電子の共鳴で直接移動する現象。

*5
ふくおかIST「有機光エレクトロニクス実用化開発センター」
http://www.i3-opera.ist.or.jp/(accessed 2016-11-15)

*6
九州先端科学技術研究所「有機光デバイス研究室」
http://www.isit.or.jp/lab5/(accessed 2016-11-15)

*7
科学技術振興機構「安達分子エキシトン工学プロジェクト」
http://www.jst.go.jp/erato/adachi/(accessed 2016-11-15)

*8
九州大学「共進化社会システムの創成」
http://coi.kyushu-u.ac.jp/(accessed 2016-11-15)