2017年2月号
特集 - ICTで医療を拓くスマートメディカル
安全安心な出産を世界中の妊婦さんと赤ちゃんに
顔写真

尾形 優子 Profile
(おがた・ゆうこ)

メロディ・インターナショナル株式会社 代表取締役


プロローグ

18年前、筆者は香川県内の大手鉄鋼商社に勤めていた。その会社にはIT部門を担う子会社があり、ウェブサイトを自動で作成できるシステム「かんたんWEB」の開発計画が挙がった。現在では当たり前だが、当時はブラウザーベースのウェブデザインシステムの先駆けだった。このとき、筆者の開発企画書に予算が付き、IT子会社に配転となった。そこで国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)の「診療所用電子カルテ」の開発・実証事業(2000年度)に参画することとなり、香川県内での20の診療所で実証実験を行うため、コーディネーター役を任された。医療ITの黎明(れいめい)期に携わるきっかけとなった事業である。その後「四国4県電子カルテネットワーク事業」(経済産業省・2000年度補正予算による全国26地域電子カルテの共有モデル事業)として発展することとなり、「医療IT」の世界にどっぷりとのめり込んでいった。

医療のIT化を進めることで、重複入力の手間を減らしたり、検査データが診療時に一望できたり、結果を履歴として残しておけるなど、医療者を支援するだけでなく、患者の助けにもなる。さらに今後膨大に膨れ上がろうとしている医療費の抑制につながるかもしれない。この大きな可能性が筆者をとりこにし、この後「Medical IT Lab.」を意味する会社を設立した。同時期に香川県で、「かがわ遠隔医療ネットワーク K-MIX」の構築が開始された。

規制緩和による医療のIT化、地域連携の推進

2015年7月、遠隔医療の実現を目指して12年間代表取締役を務めた会社を辞職し、メロディ・インターナショナル株式会社(香川県高松市、以下「当社」)を立ち上げた。時を同じくして、厚生労働省によって遠隔診療に関する医師法第20条の解釈が、「顔を見ての対面でなくても、患者に対して診療を行った場合には、医師法第20条等に抵触するものではない」と明確に言い換えられた。世の中では、遠隔医療は実質上解禁されたのだと湧いた。遠隔医療を名乗る会社が、おそらく一桁は増えたのではないだろうか。

規制緩和の流れは、2009年には医療機関内でなくても診療録の外部保存ができるようになった。その後、地域医療連係が各地で堰(せき)を切ったように急速に進んだ。電子カルテも、病院内データ連係で事足りていたものが、病院間データ連係も可能な仕組みが必要となった。現状、病院の中ではHIS(病院情報システム)、RIS(放射線科情報システム)、PACS(医用画像保管管理システム)のようにデータの運用の方法に従い医療情報を分類している。

院内でのデータ連係は、例えば診察券番号などをキーとして、院内で一人の患者がどの診療科で受診したとしても、その情報を串刺しにできることをいう。地域医療連携においては、同じ患者がA診療所で受診してB調剤薬局で薬をもらった後、あるとき症状が変わり新たな検査が必要となってC病院に行き、D調剤薬局で薬をもらう、C病院で手術の後にEリハビリセンターに行く、などということが頻繁に起こる。一人の患者の医療データがどの医療機関でも一気通貫で見られるようになる必要がある。このようなシステムがあれば、ハイリスクの患者を地域全体で見守ることが可能となる。医療者は、重複検査、重複投薬などのチェックができ、患者の正確な過去記録に従ったきめ細やかなコンサルテーションが可能となる。

一人の患者のデータを一望できる医療システムは、技術的には簡単に見えるのだが、これが日本ではなかなか難しかった。なぜならば、日本ではさまざまなベンダー(販売者)が、独自の出来上がったシステムの上に、患者番号のルールや標準データを後から付け足し、複雑化しているからである。今後ベンダーなどは、こういった知見の上に立って、よりシームレスなシステムを開発しなければならない。

香川県での遠隔医療の歴史

2000年、NEDOの電子カルテ事業に参画したとき、香川医科大学(現香川大学医学部)産婦人科の原量宏助教授(当時)と出会った。原氏は日本での医療のIT化を先導し、02年には「かがわ遠隔医療ネットワークK-MIX」を構築し、現在に至るまで産学官を巻き込んださまざまな医療IT事業を成功させ、多くの成果を上げている。香川県で途切れることなく医療ITが成果を上げ続けたのは、第一に産学官のメンバーが一堂に会して、お仕着せのシステムでなく、その時々の運用に合わせた仕組みをとことん議論し合って構築していったところにあるのではないだろうか。

第二の要素は、標準化である。日本では、すでに高度医療のための医療従事者による書類を中心とした運用が、超がつくほど綿密に行われており、これらが電子化の大きな壁となる。カスタマイズの文化が大きく根付いており、それぞれが独特の運用を確立している。そこで必要となってくるのが、医療情報の標準化である。標準データを介してデータを出し入れできれば、どのベンダーが作ったシステムでもつなぐことができる。この標準化の思想を常に念頭に置いてシステム構築を行ってきた。

一方、周産期分野に目を向ければ日本は世界最高水準であり、妊婦と赤ちゃんの死亡率の低さは、先進国中でも群を抜いている。香川県は、へき地と都会が隣り合わせになった地域で、人口100万人程度であり、実証実験のモデル地域として産学官のコンセンサスも得やすい。さらに、総合周産期母子医療センターの日本のモデルを築き、35年前に全国でワースト5位だった香川県の周産期死亡率を、2015年、16年と2年連続1位に引き上げた実績がある。これには、妊婦健診と分娩(ぶんべん)を異なる医療機関で行う「オープン/セミオープンシステム」の普及が密接に関連するとともに、それに伴う医療機関同士のデータ連係が重要な役割を果たしたといえる。そこから得られた結論は、妊婦の健康にとって最もリスクの高い周産期の時期において、赤ちゃんを胎児の状態で救うことができれば、母子の安全安心が飛躍的に高まることとなる。そのためには胎児のモニタリングが最も大事であるという考え方である。

産学官連携とスタートアップ

当社は、大学の技術を商用化し、遠隔医療を実現することを目指して設立された。妊婦と医師のコミュニケーション・プラットフォーム「Melody i」を構築し、ICTを通じて世界中の妊婦と赤ちゃんの健康を守ることがミッションである。周産期電子カルテ開発の黎明期に携わる中で、産婦人科病院と妊婦のさまざまな課題が見えてきた。近年、高齢出産は増加し、妊婦の約30%に届こうとしている。一方、お産を扱う産婦人科はこの10年で20%近く減少している。とりわけ、ライフスタイルの変化から、高齢出産化が進む都市部の妊婦や、医療機関へのアクセスが厳しいへき地・発展途上国の妊婦の課題はますます増加するものと思われる。

図1 産科施設数の推移と妊婦のリスク

「Melody i」とは、「電子母子健康手帳」アプリと、「プチ胎児心拍計」デバイスの組み合わせをクラウド上で連係させ、医師と妊婦を日常的につなぐ仕組みである。これを使って、赤ちゃんの心拍数と、妊婦のお腹の張りを計測すれば、お腹の赤ちゃんが元気かどうかすぐに分かる。もし妊婦や赤ちゃんに異常があれば、インターネット経由ですぐに医師に診てもらえる。そして、大きな病院への紹介もスムーズに行うことが可能となり、酸素不足など赤ちゃんの問題や死産を防ぐことができる。

日本の大学には非常に優れた技術が多くあり、研究者によって専門性と先進性を持った技術が繭の中で育まれている。他方、産業界には優れたビジネスセンスを持った経営者が多く活躍し、新しい商材やビジネスモデルを探している。しかし研究者と経営者のベクトルは交わりにくく、互いの考え方を理解し合うのは難しそうである。

図2 妊婦がどこにいても「かかりつけ医」が診てくれる遠隔医療プラットフォーム“Melody i”

エピローグ

当社は、大学というアカデミアに属する人々と、技術を商品に変えることが得意なビジネス界に属する人々を「つなぐ」媒介者でありたいと考えている。一言につなぐといっても容易ではない。研究者の成果や魂を売り渡すのでも、経営者をもうからない研究に付き合わせるのでもなく、広い視座を提示し、同じ頂を目指していることを理解してもらい、マイルストーンを示すことで新しい価値を生み出すことができる。当社のビジネスは、科学技術の商用化を行うことだと思っている。

前職で会社を設立した当初、商品はあったが市場が新しかったため、2年間は全く売れなかった。学会の片隅を借りて展示したり、200件の医療機関を訪問したりしたが、結果が出るまで8年ほどを費やした。今回もそういった覚悟はしている。政府によるスタートアップをサポートする波に乗り、世界中の妊婦が一人1台ずつデバイスを持ち、医療機関と自治体が力を合わせて妊婦の健康を見守ることのできる時代を夢見ている。

メロディ・インターナショナルチームは技術開発とビジネスの仕組みづくりにまい進し、ビジネスの立ち上がりをさらに加速していきたい。