2017年2月号
特集 - ICTで医療を拓くスマートメディカル
医療と大規模なICT化
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髙尾 洋之 Profile
(たかお・ひろゆき)

東京慈恵会医科大学 先端医療情報技術研究講座/脳神経外科学講座 准教授


病気を診ずして 病人を診よ

東京慈恵会医科大学(以下「本学」)は、1881(明治14)年に学祖・高木兼寛が成医会講習所を開設したことに始まる。高木先生は英国セント・トーマス病院医学校の留学から帰国し、英国流の人道主義に基づき、「病気を診ることだけにとらわれることなく、病人を診る医師を育成する」ことを目指した。このため、本学創設の理念は、病める人のための医療を実践することにある。この建学の精神は「病気を診ずして 病人を診よ」という言葉として、現在も大学の精神として深く根付いている。2020年に創立130周年を迎える、伝統ある大学である。

ICT医療に関する取り組みの方向性

本学では、2020年に向けて「医の王道を歩み、未来に飛翔(はば)たく慈恵 世界の医療をリードする大学病院」というスローガンを掲げ、新外来棟・新病院の新築を含め、西新橋キャンパス再整備計画を進めている。

その基本構想の一つの柱として、ICTを最大限に活用した診療・教育・研究レベル、業務効率、患者満足度の向上を掲げており、2015年4月には、先端医療情報技術研究講座を立ち上げ、同年8月には「ICTロードマップ」(図1)を策定し、理事会で承認された。

図1 2020年に向けて、世界の顔になるようなICT導入病院になることを目標とする「東京慈恵会医科大学ICTロードマップ」

2020年までに、世界最高水準のICT*1社会を実現することを目標に掲げ、これまでにスマートフォンの導入、ナースコールのスマートフォン対応、病棟・外来棟に無線接続サービスのフリーWi-Fi(ワイファイ)を設置するなど、矢継ぎ早にICT化に取り組んできた。

ICTロードマップでは、2020年の東京オリンピック・パラリンピック開催都市の東京に、世界中から人々が集まることを意識し、国際社会に通用するICT基盤をいち早く導入することを目指している。

スマートフォン(iPhone)3,400台導入

2015年12月、それまで院内で使用していたPHSと置き換える形で、業務用端末として3,400台のiPhone6の運用を始めた。アジア地域の病院としては、最大級の導入実績である。世界的なデータはないが、大学病院でのスマートフォンの業務用端末導入台数では、例を見ない台数だと推測している。

スマートフォンを軸に据えたICT基盤を構築することで、医師と医師、医師と看護師、そしてコメディカルや事務との連携をスムーズにし、業務の効率化を図り、これまでのPHSでは成し得なかった、さまざまな情報共有を実現することが目的である。リテラシーの向上も考え、各分院も含めた導入説明会や、個人情報の取り扱いなどに関しての説明会を行った。また、スマートフォン導入だけでなく、脳卒中領域におけるスマートフォンアプリケーションの開発なども行い**1、実際に保険収載**2を運用するまでになった。このように、本学の病院における、世界的にも新しい形でのICT基盤構築に内外から注目が集まっている。

導入の利点

病院でのスマートフォン導入の恩恵は幾つもあるが、大きく分けると、五つの点が挙げられる。

1.職員の見える化

今までは、内部の職員であっても、院内で働く医師の顔とその診療科が一致しないということがあった。さらに、異動があってもその情報が届かず、誰がどこに所属しているのかが分からないという悩みがあった。その上、通常のPHSでは電話帳の登録数に制限があるため、すべての職員情報が登録できず、さらには電話帳の情報を遠隔で更新できないのも不便だった。

スマートフォンを導入したことで次々と問題が解決できた。まず、遠隔でもそれぞれの端末の電話帳情報をリアルタイムで更新できるようになり、医師の顔や所属している部署が一目で分かるようになった。また電話帳の登録数制限が解消されたため、登録する医師や職員を絞り込まなければならないという悩みも解消した。さらに、勧誘電話など業務に支障を来す相手の連絡先も登録できるため、業務への妨害をなくすことにつながった。

2.端末管理の徹底

携帯端末の紛失もしくは遠隔での携帯端末のアプリケーション管理のために、MDM(Mobile Device Management)*2の導入を行った。これにより、端末の紛失などにもいち早く対応できるようになったほか、不正なウェブサイトやサービスへのアクセスを禁止したり、個人的なアプリケーションの使用を禁止したりといった制限をかけることもできた。現在、本学では、医師、看護師、コメディカル、事務といった職種ごとに異なる機能制限を適用し、必要な仕事のみに使用できる環境を整えている。

3.情報共有のスムーズ化

MDMの機能として、各病院への一斉通知機能などが使用できるようになったため、病院での緊急連絡用として活用されるようになった。さらには、院内のクローズドなSNS環境も導入し、セキュアな環境での連絡ツールとしても使用できる*3

4.マニュアルの電子化

Teachme Biz*4というモバイルアプリケーションの導入により、感染症マニュアルや緊急事対応マニュアル(セーフティマネージメントマニュアル)など(写真1)を持ち運ばずに、スマートフォンに格納することが可能となった。医師や職員がポケットに数冊の紙冊子マニュアルを入れて持ち歩いたり、机上で管理したりするといった煩わしさから解放され、しかも必要なときには素早く取り出して、いつでも確認できる環境が整った。

写真1 Teachme Biz(マニュアル作成ソフト)で作成したセーフティマネジメントマニュアル

5.ナースコールの最適化

これまでは、ナースコールがあるとナースステーションの親機に連絡が届き、さらに個々の看護師が持つポケットベルが鳴るという仕組みで、院内を忙しく動き回っている看護師に直接会話で状況を伝えることができなかったが、スマートフォンを用いて連絡することで、今では患者の状況などを看護師に詳しく伝えることができるようになった。

さらには、スマートフォン対応により、ナースコールの回数や発信元を把握できるようになった(写真2)。現在、その状況分析を元にした業務効率化の研究が行われている。これにより、病棟で患者が受けられる看護体制がより充実したものになると考えている。

写真2 ナースコールとiPhoneとの連携

障壁や問題点

スマートフォンの導入に当たって最も問題になることは、電波が医療機器に与える影響である。われわれは、この問題に対して真摯(しんし)に研究を行い、電波状態がよければ、医療機器に数センチまで近づかなければ影響しないという結果を得た**3

そこで本学では、まず院内の電波状態を調査し、院内の数カ所に電話アンテナを設置することで電波状態の改善を実現した。

また、4月の人事異動が多い時期には、スマートフォンの引き継ぎによる混乱もある。職員の異動や増員などが短期間に集中して発生することで、職員の情報の更新や端末の支給が間に合わないといった問題が考えられたが、異動時期を考慮して、端末を配備する部署との伝達プロセスを細かく決めておくことで、いざという時も最小限のスマートフォン台数の増減で運用できるようになっている。

なお、導入時期には、職員からの問い合わせが多いので、対応できる担当部署を設置しておく必要がある。また、最初の導入時期と異動が多い時期以外は、業務負荷がそれほど大きくないことも今回の導入実証で分かった。初期に利用規約やフローをしっかりと組み立てることが重要だということが見えてきた。

最後に、導入してから初めて気付いた、OS(基本ソフト)のアップデートの問題点についても触れておきたい。OSのアップデートを怠るとセキュリティの問題が浮上するため、すべての端末で欠かさずアップデートする必要がある。しかし、大きなアップデート(メジャーアップデート)を適用する際は、ダウンロードのデータ量が増えるため、Wi-Fiのような通信容量の制限を気にしなくて済む安定通信環境の整備も必要になってくる。さらには、インストールしている各アプリケーションのアップデート問題も起こる。アプリケーションが、インストールした最新OSにすぐに対応できない場合があり、OSのアップデートはタイミングを決定しにくい。OSのアップデートは外部からコントロールできないため、使用者が独断でアップデートしてしまった端末をどうするかといった問題など次から次へと出てくる。これらは導入する前には予想できなかった点である。

その他の病院でのICT導入

ICTロードマップに記載したとおり、その他にも数多くの取り組みを実施している。

一つ目は、待ち時間に対する患者のストレスの解消である。

患者視点で考えたとき、病院での待ち時間が一番の不満であることはアンケート調査から分かっている。われわれは、フリーWi-Fiを設置し、待ち時間でもスマートフォンやタブレットでインターネットが利用できる環境を整えた。このことによって、患者は自分のスマートフォンを利用しながら待ち時間を活用できるようになり、ストレスの軽減につながった。導入後半年以上が経過しているが、おおむね好評を得ている。

二つ目は、国際化を考慮して、タブレットによる外国語の翻訳システムの導入である。近年、中国や韓国などアジア圏からの外国人旅行者が増えているが、この対応により、英語が苦手な患者に対しても救急部が対応できるようになった。実際には患者に通訳が付くことも多いのだが、通訳を付けにくいときに、この翻訳システムが役立っている。また、病院側で英語の対応ができないという理由で、外国人の救急患者を断るようなことも急激に減少した。

今後の展望

写真3 東京慈恵会医科大学専用の病院ホスピタリティアプリケーションを開発

われわれが描いたICTロードマップの一環として、現在は電子診察券や会計システム、患者向けアプリを開発中である。これらは、病院内でのホスピタリティを上げることができ、利便性を高めることにつながる。患者視点でよりよい環境を作ることで、患者が訪れたくなる病院を目指している(写真3)。

また、病院内に位置情報測定装置(ビーコン)の設置も進めている。使用者が現在いる場所を、病院内のナビゲーション(写真4)やスタットコール(緊急呼び出し)で複数の医療従事者と共有することは大きな意味があり、利便性や業務効率化が見込まれる。

写真4 Pepper(ペッパー)とSurface Hubにおけるナビゲーションシステムの開発

さらに、IoT(ウエアラブルデバイス)やAI(人工知能)などの活用も進行中で、別途の機会があれば紹介したい。

医療現場のICT化は今後も進んでいくと考えられ、医師、看護師、コメディカル、事務などの業務の効率化を促し、医療の質の向上や医療費削減も実現可能ではないかと思われる。患者にとっても、病院での診療の受けやすさが精神的な余裕を作り、健康寿命の延伸につながっていくはずである。

●参考文献

**1
Takao, H.; et al. A New Support System Using a Mobile Device (Smartphone) for Diagnostic Image Display and Treatment of Stroke. Stroke, January 2012, vol. 43, issue 1, p. 236-239.

**2
中央社会保険医療協議会 総会(第328回). 脳卒中ケアユニット入院医療管理料の医師配置要件の見直し., 画像診断管理加算の夜間等における負担軽減. 2016年2月10日., 厚生労働省.
http://www.mhlw.go.jp/file/05-Shingikai-12404000-Hokenkyoku-Iryouka/0000112306.pdf, (accessed2017-02-15).

**3
Takao, H., et al. Primary Salvage Survey of the Interference of Radiowaves
Emitted by Smartphones on Medical Equipment. Health Physics, October 2016. vol. 111, issue 4, p. 381-392.

*1
情報(Information)や通信(Communication)に関する技術(Technology)の総称。

*2
CLOMO MDM @ 株式会社アイキューブドシステムズ

*3
オープンなSNSでは、紛失時などにデータが流出することがある。

*4
Teachme Biz @ 株式会社スタディスト