2017年5月号
単発記事
精巧技法でつくる心臓モデル

個々の病変を伴う心臓の内部まで精巧に再現し、手術前のシミュレーションで手術リスクを軽減する工業用試作品開発の中小企業が話題だ。胎児や乳幼児の先天性心疾患に挑み続けるその技術と経営とは。

工業用試作品とは

産学連携をきっかけに、工業用試作品製造で飛び抜けた輝きを放つその中小企業とは、従業員30人の株式会社クロスエフェクトだ。2000年に京都市伏見区で創業(会社設立は01年)した、高速プロトタイプ製作や開発試作のデザイン会社だ。

工業用試作品は、製品設計に起因する問題や不具合の発見、修正の検討など、新製品を量産する前の確認用途として需要があり、意匠確認や金型製作前の検討品として使われる。量産用試作製品(プロトタイプ)が十分に洗練されていて、その機能性・強靱(きょうじん)性・量産性および他の目標を十分に達すると判断された場合、その製品を量産に移せる。

同社の製法は2種類ある。一つ目は、レーザー光線と光硬化性樹脂を用いて積層造形する「光造形」で、3次元CADでデザインされたモデルと寸分たがわぬ実物モデルが製作できる。二つ目は光造形や切削加工品などのマスターモデルを元に作成した真空注型用シリコーン型に樹脂を注ぎ込み製品を作成する「真空注型試作」だ。簡単にいえば、3Dプリンタを使用する方法(光造形)と、簡易型に樹脂を流し込む注型法(真空注型)ということになる。この二つの「高速試作技術」により、納品までわずか2日から1週間という超短期での納期を実現した。

その技術で開発された、胎児や乳幼児などが発症する先天性小児心疾患用の心臓モデルは、コンピューター断層撮影(CT)スキャナーから出力される世界標準規格のDICOMデータを使用した正確な情報から製作される(写真1)。病院などから提供されるDICOMデータの良し悪しが精巧さを左右する。

写真1 先天性小児心疾患モデル

内部の形状や質感まで精巧に

国立研究開発法人国立循環器病研究センター小児循環器科は、生まれつき心臓の構造に病気のある先天性心疾患患者の診断と治療を中心として、学校検診で発見される不整脈、心筋疾患、肺高血圧、川崎病冠動脈障害、慢性心不全患者の診断と治療など、広い範囲の診療内容を担当している。胎児から新生児、乳幼児や学童、成人まで、幅広い年齢層の患者を受け入れており、その中には全国の基幹病院から紹介される重症の先天性心疾患患者や、心臓移植を必要とする重症心不全患者が多く含まれ、「小児循環器医療の最後の砦(とりで)」となり、診療を行っている。

同センターのホームページによれば、生まれつき心臓の形と機能に異常のある「先天性心疾患」と、主に乳幼児が発症し、発熱と発疹で始まり心臓の冠動脈に病変を残す「川崎病」、学校検診で見つかる「不整脈」や「心筋症」など、子どもの心臓病は大きく分けて三つのタイプがある。この他、生まれつき心臓の右と左を隔てている壁に穴が開いている、弁が狭く血液の通りが悪い、四つあるはずの心臓の部屋が二つしかないなどの病気を先天性心疾患という。小さな穴まで含めると、乳幼児の100人に1人の割合で発症するという、生まれつきの病気としては大変頻度の高いものだ。

このように、症例によってその状態はさまざまであり、内部の形状や質感まで精巧に再現した患者本人の心臓のレプリカでトレーニングやシミュレーションができないかと考えていた同センター・小児循環器診察部部長の白石公氏が、同社の技術を聞き付け、2009年から同社との共同研究に着手した。

医療現場では、執刀する外科医はもちろん内科医、麻酔科医、看護師など、手術に立ち会う全てのスタッフが、カルテやレントゲン写真などを元に最善の手術方法や緊急時対応などを話し合う。CTやMRI(磁気共鳴画像)などの3D画像であっても、モニターという平面より、実物に近い立体モデルがあれば、手術の成功率を高め、スムーズに進行できる。手術時間や患者負担も最小限に抑えることもできる。

生まれて間もない赤ちゃんを助けるために

胎児や乳幼児の心臓は、脱血すると自重で倒れてしまうほどデリケートで柔らかい。よって立体モデルは、それと同等の質感がなければ医師が行うトレーニングには使えない。そこで心臓モデルとなる素材は、大手素材メーカーと特別に開発した軟質素材のポリウレタン樹脂を使用している。従って切る、縫う、曲げる、ひねるなどの動作が自由自在だ。また、表面上だけでなく内腔表現もリアルで、複雑な心臓内部も再現した(写真2)。さらに、独自技術で接着面がなく、また内部が見やすい透明色はもちろん、彩色も自由に変えられる。

写真2 成人正常モデル 心臓内部も再現

本物に近い切開や縫合ができ、手術前のシミュレーションや若手医師の教育、医療従事者の訓練を目的とした汎用(はんよう)的な量産タイプ(5万円、先天性小児心疾患モデルは約10万円)はインターネット通販で購入できる。個々の疾患ごとに製作する個人用完全オーダータイプは、特定部位の素材変更や疾患設定にも対応する。また心臓だけでなく、脳、血管、肝臓内部の血管など、どんな臓器でも精細に再現する(写真3)。

写真3 肝臓モデルは血管までを再現

作ったことのないものを作る「ものづくり」

宇宙用ロボットKIROBOと地上用ロボットMIRATA(KIBO ROBOT PROJECT)、イヤホン型やリストバンド型の脈波センサー(ローム株式会社)、ムラタセイコちゃん(株式会社村田製作所)、光BOX+リモコン(NTT西日本)など、同社が過去に試作した製品事例を見ても、製品の使用目的や仕様も統一感がなく、作ったことのないものを作る「ものづくり」といえそうだ。

竹田氏は「試作とは無理難題が当たり前の世界で、チャレンジが仕事。作ってはやり直し、トライ&エラーの繰り返しですが、苦労とは思いません。しかし、心臓モデルの開発では、医療の専門用語が飛び交い、最初は会話が通じず苦労しましたが、用語を勉強しながらなんとか開発を進めていきました」と、当時を振り返る。

医療機器承認の取得を目指して

株式会社クロスメディカルは、臓器シミュレーター販売事業を担う同社の子会社として、2011年に設立した。補助金支給の条件として行政から求められたのは、単発の開発や製品化ではなく、事業化である。そのため、不退転の決意で別会社にして財務諸表などの収支をクロスエフェクトと別会計にし、透明化した。これまでの開発経費は、国や自治体などからの補助金が約4億円、自社負担で約3億円を投じた。

そうした取り組みが評価され、13年には第5回ものづくり日本大賞内閣総理大臣賞を受賞し、名実ともに3Dデジタルエンジニアリングのフロントランナーとなった。

15年度はメディカル関連事業の売上が5,100万円まで伸びた。同年末には、5億円を投じ本社社屋を建設。仕事場中央の吹き抜けの空間には、社員のリクエストで1階と2階をつなぐ金属製の滑り台を作った。自由で新しい発想を生み出すのに一役買い、同社の象徴的存在となっている。全国からの見学希望の声に応えるため、毎週水曜日は会社見学会を実施しており、年間に延べ約2,200人が来社した。そして、売上の一部を一般社団法人全国心臓病の子どもを守る会(本部:東京都豊島区)に寄付している。

(取材・構成:本誌編集長 山口泰博)