2017年9月号
特集 - 中小企業で発揮する博士力
博士10人在籍の中小企業 驚きの経営術

博士人材を引き付け、輩出し、生かす。そんな中小企業が高知にある。経営者自らが博士号を取得し、在籍する10人の博士には元大学教授もいる。大学や研究機関、大企業の研究職など職域が限られると思われていた博士人材だが、職域を広げ活用する、その経営術とは。

学問を追求する人材も経営資源

歯科材料の開発製造を得意とするYAMAKIN(ヤマキン)株式会社(本社:大阪市)には、高知県の工場や研究所を拠点に、代表取締役会長の山本裕久氏(写真1)を含め10人の博士が在籍する(工学4人、理学1人、薬学1人、農学1人、歯学1人、学術2人)。山本氏は学術博士だ。会社の後押しで、仕事をしながら高知大学医学部に在学中の1人(医学博士課程)を加えれば11人になる予定だ。同社の「ヤマキン博士会」(以下「博士会」)と呼ばれる博士の集まりは、平均年齢41歳。技術開発はもとより製品の学術的根拠を示し、売り上げに貢献する。さらに修士が28人もいる。従業員数275人の中小企業に、なぜこれほどまでの高学歴者をそろえているのか。

写真1 ヤマキン博士会 下段右端が代表取締役会長の山本裕久氏

同社の創業は、1957年に山本氏の実父が貴金属地金の売買を家業として始めた山本商店だ。いわゆる貴金属ブローカーである。76年に、「ヒト」「モノ」「カネ」「情報」など廃業同然の状態で後を引き継いだ山本氏は、少しでも経営環境を整えることができればという期待と、学んだことを家業にフィードバックしたいという思いから、10年かけて高知工科大学で学術博士を取得した。「『学問を追求する人材も経営資源である』という思いがある」と語る山本氏だが、その言葉通り、学んだ経験は経営で生かされてきた。

単なる販売業から開発・製造に事業をシフトし、山本貴金属地金株式会社に改組。さらに事業領域を広げ、歯科用貴金属合金の製造販売もスタートさせた。歯科材料は、金属だけでなく樹脂やセラミックなども加工する。すでに「貴金属」という意味を込めた社名が合わなくなっていた。そこで創業60年を迎えることし7月、社長を息子の樹育氏にバトンタッチし、社名もYAMAKIN(ヤマキン)に変更した。「先代は小売、2代目の私は製造開発、そしてことし7月から第3の創業です」と山本氏は気持ちを新たにする。

従業員の学位取得を支援

知名度のない中小企業にとっての人材採用は困難を極める。就職氷河期といわれた1993年から2005年ごろは特に厳しかった。当時、東北大学の先生に博士課程修了生を紹介され、会社の戦力になってくれたらと博士1人を採用した。そのことがきっかけで、今では博士会が重要な存在となっている。

博士採用は特別扱いせず、専門職として会社に対して何ができるかが求められる。採用基準には博士会が定めた単位が必要で、博士会が面接する。従業員が希望すれば、仕事と両立しながら、博士号の学位も取得できる。その間の学費は会社が負担し、給料も支払われる。これまで6人がこのシステムで学位を取得し、会社の責任で卒業させてきた。だが、学位取得だけが目的であれば承認されない。どう研究し、何を開発したいのか、どう社会貢献したいのかといった目標が必要だという。

博士会の役割

「ヒト」「モノ」「カネ」「情報」を、最も重要な経営資源とする同社だが、山本氏はこの資源をどのようにマネジメントに生かすかを常に考えてきたという。この場合のマネジメントとは、さまざまな資源や資産、リスクなどを管理し、経営上の効率を上げることにある。この意味においても、博士会の役割は「専門分野を縦割りで進むことなく、マネジメントの課題に対して専門知識で横断できること」と明確だ。博士会は、おのおのの専門分野の学会に所属・参加し、テーマごとに発表することを義務付けられる。しかも複数参加が可能で、延べ20~25の学会を行き来している。学会活動は視野とネットワークが広がる。研究につながり、間接的には営業活動にもつながるからだ。

このほか博士会が発行する図書は、監修から執筆など完全原稿を作成している。印刷と製本以外の全てを自前で行い発行する(写真2)。これは研究成果のたまもので、材料の安全性やリスクなど学術的視点で説明・解説されており、企業が発行するパンフレットとは一線を画す。それが可能なのは、それぞれの専門家である博士がいるからで、特に歯科医や歯科技工士を顧客とする販売に威力を発揮してきた。

写真2 ヤマキン博士会が発行する図書

強度が世界トップクラスの「ナノジルコニア」と呼ばれる歯科材料の製造は、ジルコニウムという元素を酸化させたもので、天然色に近い白色と、セラミック包丁などにも使われる硬さが最大の特徴だ。同社は、透過性が高く見た目のきれいさが特長のジルコニア製造を強みにしている。ジルコニアは、金属の代わりに歯の土台やかぶせ物などに使われるなど、歯科分野での利用が広がっており、将来的には人工骨といった生体材料への応用展開も検討中だ(写真3)。

写真3 ナノジルコニア ロングスパンブリッジ

産学連携は地方が優勢

高知大学医学部に研究室を構える同社は、同大学歯科口腔外科学講座との共同研究にも親和性が高く積極的だ。山本氏は、その経験の中から「当初、大学が研究を請け負ってくれるものだと思っていましたが、そのためには大学内に研究室を持つか、従業員を派遣しなくてはなりません。先生方はアドバイスだけで、実際の研究は会社の命を受けた従業員がやるのです。『メイド・イン・ジャパン』は海外での信用や評価が非常に高く、われわれは先人が作ってきたこの財産を継承していかなければなりません。それをどう継承していくのかが産学連携の意味するところです」と語る。さらに続けて「大学は設備がそろっています。中小企業にはそんな設備をそろえる余裕はありません。特に大阪や東京などの都会は、手続きが煩雑で長い順番待ちです。その分、研究期間が押してしまいます。産学連携は地方優勢なのです」と力説する。共同研究を成功させる秘訣(ひけつ)ともいえる言葉だ。

高知大学の同社研究室を、社内では親しみを込めて「ヤマキン分室」と呼んでいる。従業員は「これからヤマキン分室へ行ってきます」と工場を出るそうだ。企業と大学の間に壁をまったく感じさせない博士人材活用術は、企業目線と大学目線を併せ持つ経営者の存在が大きい。

(取材・構成:本誌編集長 山口泰博)