2017年9月号
特集 - 中小企業で発揮する博士力
クリスタル光学で輝く高度人材
顔写真

桐野 宙治 Profile
(きりの・おきはる)

株式会社クリスタル光学 常務取締役



中小企業に博士は必要か?

「中小企業に博士号取得者は必要か」

この問いは、特に中小企業の経営者には興味深い質問であろう。筆者は博士号を持つ中小企業経営層であり、実体験を通じた回答としては「必要と思う会社には必要」といった曖昧なものとなる。要は「会社としてどの山を目指すのか」による。われわれの会社では高度な加工技術で世界を相手にビジネスを行っているので、当然、博士号取得者は必要というスタンスである。

筆者は、装置メーカーの設計者から株式会社クリスタル光学(以下「当社」)へ転職した。大手企業の発注元から中小企業の下請先への環境の変化は、例えるなら大型自動車から軽自動車に乗り換えて街中を運転するようなもので、国内で仕事をしているとどうしても立場的に弱くなる場面が多い。このような状況で10年が過ぎ、ようやく博士号を取得すると、改めてそれが大きな武器であることに気付く。顧客との技術論では発言に説得力が付き、提案が受け入れられやすくなり、特に組織の大小や立場よりも個人を尊重する海外で仕事をすると、そのありがたみを強く実感できる。

会社概要

当社は滋賀県と京都府および熊本県に生産拠点を構え、半導体やFPD(フラットパネルディスプレー)の製造装置、航空宇宙や光学分野などで、10mクラスの超大型部品からマイクロレンズアレイなどの小物部品まで、あらゆる材料の超高精度部品の受託製造を行っている(図1)。

図1 当社で加工した大型高精度部品のサンプル

常に世界最高の加工レベルを維持するため、最先端設備を国内外から導入し、これまで数多くの大学と産学連携体制で、新しい加工技術や工具の研究開発を行ってきた。また、国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)主管の国家プロジェクトへの参画や、宇宙航空研究開発機構(JAXA)や欧州宇宙機関(ESA)といった世界各国の宇宙研究機関へ高精度部品を納めている。そのため、高度な知識や技能を持つ人材が必須となる。

博士号取得の経緯

筆者にとって博士号の学位取得は人生の目標の一つで、どんな形にせよ取得するつもりでいた。前職在職中の取得を目指し社会人コースを探していたところ、当社の代表より、転職の誘いと同時に学位取得の指示を受けたのが直接的なきっかけとなった。

学位取得の経緯は、決して順風満帆なものではなかった。転職当初は財団法人の研究所に出向し、表面処理をテーマとして学位取得を目指したものの、化学分野の研究が自分には合わず、いったん通常業務に戻り社内で研究開発を行っていた。その後、指導教官である大阪大学工学研究科の榎本俊之教授よりお誘いを受け、大阪大学の博士後期課程に入学し、専門分野の超精密研磨をテーマとして博士(工学)の学位を取得した。ただし、通常業務を行いながら土日中心の研究活動であったため、大阪大学では2年間の休学をはさみ計5年、転職後に具体的な活動を開始してから10年でようやく学位取得に至った。なお、当時テーマとしていた表面処理に関する知識も、博士の研究活動および現在の仕事において非常に役に立っている。

博士人材が取り組んできた業務と今後の期待

当社でこれまでに博士またはそれに準ずるスキルを持つ人材が関わってきた業務は、国立研究開発法人科学技術振興機構(JST)やNEDOといった競争的資金を獲得して行われた産学連携プロジェクトの研究開発が主なものであった。この理由は、プロジェクト内で大学や企業の研究者と会社の代表として議論が行える専門知識を有し、目標達成に向けた実験の計画と実行、結果のまとめと分析、そして学会などで発表できる専門性が必要となるからである。

開発型中小企業では、これら専門性の高い研究開発だけでなく、博士人材だからこそ、それ以上のものが期待される。

現在当社では、会社がサポートする形で1人の社員を近隣大学の社会人博士コースに通わせている。彼の博士課程での研究テーマは高性能研磨工具の開発である(図2)。この工具開発の目的は、他社との差別化を図る高度な加工技術の確立で、10年前から大学との共同研究で独自の高性能工具の開発を進めてきた。良い工具の開発が可能となれば、将来的には外販に移行し、消耗品ビジネスとして事業の柱とする狙いである。すなわち、ただ単に大学に行って博士号を取るだけでなく、自分の研究テーマを事業化することまでが彼に与えられたミッションなのである。

図2 開発中の高性能研磨工具

なお、彼の最初のミッションは、競争的資金に応募し、開発に係る予算を自ら獲得することであった。これは欧米大学での博士課程の学生スタイルに近いが、あちらはボスである教授が研究資金集めに奔走するのに対し、当社では自ら動かなくてはならない。簡単ではないが、競争的資金への応募は、最初の段階で将来のゴールである事業計画を明確にする必要があり、予算獲得だけでなく、意識付けと起業家精神が養えるので一石二鳥である。

同様に、社会人でなくとも、自分の研究成果を基にベンチャー企業を起こす学生も増えていると聞く。まさに、この気概と行動力を持つ人材こそが、われわれ中小企業が喉から手が出るほど欲しい人材なのである。たとえ二度、三度事業に失敗していたとしても、当社としてはいつでもウエルカムである。研究資金には乏しいが、チャレンジする機会は存分に与えられるよう、今後も環境を整えていく所存である。

おわりに

当社としては、今後も可能な限りバックアップを行い、高度人材を増やしていく予定である。この高度人材には、博士だけでなく、技能検定や種々の国家資格を持つ高度技能者も含まれる。大事なことは、これらの資格を取り専門家となれば、それで終わりではないということである。現在も企業間M&Aは活発に行われており、今後はオープンイノベーションも推進され、人工知能(AI)の発達も加速するであろう。すなわち知識やノウハウ、人材までもが簡単にお金でやり取りできるようになることを意味する。

このような時代では、自分の専門分野を幹として枝葉を水平に広げ、さまざまな分野を結び付けられるコーディネート力のある人物こそ、求められる人材となるであろう。