2017年11月号
単発記事
日立 社会イノベーション事業の拡大へ
不実施補償問題の原点と課題

巨大企業日立の産学連携は、プロダクト中心から社会イノベーションへとそのフィールドを広げる。グローバル企業として海外の大学とも連携しつつ、長中期的に大型投資で国内の大学とも組む。しかし不実施補償への対応など、課題も多いという。企業と大学の間にどのような課題が存在し、どのように対処して産学連携促進を図っていくべきか。日立製作所理事・知的財産本部長の戸田裕二氏、同戦略企画室の水本大介氏、同知財マネジメント本部の打桐竜巳氏に日立流産学連携論を伺った。

プロダクトから社会イノベーションに拡張した知財本部

2017年3月期の売上高1兆9065億円(連結9兆1622億円)、従業員数3万5631人(同30万3887人)。株式会社日立製作所は、国内最大級の電気機器メーカーであり、日立グループの中核企業だ。その事業領域は、法人向けの情報・通信、電力産業、公共・都市・交通、電子装置・システム、建設機械、高機能材料、自動車機器、金融・サービスや、個人向けの家電、住まい・生活サービスなど多岐にわたる。

同社は15年4月に顧客起点型の研究開発をグローバルに推進するため、中央研究所、日立研究所、横浜研究所の国内3研究所とデザイン本部、海外研究拠点を「社会イノベーション協創統括本部」、「テクノロジーイノベーション統括本部」、「基礎研究センタ」の2統括本部と1センタに再編した。知的財産(知財)本部もその新体制に合わせ、1年後の16年4月にフロント、プラットフォーム、プロダクトの3階層へと組織変更した。

プロダクト事業における知財戦略は競争力強化・維持を目的とし、デジタルソリューション事業においては協創戦略を主眼に顧客・パートナーとのパートナーシップ構築・促進を知財の役割とする(図1**1

図1 事業戦略に合わせた知財活動

エレクトロニクスなどのプロダクト(製品)はライセンス(特許)が主だが、社会イノベーションの拡大に向け、ビジネス契約、データ、営業秘密、著作権等に関する知財も積極的に扱い、事業戦略に合わせた活動に拡張した。

同社は産学連携をオープンイノベーション施策の一環と捉え、大学とも積極的に連携する。連携する大学は国内外にこだわらない。例えば、国内では14の大学と組織的連携を締結し、そのほか国外の約50の大学と連携する。

直近の事例では、北海道大学との医工連携で共同開発した「動体追跡粒子線がん治療装置」が2017年度全国発明表彰「恩賜発明賞」を受賞した(写真1)。これはX線とは異なり、体の表面からのがん病巣の場所(深さ)に合わせ、ピンポイントで粒子を照射する。また従来のデータベース比で約1,000倍の処理性能を達成した桁違いの超高速データベースエンジンは、東京大学の喜連川優教授と共同開発した。そのほか、東京女子医科大学の岡野光夫教授との再生医療向け自動細胞培養装置の試作などがある。

写真1 受賞装置および受賞者一同

注目すべき点は、大型テーマで組めそうな相手は大学など研究機関から見ても海外企業を含めわずか数社しかいないことだ。技術や設備、事業領域が合致し、大型の研究費拠出に耐え得る大企業のみなのだ。従って、これらの共同開発には研究費や技術、設備等を提供できる日立が関わる必然性があった。

国内では、共同研究拠点を矢継ぎ早に整備してきた。日立東大ラボ、日立京大ラボ、日立北大ラボである**2。17年4月には、神戸医療産業都市に再生医療の研究開発拠点「日立神戸ラボ」も開設した。これらの拠点には日立の研究員が常駐し、少子高齢化などテクノロジーだけでは解決できない社会課題の解決に文系の知恵も加え、理系と協調することも多い。

政府に対し政策課題の提言も

産学連携による研究成果を政府や国際機関などへの提言に役立てることも少なくない。企業が人工知能(AI)やモノのインターネット(IoT)など生産性を向上させる技術への投資を拡大し、日本経済の潜在成長率を向上させるための方策を官民で検討する「未来投資会議」(議長安倍晋三首相)では、政策課題や国際機関への提言を東京大学や日立を含めた企業とで共同で行った。

製品の開発、販売といったビジネスだけでなく、社会インフラを整え、社会課題解決に貢献することは日立のイノベーション戦略のテーマでもある。10年、20年先の社会課題に産学連携で取り組むことで、日立社内だけでは得にくい気付きを得ることができた。その一方で、大学に求められるものも10年前とは大きく変わってきている。

企業と大学の不実施補償問題

─産学連携の問題点があれば聞かせてください。

戸田裕二氏

戸田 国立大学が法人化される以前(2004年4月以前)、文部科学省が推奨する産学連携の進め方に関するひな型がありました。現在の「産学官連携による共同研究強化のためのガイドライン」のようなものです。そのひな型が原因で、大学と企業が不実施補償でもめにもめた時代があります。産学連携がうまくいかないと言っている人の理由は、これが原点です。特許法では、特許権が共有にかかるとき、契約で別段の定がある場合を除き、各共有者は他の共有者の同意を得ないでその特許発明の実施をすることができると規定されています。しかし当時のひな型には、企業が共同研究の成果実施の際、大学に対し対価を払わなくてはならないと明記されていました。それにのっとり、企業は大学側から実施料を要求されます。大学は、自分は特許発明を実施し製造する機関ではないのでこの規定の恩恵を受けないから、ライセンスしたり特許権を販売したりして利益を得たいと考えるためです。しかし、企業はすでに共同研究費として大学に対し相応の費用負担をしていることから独占実施したいと考えます。

それが、国立大学法人化以降ひな型は変更され、不実施補償は自由に、柔軟にと変わりました。それでも、大学も企業もなかなか旧来の考え方を変えることができず、交渉が紛糾することが多くありました。当時私は、一般社団法人日本知的財産協会(知財協)の産学連携プロジェクトリーダーもしていたので、全国の大学へその説明行脚をしました。その結果、少なくとも大企業と大規模大学の間では比較的柔軟に契約できるようになりました。しかし、中小企業と小規模大学との間では、不実施補償問題が延々と残ってしまいました。あれから13年ほど経過しましたが、大規模大学との契約時にも、時に不実施補償を求めてくることはあります。何年たっても問題の原点が同じなのです。

─企業側はどうでしょうか。

戸田 企業側も変わっていません。大学の研究は産業界のためだけにあるわけではありません。お互いに歩み寄れず、論点がすれ違っているのではないでしょうか。共同研究費についてのあるデータでは、年間で500万円未満や200万円未満の小額研究が極めて多く見られますが、200万円で特許を取得できるような研究ができるでしょうか。大型の研究でないと、研究者もコミットできないのではないでしょうか。たとえ特許を取ったとしても、取得に50万~100万円もかかってしまいます。維持管理費もばかになりません。果たしてそのような契約で大きな成果を得られるでしょうか。産学連携での知財の扱いの議論は金額が安いほどうまくいかないのです。

左から、水本氏、戸田氏、打桐氏

評価は特許数でなく、事業化された数

─研究成果の評価についてはどう思いますか。

戸田 研究成果は特許やライセンス数で示されていますが、どれだけ事業化され、製品化され、そして売れたかを基準にした方がいいと思います。地道な基礎研究などを除き、研究は事業化されてこそです。特許は通過点であって、ゴールではありません。実施されなければお金がかかるだけです。

─期待されていることはありますか。

戸田 われわれは「さくらツール」*1に期待しています。企業側への認知度が低く、誤解されているように感じますが、共同出願類型は日立の産学連携知財取り扱いガイドラインに近く、契約交渉の効率化が期待できます。さくらツール策定の基本的な考え方に賛同しています。可能な限り広い範囲で研究成果の知財が活用されるべく、その取り扱いの柔軟性が第一に考えられています。この柔軟性が社内説得の材料になり、海外の大学との参考例になるのです。

─ありがとうございました。

(取材・構成:本誌編集長 山口泰博)

●参考文献

**1
戸田裕二.“社会イノベーション事業を支える知財活動”.日立製作所.
http://www.hitachi.co.jp/IR/library/presentation/170628/170628-2.pdf, (accessed2017-11-15).

**2
菅原 俊樹,山田 真治.“日立×東大・京大・北大の共同ラボ ビジョンドリブン型共同研究で産学連携を加速”産学官連携ジャーナル2017年1月号.
https://sangakukan.jst.go.jp/journal/journal_contents/2017/01/articles/1701-04/1701-04_article.html, (accessed2017-11-15).

*1
産学官連携を支援する大学向け契約書のテンプレート